3
一週間後、大阪の店に谷崎蒐泉洞の主人が現われた。
「とくに怒られもしなかったね。まあ、どうということはないよ。元々知れた値段だったし、これも運命だ」
と、社長は苦笑しながら言う。蒐泉洞主人もつられて「くくく」と苦笑する。
「それにしても不思議な女だったよ、ありゃ噴火でやられたやつの幽霊だよ、絶対に。嫉妬深い、女の霊さ」
「待て待て、自分の不手際を怪奇のせいにするのは道具屋らしくないな。現実を見ろよ」
「……せめて接吻を喰らってれば、ちょっとは儲けたと思うんだけどね。あれは、そうさ、いい女だった」
社長はそれをきいて哄笑した。「おい、聞いたか、お前に嫉妬しているぞ、谷崎は」
と、自分に水が向けられたが、曖昧に笑って返すしかなかった。
「しかし奇妙だ。その女、どこへ消えたんだろうな」
「もう終わったことだ、思い出させないでくれよ」
「オッと、その壷、本当に火山石なんだろうな」
と、社長が脅かすような口調で言った
「怖いことを言うなよ。お前だって見ただろ、ありゃただの火山石だ。出所も知れてる」
「万が一ってこともあるかもよ。骨で作られた小壷、中身は、そうだな……」
誰かの魂。
と、私は心の中でひとりごちた。
東京とは、色々なことがあっても不思議ではない街なのだとは知っている。
堀から巨大な鰻が出てきたり、無人のタクシーが現れたり、あの異様を誇る丸ビルが消えたりするとも聞く。
何のことはない。
たまたま幽霊に行き当たったからといって、人骨に行き当たったからといって、それがどうしたというのだろうか。
何のことはない。
私は机に置いた帳面に視線を落とす。
「
もちろん、もう値段はついていない。
しかしその破片は。
小袋に詰め直し、ポケットに入れて持ち帰っていた。
今、その小袋は、ジャケットの内ポケットに入れてある。
あの令嬢は、破片を見て何と言うだろうか。
などぼんやりと考えながら、内ポケットの当たりに手を当てていると、
「ご機嫌よう。どうしたの、今日はあなた、とっても楽しそうに見えますね」
と、当の令嬢がガラス戸を押して、私に声をかけた。
「そうでしょうか」
「そこに隠しているのは?」
「いえ、何も」
と、狼狽しつつ応えると、彼女は笑って、
「そうなの。でも、なんだか滑稽だわ。まるで、中身の入っていない宝箱を後生大事にしてる子どもみたい」
そう言われて、私は慌てて手を胸から外し、不気味な文字が並んだ帳面を閉じた。
異昭和 道具屋日記 ~ヰスプ・アート怪奇譚~ ワッショイよしだ @yoshida_oka
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