冷たい壁と暖かい床

 芥川龍之介の短編に『トロッコ』がある。検索すれば青空文庫などですぐ読める。現代でいえば、小学二、三年生くらいの子供がどうしても乗りたかったトロッコに乗せてもらい、最初はとても楽しい思いをしたが……という物語である。
 当然ながら本作は『トロッコ』とは一切関係ない。ただ、ある種の『比較物語考』としては興味深い。
 本作で描写される地方と東京の対比、特に疲弊し閉塞した前者の姿は『トロッコ』にはない。即ち、直接の動機づけは無論異なる。だが、それぞれの主人公の言動をもっと掘り下げればどうだろう。
 『トロッコ』の主人公は子供らしい憧れでそれに乗り、子供らしい行動半径の狭さから自らの楽しみの破綻を悟る。
 本作の主人公は地方暮らしの高校生らしい都会への憧れからトロッコならぬ上京列車に乗った。
 『トロッコ』では現場仕事の労働者達の、優しく親切ではあるが冷酷でもある現実味が描かれていた。それは主人公にある種の察知をもたらした。
 本作ではいかにもな不動産が登場し、暖かみの欠片もない。しかし、その冷酷さが逆説的に主人公に自分の恵まれた立場を気づかしめた。
 つまり、両者に共通する主人公の心理的題材は『自分がコントロール出来る変化の範囲を自力で理解出来るかどうか』だと私は思う。
 社会人にでもなればコントロールの範囲はある程度広がるのだが、そして『トロッコ』の主人公は大人になってなおその範囲(の限界)を意識し続けるのだが、本作の主人公はどうなのだろう。
 いずれにせよ、本作は古典の文豪が提示したのと同じ題材を現代社会の世相に生かし切った傑作である。
 読者諸賢のご読了を待つ。

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