第8話「嘘の種類」

 あの日からトン師匠を見かけていない。

一体どこにいるのかは分からないが、

トン師匠との約束の期限は刻一刻と近づいていた。

 そして恭は、自分ついた嘘の責任を取りにサッカー部の練習試合のやっているグラウンドへ向かっていた。

新人戦前の最後の練習試合だと寺石から聞いていた。

 正直、自分がついた嘘で福本にどんな影響があるかは想像ができないが、トン師匠の怒りからして自分は相当のヘマをやらかした事は分かっていた。

そして、もう失敗はしないだろう。

恭はトン師匠の去り際の言葉からあの日の出来事を思い出していた。

 トン師匠と出会って1週間ぐらいの頃だ

僕が友達との遊びの誘いを電話で断っていたところをトン師匠は見ていた。

電話を切った後トン師匠は


「恭は嘘が下手やのぉ〜

 もっと上手く嘘つかなあかんで?」


と呆れながらぼやいた。

 意外だった。

まだ会って1週間しか経っていないし、何の確証もないがトン師匠は嘘とか裏切りのような行為は嫌いだと思っていた。

 トン師匠はそのまま僕に近づいて悪い笑顔で、

そのままじゃこの後の人生苦労すんで?と囁いた。

僕はどういう事だよ、とトン師匠に聞いた。


「恭は嘘をついたらあかんってほんまに思うてるんか?」


「そりゃあ‥普通はそうじゃないのか?」


「じゃあなんで嘘をつくんや?」


「何で‥?」


 嘘をつく理由なんて‥

聞かれるとなんて言えばいいか分からない

言葉にする事ができない。

するとトン師匠は

理由もないのに嘘ついてたんか、

と僕を見ながら笑いをこらえていた。

正直殴りたいと思ったが、純粋に話に興味があったので耐えることにした。


「じゃあ恭、聞くけど嘘ってついたらなんであかんと思う?」


 なぜ‥?

そう聞かれると返答に困る。

思いつくのは嘘をついてバレてしまった時に人の信用を失うって事ぐらいだ。

とりあえず思いついた事をトン師匠に伝えた。


「それはな、あかん嘘のつき方してるからや。

 恭、覚えときや、嘘には種類があるんやぞ」


 トン師匠は僕の方をじっと見つめながら何かを諭すように僕に語り続ける。


「嘘には三種類あって、ついたらあかん嘘、どうでもいい嘘、そして優しい嘘の三種類や」


 三種類の嘘か‥

あまりピンときていないがトン師匠の話を聞いておくことにした。

聞かないと何だかもったいない気がしたからだ。


「ついたあかん嘘っていうのはさっき言ったな、

 バレた時相手を傷つける嘘や。バレて信用を失うような嘘をつく奴は平気で人を裏切るようなやつや。まだまだ精神が子供な証拠や」


裏切りと嘘は違うのか、そこに驚きを感じたがトン師匠が言うと確かにそうかもしれないと思える。


「そしてどうでもいい嘘は、子供がする構ってもらいたい時の行動と一緒や。

 ちょっと気をひくぐらいの別にバレたからと言ってどうってことない嘘や」


トン師匠は僕の方を見ながら話をしていた。

どうやら僕の反応を確かめているらしい。


「そして最後の優しい嘘や、これはな人の事を思える奴がつける嘘や。わいはこの嘘がつけるようになって初めて大人な男になれると思うねん」


ようやくトン師匠の説明が少しずつ分かってきた。

 どうやらトン師匠にとっての嘘は道具のようならしい。

その道具をどう使うかで人を裏切るか、ちょっかいをかけるか、人の心を助けるか、と僕に語りかけている。


「どんな嘘でもバレなければ確かに成功するやろうけどな、バレた時の保険をかけるのが大人な男の証や」


 話を聞き終えて僕は納得した。

確かに嘘とはとても便利な道具かもしれない、

バレなければそれは多種多様な使い方ができる。

人の心を癒す絆創膏になり、人の怒りを止めるダムになる事もできる。

 しかしそれがバレた場合、絆創膏は取れ、ダムは決壊して結果もう僕の言葉は誰も信用しないだろう。

 だから大人は保険をかけるのだ。

絆創膏の上にテーピングを巻いたり、ダムの定期点検は欠かさない。

 嘘は便利な道具だが、悪用すればそれは人の心を

えぐる凶器にもなる。

だから子供の頃、親は嘘をついてはいけないと教育するのだ。

嘘という道具の使い方を間違えないように。

 しかし一つ分からないことがある。

優しい嘘のつき方が分からない。

トン師匠はこの優しい嘘についてはあまり説明してくれていない。

恭は疑問に思いトン師匠に優しい嘘のつき方を

教えてと聞いたが、トン師匠はそれは恭が気付かな意味のない事だと頑として教えてくれなかった。


 なぜ忘れていたんだ。

自分のバカさ加減に嫌気がさすが、

そんな事をする前に自分にはすべき事がある。

グラウンドに着いた時は試合は前半が終了したところだった。

 相手高校の一点リードで後半が始まろうとしているが、うちのベンチの空気が悪い。

寺石と福本の仲は相変わらずのようだ。

 そして空気が悪いまま後半が始まった。

昔からうちの高校のフォーメーションは3ー5ー2で

中盤のパス回しと固いゾーンディフェンスが持ち味だ。しかし今日はその持ち味が発揮されていない。

 トップ下の福本のプレイがおかしい。

パスミスが多く、自分のドリブルで強引に行こうとするし、ディフェンスではプレスをかけにいくタイミングが1人だけ早いせいでゾーンディフェンスに空いたスペースが生まれてしまっている。

ただ自分の力だけでがむしゃらにサッカーをしている、そんな風に見えるし、何か焦っているようにも見える。

 そんな何かに追われているプレイを福本は続けていた結果、相手に追加点を与えた。

中澤先生は立ち上がり福本に交代を告げた。

 そのまま福本はベンチに下がり悔しさを全身で表していた。頭からタオルをかぶり膝に置いてある手は震えていた。

 自分の努力を否定され、行き場のなくなった自信は憎悪となり人の暗い闇の部分を引き出す。

恭はこの時の福本に対してついた嘘を心から後悔した。

 そうか‥

福本は不安だったんだ、自分を周りと比べてこのまま下手な自分じゃ試合に使ってくれないと思い、

1人毎日残って自主練をしていたんだ。

試合に出たいけど、いざ出るとなると何を求められているか分からなくて不安な気持ちを練習でごまかしていたんだ。

 そんな福本に自分は何て残酷な、非道な嘘をついてしまったんだ。

トン師匠ならこの後なんと言って福本を結果励ますのだろう。

でも俺はトン師匠じゃない、トン師匠みたいに長く生きてないし、明るく励ますことも上手に嘘をつくこともできない。

このまま全て放り投げれたらどれだけいいだろう。

 でも俺がやらないと‥俺がやらないといけないんだ。

恭はトン師匠に教えてもらったを胸に

自分のした誤ちを償うため、覚悟を決めた。

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