毎日あなたを好きになる
「はあっ」
薄暗い自室で、明菜は何度目かわからない溜息をついた。
星繋ぎの祭りから、一ヶ月が経過していた。
陸也に忘れて構わないと言われた日から、明菜は調子を崩していた。
寝つきは悪くなり、食欲も減退。何よりも物憂げな表情でぼーっとすることが増えた為、周りの友人は心配している。
明菜は、感じている憂鬱と、じれったいような怒りの正体に気付けないままだ。
感動的な再会、初めての告白。にも関わらず、忘れてくれて構わないという言葉は、優しさだとはわかっていても、納得がいかなかった。
ワン。
明菜の不機嫌な様子を察してか、植物犬ノリスケが明菜に擦り寄った。
「ノリスケさんは優しいですね……陸也くんはバカですけど」
ついつい八つ当たりで陸也の名を口にしてしまい、明菜は自己嫌悪に陥った。
「はあっ。ねえノリスケさん。いっそのこと彼氏でも作れば、こんな気持ちにならなくても済むんですかねー」
いっそのこと、彼氏を作ることも考えたのだが、手を繋いだ相手という妄想に現れたのは陸也だった。
首を左右に勢いよく振って、妄想の陸也をかき消す。
明菜の母親も、父が亡くなった時、沈んだり物思いに
「きっといつか、平気になる時が来るはずです」
ついこの間のニュースでは、次回の星繋ぎの祭りは、約五年後に観測された旨を説明していた。
それまでに色々あるだろうし、陸也くんが言ったように、ずっと覚えている必要もないのだ、と明菜は思う。
もし機会があれば、彼氏でも作ろう。
それまでがんばろう。
想いを断ち切ろうと決意した時、微かな声を明菜は捉えた。
耳を傾けてみると、信じられないことに、それは陸也の声だった。
「ええ!?」
驚いて声の発信源を探すと、プレゼントされた黄色い花が、陸也の声で言葉を発していた。
「あなたが大好きです」
何度かその言葉を繰り返すと、黄色い花は沈黙した。
昔、理科の授業で習ったことを、明菜は思い出していた。
進化の過程において多様性を得た植物の中には、音声を記憶し、再生する機能を持った種類がいるということを。
スマホで調べると、詳細をすぐに発見することができた。
調べてみた内容を確認し、明菜は納得と共に温かな気持ちを感じて、自然と口元が綻んでいた。
一ヶ月ぶりに見せる、自然な笑顔だった。
黄色い勿忘草には音を記憶し、再生する習性がある。これは動物をおびき寄せ、様々な動物に花粉を運んでもらうためと推測されている。最大五年分音声を蓄えて再生することもある。一ヶ月程で環境に適応し、元の習性が発現するケースが多い。
花言葉は 、私を忘れないで、ずっと君を愛します。
明菜には理由も経緯もわからないが、陸也は勿忘草に愛の言葉を吹き込んでいたのだと理解した。
感じていた不安が、温かな雫となって溶けていく気配を明菜は感じていた。
明菜はずっと不安だった。陸也は本当に自分を好きなのか。自分は本当に陸也のことを好きなのか。
少なくとも、陸也は明菜のことを好きでいてくれる、そのことは確信に変わった。
そしてもう一つの不安は。
「今はまだわからないですけど、毎日愛の告白なんて聴かされちゃったら、明日はきっと今日よりも、陸也くんのことを好きになっちゃいます。そんな気がするのです」
完全に沈黙した勿忘草を眺め、明菜は明日が訪れることを楽しみに思った。
明日になれば、また陸也からの愛の告白が聴けるだろうから。
そんな風に明日を楽しみに待っているうちに、もしかしたら五年間なんてあっという間に過ぎ去ってしまうのかもしれない。
「明日が楽しみですねー。ノリスケさん」
ノリスケは、一度だけワンと鳴いた。
第3惑星より愛を込めて〜大砲と黄色い勿忘草〜 遠藤孝祐 @konsukepsw
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