第五話「社畜、ブリキの騎士になる」
――燃えていた。さっきまで確かにそこにあった日常が、燃えていた。
燃え盛る炎の中に、うごめく影が見える――人だ。沢山の人が、炎の檻に閉じ込められていた。
「熱い、熱い!」と叫びながら助けを呼ぶ者。誰かの名を叫びながら崩れ落ちる者。声にならない叫びを上げ狂ったようにのたうち回る者。
この世の地獄が、そこにはあった。
――助けなければ。そう思い、立ち上がろうとするが、背中に何か重い物が乗っているようで、体はピクリとも動かなかった。先程から視界が赤いのも炎のせいではなく、自分の頭からおびただしい量の血が流れ出ているのだと気付くまでに、それほど時間はかからなかった。
「助ける」なんて、とんだ思い上がりだった。
だって、俺自身が今まさに死にかけているんだから……。そう自覚した途端、俺の意識は闇へと落ちていき――。
――急速に視界が開けた。
「騎士殿! 来て……下さったのですね」
『ああ……待たせてすまない』
いつもの神殿に、ほっとした表情を浮かべたマリアムの姿があった。
『状況は?』
「……一刻の
マリアムに促され、神殿の外へと向かう。
その時に気付いたのだが、足音がやけに重厚な感じになっていた。見れば、巨兵の脚には真新しい
だが、それ以外は以前と同じ作りの予備パーツなので、動く度にカランカランと軽い音を立てていた。色は全て同じ鈍い銀色――塗装前のブリキを思わせる、どこか懐かしい色だった。
「ブリキの騎士」の復活、といったところか……。
***
『なんじゃこりゃ!?』
正門から城壁外に出ると、驚くべき光景が俺を待ち構えていた。
バリケード作戦は功を奏したようで、「
「異邦人」が更に二体、城壁を目指し転がってきていたのだ。
兵士達が城壁の上から
「一体目の『異邦人』には、弩砲や投石機の攻撃が効いている様子でした。動きが目に見えて遅くなり、トゲに突き刺さったバリケードを振り落とす事も困難な程に弱っています。兵士達は勝利を確信しましたが……その時、他の二体が現れたのです」
俺達は今まで、「異邦人」は一体だけという前提で作戦を立ててきた。その狙い自体は間違っておらず、実際に「異邦人」を弱らせるに至ったようだが……まさか、あと二体出てくるとは予想外だった。
――いや、考えないようにしていた、というのが実際のところか。
とにかく、想定外の二体目、三体目の出現に兵士達は混乱した事だろう。
だが、混乱の中でも出来る事を探り、必死に抵抗したに違いない。まだ、「異邦人」の街への侵入を許していないのが、その何よりの証拠だ。
――兵士達は全力を尽くした。だったら、今度は俺が力を尽くす番だ!
『マリアムは下がっていろ!』
「っ!? は、はい!」
何やら驚いた表情を見せて、マリアムが門の内側へと駆けていった。……そう言えば呼び捨てしたのは初めてだったか?
まあ、今はそんな事は気にしていられない。今日こそ「異邦人」をぶっ潰すのだ!
正門近くの城壁に立てかけてあった丸太を、ペンチのような手でガッチリと掴む。巨兵用にと、何本か用意していたものの一つだ。
『行くぞ、ウニ野郎共!!』
雄叫びを上げながら、城壁に迫る「異邦人」の一体へと突進する。
兵士達は俺の意図を
異邦人の方も俺の存在に気付いたのか、城壁を目指す方と俺へと襲い掛かってくる方の二手に分かれた。奴らにも「思考」というものが存在するらしい――いや、それともただの習性か……。
トゲだらけの体が猛回転しながら俺に迫る。
それを迎え撃つべく、俺は丸太の端を地面に突き立て、斜めに角度をつけて構えなおす。
巨兵の体重だけでは「異邦人」を押し留める事は出来ない。大地の力を借りるのだ。
丸太の反対側の端は、
だが、丸太の角度を見誤れば、回転に巻き込まれてトゲの餌食になるだろう……見極めが肝心だった。
――そして、激突の瞬間が来た!
『うおおおおお!!』
再び雄叫びを上げながら、狙いを定める。次の瞬間、凄まじい衝撃が俺を襲った。そして――。
――ミシリ、と鈍い音がした。最初は丸太か巨兵の体のどちらかにヒビでも入ったのかと思ったが、違う。その音は、「異邦人」の体から出ていた。
見れば、丸太の先端は見事に「異邦人」の体に突き刺さっており、そこから黒くドロッとした謎の液体が漏れだそうとしていた。
そして――唐突に「異邦人」が裂けた。
丸太を穿たれた部分を中心として、真っ二つに裂けたのだ。割れ目から謎の黒い液体を撒き散らしながら。
それはまるっきり、巨大なウニが包丁で真っ二つにされたような光景だったが……残念ながら「異邦人」の中には身はなく、ただただ謎の黒い液体だけが詰まっているようだった。内臓器官らしいものも見受けられない。本当にこいつら、何なんだ……。
――と、こいつらの正体について考えるのは後だ。今は、兵士達の援護に行かなくては……。
***
結果だけ報告すると、戦いは俺達の大勝利に終わった。兵士達が一体、俺が更に一体倒した事で、「異邦人」は全て打ち倒されていた。
負傷者は何名かいたが死者はおらず、文句のなしの完全勝利と言えるだろう。
森に避難していた人々も街に戻り、勝利の喜びを分かち合った――が、もちろん油断はない。更なる「異邦人」の襲撃がないとも限らないのだ。見張りの兵士達は油断なく、今も任務についている。
だが、まあ……。
『とりあえずは一件落着、だな』
「そうですね。とりあえずは、ですが」
神殿前の広場で勝利を祝う宴を始めた人々を眺めながら、俺とマリアムが頷きあう。
「異邦人」が複数存在する事がはっきりした以上、俺がお役御免となる日も遠のいた事になる。
戦いはまだ、これからなのだ。……だが、今くらいは喜んでもバチは当たるまい。
「騎士殿、一つ聞いてもよろしいですか?」
『ん?』
「騎士殿は、何故ここまで親身になって、私達の為に戦ってくれたのですか?」
『何故って、それは召喚されたから――』
「伝承では、騎士となる異世界の戦士は、戦う理由がある者が喚び出されるとされています。騎士殿の戦う理由とは、一体なんですか?」
『……それは』
マリアムらしからぬ
『昔、な。俺が乗っていたバス――ああ、バスと言うのはバカでかい乗合馬車みたいなものなんだが、それが酷い事故を起こしたんだ』
「事故……ですか?」
『ああ。猛スピードのまま崖下に転落して……燃料、つまり油に火が着いちまった。車内は一瞬にして火の海だ。
俺は運が良かったのか悪かったのか、座っていた椅子ごと車外に放り出されていたんで、火に巻かれずに済んだんだ。でも、酷い怪我をして動けなくてな……他の乗客達が炎に焼かれる様を、何も出来ずに眺めていたんだ』
「っ……」
『それからかな? 困ってる人や助けを求める人……特に家族を亡くしたりした人を見ると、ついつい思ってしまうようになったんだ、「何とか助けてあげたい」って』
――「サバイバーズ・ギルト」という言葉がある。
災害から奇跡的に助かった人間が抱く、自分だけ助かって申し訳ないと言う罪悪感の事だ。
客観的に見て、あの時の俺がどんなに頑張っても、誰かを救う事など出来なかった。それは十分に理解している。
だが、それでも、心のどこかで「何か出来たのではないか?」という罪悪感が渦巻くのだ。
「……つまり、貴方が私達の為に戦ってくれるのは、その罪悪感から逃れる為だと?」
『……そうだな。うん、きっとそうなんだろうさ。だから、これは全部自分の為なんだ』
やや自嘲気味に答えた俺に対し、何故かマリアムは微笑んで、こう言ってくれた。
「少し、貴方という人間が分かった気がします。やはり貴方は、優しい人なのですね」
***
――さて、少しだけこの後の事を話そう。
俺が目覚め元の世界に戻ると、少々大変な事になっていた。
どうやら、睡眠導入剤がいい感じに効いてしまったらしく、買い物から戻ってきた同僚達がいくら呼びかけても、俺は全く目を覚まさなかったらしい。
――まあ、「異邦人」と戦っている最中だったから、目が覚めなくて良かったのだが。
慌てた同僚達は救急車を呼び、そこから芋づる式で騒ぎが大きくなってしまった。
病院やらお役所やらを巻き込んで、うちの会社のブラック振りが
まあ、社長は言い訳と隠蔽だけは
俺はと言えば、診てもらった医者に「あんたやばいよ」と診断され、厳しい残業禁止令が敷かれる事となった。
うちの会社の事だから、いつまで続くが分からないが……しばらくは定時退社生活を満喫させてもらうとしよう。
――そんな状況でも、「俺がいなくても大丈夫かな?」等と思ってしまうのだから、俺の社畜根性も筋金入りかもしれないが。
異世界への召喚は相変わらず続いている。
夜寝れば即異世界、起きれば元の世界、と相変わらず気の休まる暇がない。
マリアム達の為に戦う事自体はやぶさかではないのだが、流石にそろそろ、泥のように眠りたいところだった。
――実は、眠れていないせいか、ちょっとだけ実生活に
ある朝、いつものように目覚めた時、ベッドからそのまま降りようとして、足に力が入らずに転げ落ちてしまったのだ。
全く、うっかりしている。
俺の足は、数年前から殆ど動かないというのに。
俺の中で異世界と元の世界の境目が曖昧になっているのか、ついつい巨兵の体の時の感覚で行動してしまう事が、多々あった。
――バス事故の時、俺は背中に重傷を負ってしまっていた。そのせいで、足に上手く力が入らなくなってしまったのだ。
更に、額から頬まで斜めに走った裂傷も深く、今も傷跡が消えていなかった。傍から見ると、俺は「車椅子に乗った
車椅子の生活には慣れたもので、殆ど不便は感じていなかったものの、二本の足で歩けないもどかしさは俺の中にいつも渦巻いていた。
もしかすると、マリアムの言っていた俺の「戦う理由」は、サバイバーズ・ギルトだけでなく「二本の足で歩きたい」という願望も含まれているのかもしれない。
巨兵の足で大地を踏みしめる感触は、今や俺にとって何よりの喜びだった。現実世界では二度と味わう事の出来ない、二本の足で歩くあの感触……。
早く「お役御免」になりたいと思う反面、いつまでもあの世界に召喚され続けても良い、と思う俺も同時にいるのだ。
――泥のように眠りたい。でも、二本の足で歩きたい。
その
(了)
ブリキの騎士は眠りたい 澤田慎梧 @sumigoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます