第3話 ダイヤモンド
「お忙しい中、最後まで残って下さっているファンの皆様、福島クレーンの選手の皆様、球団関係者の皆様にお礼申し上げます。
まずは、こうやって引退試合を勝ちで終えることが出来た事に一安心しています。
折角、盛大に送って頂けるのに…最後に結果を出せなかったらどうしようかと、そんな事ばかりを朝、家を出る時から考えてました。
決して、華のあるスター選手とは言えない私ですが…いつの頃からか先輩の金本さんに『サンダーボルト』と格好いい二つ名まで付けていただいて。
まぁ、名前は格好いいですがつけて頂いた当初は、『ゴロばっかりだけど当たる一発がデカい。その時ばかりは球場に雷が落ちたみたいな歓声に包まれる』という言葉遊びから出来たものでした。
精一杯、球団の為、ファンの為、そして何より自分自身の為に駆け抜けて、今日の一本を追加して通算で267本の雷を落としてきました。
その精一杯は、皆様に伝わって居たでしょうか?」
スタジアム中に響く、拍手喝采。それが、俺の野球人生の集大成だと胸が熱くなり、泣くまいと決めていたその決意が崩れそうになる。
グッと眉間に力を入れて、押し出てきそうになる液体を堪える。
まだだ、まだ、終わってない。どうか、声よ震えてくれるな。
スタジアムのどこかに居るであろう、息子に見せるプロ野球選手としての最後の姿は格好いい物でありたいじゃないか。
「こんなにも温かい声援と拍手を頂けるだけの事を、残せたのだと誇りに思います。ありがとうございます。
小中高の十二年、そして大学四年、プロに入って二十年。まさに、野球漬けの人生でした。それ以外にしてきたことを探す方が難しいような、全ての思い出の陰には野球があるようなとても幸せな時間を過ごせました。
…今でも覚えています。
うだつの上がらなかったあの日あの時、当時の監督で自分の芽を咲かせて下さった稲葉さんから頂いた初めての一軍での代打起用のオーダー。今回と同じように福島クレーンさんとの試合でした。両チーム得点無しで迎えた延長十二回裏、2アウト、ランナー無し。バッターサークルでは、震えが止まらない程に緊張しました。
一軍初打席、初ホームラン、初サヨナラ。沸き上がった感情は言葉にする事が出来ませんが、今でもしっかりとあの時のバットの感触を覚えています。
初めてダイヤモンドを踏みしめるようにこの足で描いて掴んだ切符を、今日この日まで掴み続けてこられた事を誇りに思います。
そして、今日、あの時と同じように踏みしめたダイヤモンドは、選手生活を支え続けてくれたファンへ贈りたいです。プロ野球選手の辰巳亮として、最後の贈り物とさせていただきます。
それから、一番近くで、応援し続けてくれた最愛の家族へ、有難う。
最高の、選手人生でした」
最後には震えてしまった声で、それでも精一杯に張り上げた俺の思いはきっと届いてくれたと思いたい。
花束贈呈とかは、絶対に泣いてしまうからやらないでくれと頼んだ家族はきっと球場のどこかで最後の時を見届けてくれただろう。
深々と下げた頭に降り注ぐ拍手と歓声が次第に小さくなり、ピタリと止まった。
不審に思って持ち上げた視線の先にはバックスクリーンに映し出された家族の姿で。
涙を湛えた妻と、笑顔の息子が「お疲れさまでした」と書かれたプラカードを胸元に掲げていた。
やめてくれよ。
格好良く、去りたいと言ったじゃないか…。
引き攣るようにしゃくりあげる声が止まらない。
最後の力を振り絞って崩れ落ちそうになる体に鞭をうち、もう一度深く頭を下げてマイクを通さずに力の限り、叫んだ。
「――ありがとう、ございました!」
割れんばかりの歓声に後押しされて踵を返した先では、長く辛くも楽しかった一つの人生を共に歩んでくれた戦友たちが、新たな門出を祝うように両手を上げて迎えてくれる姿があった。
その背に降り注ぐのは、何度も俺を奮い立たせてバッターボックスへと送り出してくれた「ルーキー」が流れていた。
ダイヤモンド 五十ハジメ @akiya-k
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