異昭和 道具屋日記 ~ヰスプ・アート怪奇譚~

ワッショイよしだ

第一話 火山石と人骨

 私は雨降る東京駅で、社長とわかれた。


 古美術倶楽部の市で得た売上げを手にした社長は、そのまま大阪へ戻っていった。私は社長を見送ると、廃墟のような冷たい壁に被われた八重洲の出口へと足を向ける。整然とならんだ扉の外は暗く、駅舎内もまだ電燈が灯る前なので、曇り空が駅の中にまで続いているように思われた。

 外へ出ると、霧のような細かい雨が降っていた。私はしぶしぶ近くの売店でビニール傘を買った。

 向かうのは京橋にある谷崎蒐泉洞である。社長の二十年来の友人が経営する骨董屋で、最近まで銀座に店を構えていたそうだが、噴火をきっかけに、京橋に改めて店を構えることにしたらしい。その引越しに何の意味があるのかは分からない。

 せっかく買った傘も、霧雨が相手ではそう役に立たない。かといって差さないと眼鏡があっというまに水滴だらけになってしまう。どうしようかと迷っているうちに蒐泉洞に辿り着いてしまったので、自分がどうやってここまで来たのか覚えていない。

 店に入ってすぐ正面の小上がりにいる主人が「よく来た、社長から聞いてるよ」と、人の良さそうな声をあげ、手を上げた。

 私は「どうも」と言って、店の内側に入って引き戸を閉める。

「さあ、これだよね。よくもまあ、こんなものを欲しいという人がいたもんだ」

「珍しいものなんですか」

「好きな人は居ると思うけど、趣味は良くないね。うちでも長く売れてない」

 主人は苦笑しながら、ガラス机の上に用意されていた小さな風呂敷包みを解き、中から桐箱を取り出した。平紐をするりと解いて取り出されたのは、高さが親指ほどしかない、小さな壺だった。

 壺自体は陶器か石で出来ているように見える。蓋は木製だ。

「持ってみなよ。どうだい、君も道具屋の端くれなんだから、分かるだろう」

 と、手渡されてみるに、見た目の暗さに反して嫌に軽い。

 その表面にはぷつぷつと粟立ったような凹凸が全面に広がっており、麦酒や発泡酒の泡を連想させた。

「不思議ですね。すごく軽い。これ、素材は陶器?」

「はずれだ」

「そうだなあ……こんなに軽い素材となると――」

「人骨」

 と言われ、一瞬両手の感覚が無くなった。

「――と、いうのは冗談だが」してやったり、と趣味の悪い笑顔で、主人は続ける。「まるで骨のようだろう、この模様といい、密度、軽さといい」

 私はそこまで骨に対して経験的知識を持っていないけれど、先日社長のおごりで食ったスペアリブの残骸の骨の断面を思い出す。

「では、一体なんなんですか、この素材」

「これはね、火山石というやつさ」

 主人は、私の手から壺を取り戻し、ゆっくりとガラス机の上に置いた。「火山から溶けた岩石が噴出し、それが固まる途中、そのドロドロの中に溶けていたガス類が一気に気化するとね、こういう泡だらけの石になる」

 うまく想像出来ていないので、なるほど、とは言えず、私は曖昧に相づちを打った。ガス、ということは、割ると中から火山ガスが出てくるのだろうか。

「富士山の噴火は凄かったからね。人もたくさん溶かされて死んでる。そういう意味では、高温でガスになった人骨が閉じ込められていないとも言えないかな」

 と、主人は言い、小さな窓の外を見た。

「濡らさないように大きさの合う袋を用意するよ、ちょっと待ってて」

 と、主人は一旦奥の扉の向こうへ消えていった。

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