最終話「優しい嘘と厳しい本当」

 試合が終わった後、恭は1人残って自主練をしている福本の元へ向かった。

負けたのは自分のせいだ、自分が力がなかったから

と悲痛な叫びをあげながらボールを蹴っているようだ。

恭が近くに来るまで福本は気づかなかった。

 そして、恭の存在に気づくと福本は険しい顔を消し

笑顔で挨拶をした。しかし悔しさが優っていたのだろう眉間のシワは残ったままだった。

 さてどうしよう‥

福本に何て声をかけたらいいか分からない。

さっきまで俺がやらないといけないんだとか

かっこいいことを考えていたが、言葉が見つからない。

 すると福本が先に

すいません、と謝ってきた。

そうなんだこういう奴なんだ。

分かっていたのに、と恭は余計に悔しくなる。

 福本は続けて、先輩の期待に応えられなくて

キャプテンなのに途中で交代して、情けないですよね‥と呟く。

トン師匠なら何て声をかけるんだろう、

何回この想像をしただろう、そして何回想像のトン師匠に叱られただろう。

僕はまだまだ未熟だ、でもだからこそ福本に伝えられる事がある。

僕の初めての言葉は自然と口から離れた。


「いいんだよ福本はそれで」


一度話すと後は流れる水のように言葉が湧き出る


「桂みたいにプレイで引っ張るキャプテンもいればお前みたいにみんなに支えられて前を進むキャプテンもいるんだ。福本は福本のやり方でこのチームを引っ張っていけばいいんだよ」


 福本は驚いた顔をして、すぐに僕にキャプテンは務まりませんと弱音を吐いた。

恭は福本の頭を軽くはたき


「キャプテンになるのは誰にでもできる事じゃない、寺石にだってできない、お前しかできないんだよ」


と恭は福本を見つめながら優しい声で諭した。

 すると福本は泣きながら何で僕なんですか‥

と消えそうな声で聞いてきた、

僕はキャプテンなのに下手で‥

みんなにも迷惑をかけている‥

と弱音を吐くばかりだ。

流石に恭もイラついて


「じゃあ何でお前は毎日自主練してるんだよ!

 試合に出たいからだろ!?」


と声を荒げた。

福本は心のつっかえが外れ涙が止まらなかった、

恭は最後に福本に語りかけた。


「お前は弱気なんだよ、でもそれは悪い事じゃない。だからお前は周りの部員と自分を比べるから自主練を続けれたし周りを見る事ができるんだよ。

 お前のその弱気は誇っていい長所なんだ。

 お前はもうチームのキャプテンなんだよ」


 福本は泣きながら恭にありがとうございます‥

ありがとうございます‥と蚊の鳴くような声で答えた。

 これでいいんだ‥

するとどこか遠くで小銭が鳴る音が聞こえた。

恭は福本と別れを告げて音のなる方へ向かった。

校舎に入り階段を上がる、音は一定間隔で鳴りその音は少しずつ大きくなる。

もうすぐだ、恭は自習室の前に着いた。

 ここだ‥

ここにあの人はいる、意を決して中に入った。

入ってすぐの教卓の上にピンク色の体をしている

豚の貯金箱がいた。

そしてゆっくりとこちらに振り返り一言


「久しぶりやな」


と呟いた。

 僕も久しぶりですね、と返した。

するとトン師匠はようやく敬語使えるようになったかと茶化してきたが、すぐに真面目な顔に戻って


「福本はこれで大丈夫やわ、ええキャプテンになるやろ。しかし最初はどうなるかと思ったわ」


とトン師匠は胸をなでおろしていた。

 僕はそのままトン師匠と話を続けた。

するとトン師匠は思い出したように僕に


「恭、賭けの事やけど‥まぁ最初の失敗があったけど最後にはちゃんともつけたから

 恭の勝ちってことでええわ」


と言った。

賭けの事はあまり考えていなかった、というと嘘になるが、勝てて本当に良かった。

僕とトン師匠がした賭けの内容は

 恭が優しい嘘で誰かを助けれたら

 トン師匠が恭の本当にやりたい事を教える

というものだ。

 そしてトン師匠は僕に今日でわいおらんくなるから、と言った。

 へっ‥?

突然何言ってるんだ、この人は‥

しかしトン師匠はそのまま


「わいみたいな死霊が物についていられる時間は1ヶ月ぐらいが限界やねん。で今日が終わりの日ってわけや」


いけしゃあしゃあと言う。

相変わらずこの人は話が急なんだよ‥

と愚痴りたかったが、トン師匠は笑顔だった。

じゃあ今日でお別れなんですね、と僕はトン師匠に

聞いた。

トン師匠はうなづいて、僕に視線を向け

 恭は上手に福本に優しい嘘をついたな、と褒めてくれた。

福本は確かにキャプテンになれる、だけどまだキャプテンになれてない。

恭はそこに嘘を含めた。流石はトン師匠だ、ちゃんと気づいている。

そしてトン師匠は恭の頭に乗り、短い足で恭の頭を

優しくなでる。


「しかし恭は上手な嘘のつき方は知っててんな〜

 草陰に隠れて聞いてて思ったわ〜」


上手な嘘のつきかた?と恭はすぐに返事をした。

何や無意識かい、とトン師匠は言い

そのまま上手な嘘のつき方を教えてくれた。

 本当のことの味付け程度で嘘を言う。

割合的に2:8ぐらいやな、とトン師匠はしたり顔でこれが上手な嘘のつき方だと語った。

するとトン師匠は僕の頭を軽く叩きながら

今度は忘れるなよ、と忠告をした。

忘れてなるものか、恭は心からそう思った。

そして別れの時は近づいていた。

 頭の上のトン師匠の足が震えている。

どうやら意識が薄れてバランスが取れなくなっているようだ。

トン師匠を頭から机に下ろした。

僕はそんなトン師匠を見て、


「トン師匠が嘘をつく理由は何ですか?」


と聞いた。

これは僕が一番気になっていた事だ。

するとトン師匠はまっすぐ僕を見つめ


「自分らしく、そして人に迷惑をかけずに生きるためや」


と言い放った。

僕はトン師匠らしいなぁと思って、少し微笑んだ。

トン師匠の目がうつろい始めた、

もうその時なんだ、


「恭、さよならや‥もうわいは行かなあかんわ

 恭といれて楽しかったで」


 トン師匠にはまだいてほしい、でも大丈夫だ

 もう僕はトン師匠の教えを忘れない。

恭はトン師匠の目を見つめ


「僕にとってトン師匠は最高にかっこいい師匠でしたよ」


「ほんまに思うてるか?」


「上手に嘘をつきましたよ」


こいつ、と嬉しそうにトン師匠は笑った。

そしてそのままトン師匠は貯金箱から姿を消した。

夕焼けの教室に自分と豚の貯金箱しかいない、

寂しさが込み上げてきたが、それよりも

予想もしない事実が待っていた。

 あっ‥

トン師匠からやりたい事聞いていない。

気づいた時は開いた口が塞がらなかった。

 あの人は‥

しばらくして恭は1人で笑った。明日は腹が筋肉痛になるぐらい笑った。

 あの人らしいなぁ、と思った。

でも大丈夫だ、もう僕はやりたい事を見つけられる。トン師匠に教えてもらった教えが心ある限り。

そう思い恭は夕焼けの中1人家に帰った。

 夏休みのある日、自分の部屋に現れた荒っぽくて図々しい豚の貯金箱との物語。

僕は忘れない。

恭は貯金箱を箱に戻し一枚の紙を入れそのままフタをした。紙には恭のトン師匠へのメッセージが書いてあった。


「トン師匠へ、

トン師匠のおかげで僕はやりたいことを見つけました。

それは子供にサッカーを教える、教師になる事です

トン師匠が僕に教えてくれたように嘘の大切さを

教えられる教師を目指します。

本当にありがとうございました。山中 恭」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

優しい嘘貯金 中田 乾 @J0422

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ