第7話「青い思考」
九月上旬が終わり中旬にさしかかろうとした頃、
夏の暑さは陰りを見せ、葉は色づき、風は湿気を捨て去り、過ごしやすい季節になろうとしていた。
そんな移りゆく季節の中、恭は1人頭を悩ませていた。
自分が思っているより事は深刻みたいだ。
トン師匠と取り引きしてから1週間が経ち、とりあえずサッカー部の問題をある程度把握した。
簡単に説明すると、おおよその予想通り寺石は自分がキャプテンじゃない事が面白くないらしく、福本を憎んでいた。
しかし、選ばれた福本もなぜ自分がキャプテンに選ばれたのか分からないので、キャプテンとしての自覚があまりないまま練習をしていたようだ。
まぁ気持ちは分からなくもないが‥
自分も副キャプテンに選ばれた時は自信などカケラも無かった、しかしそんな福本の戸惑いを見ていた寺石は遂にイライラがピークに到達してしまった。
ある日の練習終わりに寺石はみんなの前で福本にキャプテンを辞退しろと宣言した。これには温厚な福本も激怒して、大きな規模のケンカになった。
(幸か不幸か、先生に見つからなかったようだ)
そこからサッカー部の冷戦状態が構成されたのだ。
そしてこの情報集めから2日後、恭はこの問題を起こした本人達に話を聞くことにし、部活が始まる前に寺石に話を聞きに行った。
「恭さん!お久しぶりです!」
相変わらず元気な声で寺石は挨拶をした。
いつも通り適当に挨拶を返して、最近の話を聞いた。
いやぁ最近は調子が悪くて‥
とサッカーの話になると寺石は楽しそうに喋る。
本当にサッカーが好きな事が伝わってくるようだ。
楽しそうに喋る寺石に水を差すのは心苦しいが、
聞きたかった福本について聞いてみた。
ピクッと寺石の眉が動いた。
寺石はじっと僕の方を見て、
僕は福本がキャプテンと認めていません。
と冷たい声で言い放った。
そしてそのまま、寺石は僕に福本に対しての不満を演説のように語り出した。
しばらくした後、練習が始まるらしく寺石は僕に
一礼をしてそのまま走ってグラウンドに向かった。
助かった‥
寺石の話は長かった、そして何より堅苦しい。
あいつが後輩でよかった、とホッとした。
疲れたので、このまま帰りたかったが、
まだ悩みのタネが残っていた。
しかし練習が始まったため恭は一度校舎に入り、自習室でサッカー部の練習が終わるまで勉強することにした。
平日だったが、自習室には誰もいなかった。
おかげで練習が終わるまでの間で勉強はかなりはかどった。
受験前は自習室で勉強しよう。
恭は頭のメモに刻み、グラウンドの方へ向かった。
ほとんどの部員が帰っているなか1人だけ自主練に励んでいる男がいる。
福本だ、キャプテンになる前から福本は1人グラウンドに残り自主練をしていた。
そして福本は近くに寄ってきた僕を見つけ、すぐに
お疲れ様です!と大声で挨拶をしてきた。
どちらもいい後輩なんだがなぁと心で口惜しそうに呟いた。
そして福本は僕にパスの指導を求めてきた。
昔から人に教えるのは嫌いではない、よく桂にも教え方が上手いと褒められたものだ。
ある程度福本に指導をした後少し休憩することにした。
福本にも先ほどと同様に世間話から始めたが、
福本は恭さんは高校でもサッカーを続けるんですか、とかプロを目指してたりしますかなど様々なサッカーに対する質問をしてきた。
高校は続けるつもりだけどプロって‥
子供の頃は目指していたが、これでも大人に近づいて現実を知っているつもりだ。
軽く受け流し、恭は本題に移った。
すると福本は思いつめた表情で僕に語り出した。
「僕なんかがキャプテンでいいんですかね」
その一言を皮切りに福本は自分の悩んでいた事を僕に一つ一つ丁寧に説明していった。
キーパーの
そして自分が寺石を差し置いてキャプテンになっていること、と様々な悩みを吐き出した。
中でも一番福本を悩ませている原因は、あまり自分がサッカーが上手くないことだ。
それは恭が現役の時からで、福本は特別上手いわけではない。だからユニフォームをもらったのも恭の代が引退してからである。
正直なんて声をかけたらいいか分からない。
しかし、恭には声をかけないといけない事情が2つある。
恭はしばらく考えた後、意を決して福本に言った。
お前はこの中で誰よりも潜在能力があるよ、
もちろん嘘だ。福本にそんな才能はないだろう。
しかし福本は本当ですか?と安心と不安が入り混じった顔で恭に尋ねた。
恭はそうだ、だから中Tもお前をキャプテンに任命したんだと、さらに嘘を重ねた。
すると福本は安心しきった顔をした。
だから自信を持ってプレイしろ、寺石もお前が弱気なプレイしてるから怒ってるだけだ。
これは半分嘘で半分本当だ。
肩の荷が下りたのか福本は少し涙を浮かべていた。
恭は福本の自主練を少し指導してから家に帰った。
上手くいったじゃないか、これでサッカー部は少しずつ良くなっていくだろう。
福本が強気にプレイをしたらきっと事は丸く収まる。
家に帰って今日の事を教えたらトン師匠が褒めてくれるだろう。
恭は久しぶりに鼻歌を歌いながら家に帰った。
そして玄関のドアを開けた。
するとリビングから泣きながらトン師匠が出てきた
「おかえりぃ〜恭ぉぉ〜」
トン師匠は勢いよく鼻をすすった。
どうやらこの前撮っておいた金曜ロードショーを見たみたいだ。
確かにあれは泣ける。
しかし今はそんな事はどうでもいい、トン師匠が泣きやんでから僕は今日の出来事を話す。
荷物を自分の部屋に置き、シャワーを浴びて、部屋着に着替えて、トン師匠に声をかけた。
トン師匠はどうした、と返した。
そして恭は今日起きた出来事を包み隠さず全てトン師匠に話した。
トン師匠は最初は興味を持って聞いていたが、少しずつ顔が曇っていた。
そして僕が福本に嘘をついた事を話した時、トン師匠は唖然とした顔をした後、僕に向かってカミナリが落とした。
「恭!!お前はなんでそんな嘘を!
なんで間違った使い方をしてんねん!!」
僕はびっくりしすぎて声が出せなかった。
しかしトン師匠の怒りは止まらず、大声で僕に怒鳴りつけた。
「考えたら分かるやろ!そんな事言うたら、福本がどうなってまうかぐらい!」
トン師匠は僕を怒鳴った。
けれどトン師匠からは悲しみしか伝わってこない。
なんでこうなったんだ‥?
僕はサッカー部の問題を解決しようとしただけで‥
トン師匠との取り引きを果たそうとしただけだ‥
そして何よりトン師匠との賭けに勝てると思ってたのに‥
トン師匠は呆然としている僕を見つめていた。
やめてくれ、そんな目で僕を見ないでくれ‥
トン師匠はゆっくりと外へと向かって歩いてく。
どこへ向かうか分からないが、もうこの家に帰ってこないことだけは分かる。
そして僕とすれ違った時、トン師匠は
「3日後の午後4時に恭の中学の教室で待っとく‥その時までに、自分で自分のした行動の責任取ってこい」
と囁いた。
僕はトン師匠を後ろから見送ることしかできなかった。そしてトン師匠は少しだけ振り向き
「嘘の種類を思い出さんかい。アホ‥」
と呟いた。
その一言で恭は思い出した。
トン師匠の教えてくれた嘘の正しいつき方を
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