第4話 「摩擦」
あのことは誰にも言っていない。
当たり前だが誰も信用しないだろう。
かといってあの超常現象を真に受ける奴がいたとしても反応に困るだけだ。
あれから2週間が経ち、学校が始まった。
いつもの生活が始まり少し気が楽になる。
いつもの通学路を通るとあの時の
不思議な出来事が薄れていくような気がした。
こんなに2週間が長く感じたのは初めてだ。
トン師匠と過ごす日々は濃密だった。
いや本当に‥
この2週間で何があったかは思い出したくない。
それほどトン師匠との生活は辛かった。
「恭!今から散歩に行くで!」
やめてくれ、頼む、お前は貯金箱なんだ。
もう人間じゃないんだ。
もちろんそんな風には言える訳もなく
「トン師匠落ち着いて」
と柔らかく言ったがトン師匠は気分が高まっていてなかなか譲らなかった。
結局その日はトン師匠をなだめるのに1時間はかかった。
しかし今日からは学校が始まる。
必然的にあの貯金箱との時間は少なくなる。
助かった‥
天気は晴れていて、9月といえど暑さは夏と
変わらないぐらい日が出てる。
どこかの校長先生が雲ひとつない空ですね。
と高らかに叫んでそうだ。
確かにこんな良い日に暗い顔してるのは
もったいない、そう思い顔を上げ学校に向いて歩いた。
学校に着いたら下駄箱の前にいる
僕を見つけてこっちに向かって走ってきた。
桂は同じ部活で二人でよく練習して、
部活帰り一緒に帰り遊んでいた。
僕らは同じサッカー部でツートップだった。
だから桂とは仲が良く僕が夏休みでぼんやり
していた時も桂とだけは遊んでいた。
そんな桂だから喋る豚の貯金箱の事を
相談しようと思ったが、親友にそんな事で
頭を悩ませるのは悪い気がする。
桂はそのまま僕の近くまで来て
うぃっす。といつもと変わらない挨拶をした。
僕も同じように挨拶を返す。
そして、そのまま教室へと向かう。
これが僕と桂の下駄箱で会った時の決まりである。
話す内容は大体サッカーの事か進路のことだ。
しかし2人とも中学3年になり、部活も引退したので話す内容は自然と進路の割合が多くなる。
しかし今日は珍しく桂はサッカーの話を始めた。
特に疑問も抱かず聞いていたが、
桂はしばらく喋った後、急に深刻な顔をして
僕に語りかけた。
「最近、下の代のサッカー部が荒れてるらしいぞ」
そういう事か。昔から桂が真剣な顔をして喋る時は大体、後輩の将来か友達の色恋沙汰のどちらかだ。
桂は元々キャプテンだったのだが、そういう事にはなかなか鈍感だった。
一応僕も副キャプテンだったため、よく桂から
このような相談をされてきたが、
桂はいつも僕が解決した後に相談しにきていた。
僕はとりあえず落ち着いた調子で
何があったんだ、と桂の目を見て答えた
「どうやら福ちゃんがキャプテンという事に寺石が納得しなくて練習をボイコットしているらしい」
なるほどな。恭はある程度予測はしていた。
下の代のサッカー部は総勢12人で、別段仲が悪いわけではない。みんな普通に喋るし、イジメなど聞いたことがなかった。
ただ中学のサッカー部は小学生の頃からサッカーをしてる奴が自然と権力を持つ(もちろんサッカーが上手いのが前提条件だ)
寺石はその中でも一番上手かった。実際に僕たちの代の時にも下の代で唯一試合に出ていた実力者だ。
だからみんなキャプテンは寺石だと思っていた
しかし顧問の中澤先生(通称、中T)は期待を裏切り福本をキャプテンに指名した。
そして寺石は副キャプテンに指名された。
その事に激怒した寺石は他のチームメイトを仲間につけ中Tに直々に言いに行ったが、要求は通らなかった。
俺からしたら言いに行っただけでも寺石は大した奴だと思うが中Tはなぜ寺石を頑なにキャプテンにしないのだろうか?
少し疑問に思っていたが、その時の桂はそんな事を気にせず福本にキャプテンとは‥という持論を延々と聞かせていた。後で本にして送った方が良いのでは?と思うほど長かった。
そんな事があったため今のサッカー部は
寺石と福本の二大勢力で割れている状態だ。
まぁそうなるだろうなとは予想はしていたが、
今になってその話をするとは、桂は気付いてなかったみたいだ。
相変わらずキャプテンらしくないキャプテンだ。
「そこで俺はどうにかして一つにしてやりたいんだ、もうそろそろ試合も近いしな」
桂は深刻な顔をしている。
相変わらず優しいやつだ、ここまで後輩を思えるからお前はキャプテンだったんだろう。
素直にそう思える。
「でもそれは俺たちにはどうしようもできないよ、
それはあいつらが乗り越えていかないといけない事だ。無闇に俺たちが話に入れば話はもっとこじれるぞ」
そう僕は桂に言い聞かせる。
桂は納得したフリをするが本心は不満に思っているみたいだ。
その証拠に桂はつま先で3回地面にリズムよく叩く。
これは桂がバツが悪い時にする癖だ。
しかしこればかりはどうしようもないのが事実なのだ。とりあえずさりげなく進路の話に切り替える。
その後は、下の代の話は出なかった。
そのまま桂と別れ、いつもの教室に入る
久しぶりに来たので自分がどの席か忘れたが
特に気にせずに適当に座る事にする。
やれやれ‥この調子ではトン師匠との賭けは負けてしまうかもしれない。
家でトン師匠がニヤついてるような気がした。
顔を叩いてもう一度気を引き締めた。
絶対に俺は負けない。
3日前にした賭けに勝つためにも
俺はもう一度気合を入れようと顔を叩こうとしたが
1人の女性が俺の事を見ていた。
マネージャーだった森田だ、
どうしたんだ、と声をかけたら森田は小さな声で
「そこ‥私の席」
その声を聞いてすぐに席を離れた。
まだ顔を叩いてないが顔がほんのり赤くなっていくのを感じる。
こんな事で大丈夫か‥?
少しトン師匠に勝てるかどうか不安になった。
恭はゆっくりと自分に課せられた課題の
回答を頭の中で模索していた。
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