一週間後、大阪の店に谷崎蒐泉洞の主人が現われた。

「とくに怒られもしなかったね。まあ、どうということはないよ。元々知れた値段だったし、これも運命だ」

 と、社長は苦笑しながら言う。蒐泉洞主人もつられて「くくく」と苦笑する。

「それにしても不思議な女だったよ、ありゃ噴火でやられたやつの幽霊だよ、絶対に。嫉妬深い、女の霊さ」

「待て待て、自分の不手際を怪奇のせいにするのは道具屋らしくないな。現実を見ろよ」

「……せめて接吻を喰らってれば、ちょっとは儲けたと思うんだけどね。あれは、そうさ、いい女だった」

 社長はそれをきいて哄笑した。「おい、聞いたか、お前に嫉妬しているぞ、谷崎は」

 と、自分に水が向けられたが、曖昧に笑って返すしかなかった。

「しかし奇妙だ。その女、どこへ消えたんだろうな」

「もう終わったことだ、思い出させないでくれよ」

「オッと、その壷、本当に火山石なんだろうな」

 と、社長が脅かすような口調で言った

「怖いことを言うなよ。お前だって見ただろ、ありゃただの火山石だ。出所も知れてる」

「万が一ってこともあるかもよ。骨で作られた小壷、中身は、そうだな……」

 誰かの魂。

 と、私は心の中でひとりごちた。


 東京とは、色々なことがあっても不思議ではない街なのだとは知っている。

 堀から巨大な鰻が出てきたり、無人のタクシーが現れたり、あの異様を誇る丸ビルが消えたりするとも聞く。

 何のことはない。

 たまたま幽霊に行き当たったからといって、人骨に行き当たったからといって、それがどうしたというのだろうか。

 何のことはない。

 私は机に置いた帳面に視線を落とす。

人骨様火山石小壺じんこつようかざんせきこつぼ

 もちろん、もう値段はついていない。

 しかしその破片は。

 小袋に詰め直し、ポケットに入れて持ち帰っていた。

 今、その小袋は、ジャケットの内ポケットに入れてある。

 あの令嬢は、破片を見て何と言うだろうか。

 などぼんやりと考えながら、内ポケットの当たりに手を当てていると、

「ご機嫌よう。どうしたの、今日はあなた、とっても楽しそうに見えますね」

 と、当の令嬢がガラス戸を押して、私に声をかけた。

「そうでしょうか」

「そこに隠しているのは?」

「いえ、何も」

 と、狼狽しつつ応えると、彼女は笑って、

「そうなの。でも、なんだか滑稽だわ。まるで、中身の入っていない宝箱を後生大事にしてる子どもみたい」

 そう言われて、私は慌てて手を胸から外し、不気味な文字が並んだ帳面を閉じた。

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異昭和 道具屋日記 ~ヰスプ・アート怪奇譚~ ワッショイよしだ @yoshida_oka

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