ジャッジ

機織 了

プロローグ

 紅茶という飲み物がわたしは大好きだ。特に、スーパーで安売りされている、なんてことないティーバッグで淹れた紅茶が。

 濃いめのダージリンに砂糖二本と牛乳を入れ、蜂蜜を一滴垂らす。

 そしてマグを片手にただただボーっとする。「世界ボーっと選手権」があったら優勝できるんじゃないかというくらい、極限までボーっとする。無になる。

 そうして飲み終えると食器を洗い、風呂や部屋を掃除し、外の郵便受けをチェックする。ほとんどは同居している妹宛てだが、たまにわたし宛のものが入っていることがあるので注意する。おっと危ない、三通も来てる。

 こうして書くとまるでわたしが主婦だとか、はたまた今をときめくニートのように思えるかもしれないが、一応仕事はしている。

 わたしは自分宛ての封筒をびりびり破いて開けた。わたしがこういうことをすると妹は怒る。律儀にペーパーナイフを使って丁寧に丁寧に開いていく彼女にとっては、わたしのこういうずぼらさが許しがたいらしい。家のパソコンの検索履歴に「ひとつまみ グラム」とあって、思わず笑ってしまったこともあった。

 中から出てきたのはA4の紙がペラッと一枚。わたしは一通り目を通したそれを適当に四折りにし、羽織った上着のポケットに突っ込んだ。キーを回すと、滑りが悪くなったシリンダーが微かに音を立てた。ガチャガチャとドアノブを鳴らした後で、先ほど空にした郵便受けにキーを放り込む。


 再び外に出ると小雨が降っていた。

 普段はもっぱら家にいる引きこもりであるところのわたしに、天気予報を見る習慣などない。

 うっかり傘を持たずに出てきてしまったが、このくらいの雨ならまあいいだろう。

 町は雲に呑まれたように白く霞み、光を反射したアスファルトがてらてらとグロテスクに輝く。ひび割れから生えた雑草が、歩く度に足元を湿らせていった。

 ほどなくして、視線の先に錆び付いたベンチがちょこんと置かれただけの、粗末なバス停が現れた。

 ベンチには小学校高学年くらいの少年が腰掛けている。

「こんにちは」

 少年がわたしの声に反応してこちらに顔を向けた。

 そうして依頼主を確認すると、わたしはいつものようにこう言った。

「毎度ありがとうございます。あなたの町の殺し屋さんです」

 傘の下から覗いた顔は泣いているようにも笑っているようにも見え、そこにあるであろうなんらかの感情を読み取ることはできなかった。

 次第に強くなる雨足の中で、わたしは傘を持たずに家を出たことを後悔し始めていた。

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