第6話「取引」

 さてどうしようか

恭は1人教室で悩んでいた。

悩みの原因はもちろんトン師匠であるが、

詳しくは賭けの内容の事である。

こればかりは自分の気の短さを呪う。

でもあの時は動揺してたから‥

誰もいないのに恭は言い訳をしていた。

 そんなモチベーションでは授業など身に入るはずもなく、気が抜けた状態で先生の話を聞いていた。

夏休みボケか?と心配されたが、もしかしたらそうかもしれない。

家に帰ったらあの摩訶不思議な出来事は本当は起きていないかもしれない。

あれだけの事が起きても恭はワラにもすがる思いで

一粒の可能性にかけた。

 家に帰り、そのままシャワーを浴びて部屋に入ったらいつもの日常が帰ってくる。

そう思い家に入り、玄関を抜けてリビングに入ると無邪気にTVの前でバラエティ番組を見て抱腹絶倒して小銭を鳴らしている貯金箱がいた。

 そりゃそうか‥

そりゃそうだよな、開き直りながらトン師匠にただいまと声をかけた。


「おう!おかえり!」


 両親が共働きでよかった。こんなトンでもない生命体が家に住んでいると知ったらどんな顔をするのだろう。

少し見てみたいがバカな考えだと途中で切り捨てた

そのまま荷物を置きに自分の部屋に戻り、

軽く着替えてTVでも見ようとリビングのソファに腰掛けたら、

後ろに付いてきていたトン師匠が僕の顔を見て


「なんや顔がどんよりしてるなぁ、

 学校でイジメられたんか?」


 原因はお前だ。と言いたいところをグッとこらえそんな事ない、と普通に返したが、一度トン師匠が疑問に思ったらアウトだ。

そこから怒涛の質問攻めが始まる。

 じゃあなんで暗い顔してるんや、ほんまはイジメられたんやろ、わいが学校乗り込んだろうか、

こちらがまだ返事をしていないのに次々と言葉が 弾幕のように飛ぶ。

 鬱陶しい‥

心の底からそう思う。こういう時は正直に言うのが一番だ。

恭はトン師匠に賭けの事で悩んでいる事を

遠回しに説明した。

 トン師匠はそれを聞くと薄ら笑いを浮かべたが、

急に真剣な顔をして考え事を始めた。

 どうしたんだ、トン師匠が考え込むなんて珍しい

まだトン師匠と過ごして1ヶ月も経っていないが

トン師匠が考え込むところは初めて見た。

 トン師匠はしばらく首をひねりながら、何かを思い出すようにブツブツと独り言を言いながら思考をめぐらしていた。

ふと窓から夕焼けが見えた。

空を赤くにじませる太陽は少しずつ夜に近付き、ゆっくりと自分の居場所を月にゆずりわたしていた。

じっくり考え込み終えたトン師匠は僕の方を見た。


「じゃあ恭、わいと取引しようか」


 賭けの次は取引か‥

取引を持ち込んできたトン師匠の顔は

イタズラっ子のように、悪い笑顔だった。


「まだ賭けの勝ち負け決まってないじゃん」


「まぁこの取り引きはわいからのハンデみたいなもんや、ちょっとぐらい階段付けてあげな」


 恭は少しムッとしたが正直、賭けに勝てる自信が日に日に薄れていっていたのでハンデはありがたかった。でも素直に頼むのは悔しいので

別にどっちでもいいけど、と曖昧に返した。


「簡単な取引やで、別に緊張しやんでええよ」


 別に緊張していないが無駄に対応すると話が脱線するので、小さく相槌を打つ。

 恭の周りで最近困ってる事とかあるか、

と聞かれたので、下のサッカー部の問題を教えた。

実際僕にはあまり関係ないのでそこまで困ってはいないが、最近ではそれぐらいしか思いつかない。


「じゃあ、恭がそのサッカー部の問題を解決させるのが、わいからの条件な。できひんかったらみんなの前で渾身の一発ギャグやな」


「はぁ?」


 何を言ってるんだ、まずなんで俺が下の代の問題に首を突っ込まないといけないんだ?

そして万が一失敗したら俺が一発ギャグしないといけない?

 バカバカしい、そう思い自分の部屋に戻ろうとしたら後ろからトン師匠が体当たりをしてきた。

 狙いは男の急所だ。

トン師匠の固い体と恭の柔らかい玉が衝突した。


「んっーーーー!!!?」


 言葉にならない痛みが恭の体を襲う。

床に倒れて、しばらくのたうち回る。

詳しい住所は言えないが、あそこの痛みは

計り知れない。恭はしばらくうずくまっていた。

トン師匠は僕の顔を上から覗き込みながら

 最後まで人の話を聞け!

と僕に一喝した。そしてそのまま僕の耳元に


「この問題を解決したら100%の確率で恭は賭けに勝てるで」


と、トン師匠は今まで見た事ないぐらい凛とした顔で僕を見つめながら呟いた。

 なんなんだこの人は‥


「なんでそんな事分かるんだよ‥」


 恭はこの上なく不機嫌な声で呟いた。

しかしトン師匠はそれを笑い飛ばしながら胸を張って大声で言い放った。


「決まっとるやろ!。お前の師匠やからや!」


 答えになってねぇよ‥

こいつは友達は少ないだろうと確信めいた物を感じたが、

しかし、なぜだかトン師匠の言葉には妙な説得力がある気がする。

なぜだろう‥

自分でも不思議だった。

なぜかトン師匠の言葉だけで自分の中にある、自分を固めている何かが溶けて無くなっていくような気がした。

 その時トン師匠は普通の人なら恥ずかしくて出来ない程のドヤ顔をしていた。

 図々しいけどな‥

と心の中でぼやいておく。

とりあえず今はトン師匠の言う事を聞いておこう。

 本当に賭けに勝てるかどうかは分からないが

この人の言う事は信用できる。

それだけで十分だ。

 明日からする事は決まったな‥

取り引きの期限は賭けの期限と一緒や。

トン師匠は威張ってそう言い放った。

賭けの期限まで後10日、

恭の頭にはサッカー部を対立させた2人の男の名前が浮かんでいる。

 寺石と福本。どっちから話を聞くか‥

とその前に、

恭はトン師匠に先ほどの急所攻撃のお返しに近くの油性ペンで豚シショー!と落書きした。その落書きが意外と似合い恭は少しほくそ笑んだ。

トン師匠は、何て書いたんや!?

と僕に聞いていたので、トン師匠の名前を書いたと

言うと嬉しそうに、流石わいの弟子やと呟いた。

弟子にはなってないけどな‥

この時はこんな事がずっと続くと思っていた。

しかし別れの時はもうすぐそこまで近付いていた。

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