想いが繋いだ可能性

「お前は朝っぱらから何しとんじゃ」


 花壇の脇で横たわる陸也にまさゑは言った。


「俺は一生独身でいる」

「その年で一生を語るな片腹痛い。で、どうなったんじゃ?」


 陸也は、途切れ途切れの口調で、ユーフォリーにまつわる二日間について説明した。


 まさゑは五本目のタバコを灰皿に押し付けた。


「ちゃんと再会できた上に告白までしとるんじゃないか。何をそんなに落ち込んどるんだ?」

「だってさ、相手はまだ高校生だし、結婚や移住とか、まだ早すぎる。次にいつ出会えるかわからないし、明菜には自由に生きて欲しいんだ」

「だから忘れても構わないって勿忘草を渡したのか?」

「ああ。俺にも明菜にも、この想いを続けるには、きっと長すぎる」


 これから、陸也にも明菜にも色々なことが訪れ、良いことも悪いことも、ひょっとしたら恋愛をすることだって、充分にあるかもしれない。


 そんな数多の可能性を、明菜の可能性を陸也は潰したくなかった。


 だからこそ、忘れて構わないとまで言ったのだ。


 陸也の決死の思いに納得がいかないのか、まさゑは首を傾げていた。


「いや、言っている意味はわかる。けど、なんで勿忘草を渡しとるのか理解できんわ」

「ばあちゃんこそ何言ってんだよ。勿忘草ってさ、私を忘れてくださいって想いで渡すもんだろ?」


「……ああ。わははは」


 まさゑは、陸也の言っている意味にピンときたのか、腹を抱えて爆笑を始めた。


「何笑ってんだよ?」

「孫がここまでアホだとはな。ちなみに返してもらった巾着袋はどうしたんじゃ?」

「大事にとってあるけど」

「とっとと持ってこい」


 陸也は渋々自室の机にしまい込んだ巾着袋を掴み、階下に戻るとまさゑに手渡した。


 まさゑは躊躇ちゅうちょなく巾着袋を開くと、中には小さな手紙が入っていた。


「えっ?」

「本当にアホじゃの」


 驚きに固まる陸也を他所よそに、手紙を開き、陸也よりも先に読みだした。


 まさゑは満面の笑みを浮かべ、思いがつづられた手紙を陸也に手渡した。


『十年ぶりですね。陸也くんはどう感じているのかはわからないのですが、この手紙を書いている私は、陸也くんと出会えることをとても楽しみにしていました。なんだかワクワクしてしまい、一週間以上前からなんだか落ち着かなかったのです。また会えたら一緒に遊んだり、一杯お話しましょうね。そして、また必ず会いましょう。美空明菜より』


 恋と呼ぶには心許ない内容ではあるが、少なくとも明菜も、陸也との再会を心待ちにしていたのだということを、陸也はようやく理解した。


「ついつい格好つけちまったけど、ずっと好きでいるって、言えば良かった……」


 肩を落とす陸也に対して、まさゑは珍しく柔らかな笑みを浮かべ、穏やかな口調で言った。


「その小さな失敗も、結局は成功の布石になるというのが、お前のいいとこだろ。気付いてないようだが、とんでもないファインプレイをかましとるよ。カッカッカ」


 軽快に笑うまさゑを訝しく思いながらも、陸也は尋ねた。


「なんのことだよ?」

「勿忘草の花言葉を調べてこい。しかも黄色のな。まあ、黄色い勿忘草っていうのは調べるのはちょっとばかし大変かもしれんが。ほれっ」


 まさゑが投げ出したのは、タバコとライターだった。中身はまだ十本以上残っている。


「俺はタバコ吸えねえし、吸うつもりもねえんだけど」

「気が変わった。禁煙でも始めようと思ってな」

「なんでまた?」


 まさゑは、可愛い孫でも見るような表情で言った。


「知ってたか? 星繋ぎの祭りがいつ開催されるか、正確に観測出来るようになったらしいぞ。次は五年後だ。五年ぐらい生き長らえれば、ひょっとしたら孫の晴れ舞台が見れるかもしれないでな」


 陸也はまさゑの意図がよくわからず、首を傾げた。


 とりあえずは勿忘草の花言葉について調べようと陸也は考えた。


 自身の行為が、未来への可能性を繋いだという事を、陸也はまだ気付いていなかった。

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