神隠しの家(2)


夏休みに入る少し前。


久しぶりの晴れた日。

俺は友人の伏見と通学路の並木道をよたりよたりと歩いていた。


じりじりと照りつける太陽を頭から浴びて、じんわりと汗が噴き出す。


「っにしてもあっちーなぁ。ジメジメむしむしするしよぉ」


下敷きを団扇がわりにしてウヮンウヮンいわせながら、ワイシャツの中に風を送り込む俺を横目に「まあ、梅雨だからね」と抑揚のない声で伏見が言う。


「身もふたもないこと言うんじゃねえよ」


伏見もさすがに暑いのか、いつも付けている狐面は手に持っている。

こうして見ると、コイツも普通の男子高校生だよなぁと、涼しげな横顔を見つめながら心の中で呟いた。


彼、伏見万葉は霊感の持ち主で、いわゆる幽霊が見える体質だ。

あまりにも見えすぎるため、伏見の祖母が念を込めたとゆう特別な狐面をいつも肌身離さず持ち歩いていて、ほとんど外さない。


見えすぎてしまうのも困りものだなと思う。


この日、俺たちは図書館に向かっていた。

もうすぐ待ちに待った高校生活最初の夏休み。だがその前に、ある強大な敵が俺の前に立ちはだかっていた。


そう、期末テストだ。


俺は勉強はあまり得意ではないが、できれば追試になることなく、気持ちよく長期休みに身を投じたい。

そういうわけで、学年上位の伏見に勉強を教えてもらうため、一緒に試験勉強をすることになったのだ。


「そういえばさぁ」


俺が話題を振ろうとしたその時、伏見はおもむろに立ち止まった。

見ると、伏見は無言で道の先を見つめている。


「どうした?」


目線を辿ると、一軒の民家の前で誰かが佇んでいるのが見えた。目を凝らすと、それは同じクラスの村田とゆう男子生徒だった。

特別仲のいい奴ではなかったが、悪くもない。顔を合わせれば普通に話す一クラスメートだ。


「何やってんだ? アイツ」


あそこは何年も放置されている空き家だ。

俺は村田に声を掛けた。


「何してんの?」


空き家を見上げていた村田は振り向くと一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻し「ああ、神田か」と言った。


「いやさ、女の子がずっとこっち見てんだよ。そんで、呼ぶの、俺のこと」

「女の子?」


村田の視線の先には、かろうじて見える二階の窓があった。

だが、カーテンが閉まっているだけで誰の姿もない。


「誰もいねーじゃん」

「あ、違う違う。今じゃなくて夢ん中の話だよ」

「ゆめ?」


聞くと、村田は最近、毎日のように同じ夢を見るのだという。


気がつくと、この空き家の前に立っている。

門と玄関のドアは開け放たれていて、村田は家の中に足を踏み入れると、迷うことなくまっすぐと真っ暗な廊下を進んでいく。

すると突然、目の前に真っ白な女の子の顔がぼぅ、と浮かび上がり「お願い。わたしを助けて」と、とても悲しげな表情で懇願してきた。

村田が「どうしたの?」と聞くと、暗闇から白く滑らかな細腕が現れ、ゆっくり「こっち、こっち」と手招きをする。

引き寄せられるように足を前に踏み出すと、そこで目が醒める。

そして、日を追うごとに徐々に少女との距離が縮まるというのだ。


もしかしたら、誰かがこの家に閉じ込められていて、夢を通じて自分に助けを求めたのではないか。そんな妄想が頭をよぎった。「だから気になって見てたんだ」と村田は言った。


俺は「ふーん」と鼻で相槌を打った。

その時、突然後ろから誰かに手首をぐっと掴まれた。

吃驚して振り向くと、そこには伏見がいた。


「びっくりした。おま、いきなりなんだよ」

「神田くん、別の道から行こう」

「へ、なんで?」


伏見は田村を無言で一瞥すると、そのまま踵を返した。

俺は村田に「じゃあ、またな」と言い残し、慌てて後を追った。


「どうしたんだよ急に」


だが伏見は「何でもないよ」の一点張りで、結局理由は教えてくれなかった。


たぶん、また何か見たのだろう。

俺はそれ以上詮索せず、この日は迂回して図書館へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後怪異譚 黒井あやし @touko_no_hokora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ