第3話 「トン師匠」

 今まで生きてきて15と2ヶ月。

少ないように思えるが世間の常識を

ある程度把握するには十分な年だ。

だが僕には知らない常識があったようだ。

喋る貯金箱なんて現代の科学はここまで進歩したのかと自分の生きた短い月日を振り返りながら

感銘を受けたが、よく考えてみると

こんな世紀の大発明をまだTVや新聞なので

見かけた事がないのはおかしい。

 新聞はあまりみないが恭は昔からTVが大好きで

よく番組を録画しすぎてHDDレコーダーが一杯になり母親の楽しみにしてるドラマが取れなくなり

怒られる事がしばしばあった。

 誰かのイタズラか‥?そう思って貯金箱を

くまなく見てみたがマイクや無線のような物

は何も付いていない。足下の方を見ようと

持ち上げたがすぐに貯金箱から

降ろせと言われたので床に降ろした。

少ししか見れなかったが足下にも

そのような物は見られなかった。

 恭は頭を抱える。貯金箱が喋るなんて

生きてきて初めての経験だ。

しかしいつまでも悩んでられないので

こんな事誰でも初めてだろうと開き直る。


「しかし恭はわいの事忘れたんちゃうかって

 不安やったけど、覚えててくれてんなぁ。」


こっちをみながら貯金箱が僕に語りかける


「別に‥」


 初めての体験に戸惑いを覚えながらも

僕は貯金箱を見つめる。

どうやらそこまで現実離れはしていないらしい。

喋る豚の貯金箱は昔から動いていたように

滑らかな四足歩行ができている。

ある程度の段差なら飛び超えることもできるが、

科学で証明できない力で浮いたり

瞬間移動などはできないようだ。

 ただでさえ喋るのだからそんな事もできるかも

しれないと期待していた自分がいたが、

そんな事を期待している

自分は少しおかしくなっていると思い、

眠気覚ましに少し舌を噛んだ。


「何や、わいの顔になんか付いてんのか?」


「いや、別に‥」


恭は豚の貯金箱から顔をそらす。


「じゃあ何でわいの事ジロジロ見てるんや?」


「別にそこまで見てねぇよ、ただ‥」


「ただ?」


「何で喋る事ができるのかなぁって」


 他にも疑問点はあるが、何より一番

気になっているところから聞くことにした。

しかしそんな事を簡単に教えてくれるのか、

そんな恭の不安もつゆ知らず

貯金箱は何の抵抗もなく


「わいは死霊みたいなもんやねん」


とさらっと答えた。

あまりにも早く話が進むため恭は少し間をとって、

死霊?と聞き直した。


「そや死霊や、物を大切にしてると

 そこに魂が宿るって昔から言うやろ?」


そんな事知らなかったが、恭は軽く相槌を打った。


「あれな実はな本当やねん。

昔から色んな人が人形やら時計とかに死霊が

付いていたらしいねん。

それで問題の死霊が宿る魂はな、

どこかで君と出会った

知らない人って決まってるねん。

もちろん適当に決まってるわけじゃなくて

君の事をいつか助ける事ができるって条件で生霊が振り分けられるねん」


恭は少し口をとがらせる。


「助けるって‥俺別に何も困ってねぇよ」


「だからいつかの話や言うてるやろ。別に今すぐ助けるとは言うてへん」


「いつかっていつだよ」


「それは知らん。神様にでも聞いてくれ、それかビリケンさんやな」


 何なんだいったい‥この貯金箱は俺の事を助けに来たらしい。少し不安を感じるが、それ以上に

腹立たしい気持ちで一杯になる。

 しかし落ち着いて考えてみると、

今は何も困ってはいない。友達は多いし、

運動も得意だ、勉強はそれなりにできる。

今は何しても楽しくないぐらいが悩みだが、

これもそのうち何とかなるだろう。

そうなると貯金箱にはこれからの事で

助けを求める事になる。

冗談じゃない、こいつがこの先も自分の部屋に

居座られる方が何よりも困る。


「貯金箱はいつになったら帰るの?」


少し遠回しに恭は拒絶反応を示した。


「貯金箱って何やねん。そんな風に人の事呼んだあかんぞ」


「いや、だって人じゃないじゃん」


「確かに今はそうかもしれんが、死霊や言うたやろ

 昔は人間で生きとってん。やからわいの事

 貯金箱なんて物の名前で呼ぶな。

 どうせなら名前付けてくれや」


 何なんだこいつは、遠回しに「帰れ」って言っても全く気付かないし、俺の質問ガン無視する上に

名前を付けろと図々しく頼んでくる。

 こいつは多分生きていた時にデリカシーがない

と言われ続けたんだろうな、

そんな風に想像したがこれ以上こいつの事を考えると頭が痛くなりそうなので考えを中断した。


「じゃあ豚丸とかは?」


恭は何となく適当に思い付いた名前を言ってみた。


「センス無さすぎてびっくりするわ。

 実は美術の成績悪いやろ。それにわいは

 恭より5倍長生きしてたんやぞ。

 もっと敬った呼び方ないんかい」


 多分こいつがクラスにいたら俺は友達に

ならないだろうな。

恭はそう思いながら名前を考えた。


「そうだなぁ‥トン兄貴とかは?」


「おおっ!ええなあ!」


目を輝かせて貯金箱は軽く飛びはねている。

喜びを体で表しているのだろう。


「やっぱり恭はやればできる子やん。ほんま大きくなったなぁ」


 初めて喋った奴にしては前から俺の事を

知っているみたいな言い方してるのが

腹立たしいがもうそこは気にしない事にした。


「でもどうせやったらトン兄貴じゃなくて

 トン師匠やな」


もう勝手にしてくれ、俺からしたらどっちでもいい事だ。

じゃあそうすれば、と冷たくあしらった。

すると貯金箱は俺の足下まで寄って

試しに一回呼んでみてくれ、と催促して来た。

こいつに振り回された怒りがあるが

それ以上に疲れていたので、さっさと話を終わらせて風呂に入りたかった。

その気持ちを優先して一言だけ


「トン師匠‥」


と呟いた。

この一言から僕の非日常な生活は始まった。











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