3人目の聖騎士はやる気マンマンです!③
「ひょわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
勢い余って無意味に高高度ジャンプをした上、空中でのバランスのとり方が分からなくなったシュークリームの悲鳴がそれであった。
「シュークリーム!?」
「のっ、ほっ、とぉ!?」
道路に腕から着地! 後方へ二段宙返り! 民家の屋根へ飛び乗る! 遅れて道路でけたたましいブレーキ音! 幸いにも事故無し!
「ひえぇ……轢かれるトコだった」
「大丈夫!? シュークリーム」
パンケーキが、シュークリームの元へ駆けつける。
「うん。平気」
「あんまり力入れなくても大丈夫だよ、軽くでいいから」
「そうなんだ、ありがとう」
「どういたしまして!」
親指をビシッと立て、パンケーキはウインクする。
……こうして見ると、普段廊下で見かけていた甘寧に近いものがある。先程まで過呼吸を起こしていた少女とはとても思えない。
変身がそうさせるのかもしれないと、シュークリームは思った。
シュークリーム自身も変身してから、胸の内に妙な高揚感が湧き続けている。
魔導エネルギーとやらの影響か、それともアドレナリンやら何やらが分泌されて云々だろうか。
何にせよ、一度変身してしまえば平気だというなら、頼もしいものだ。
「近いよ!」
東堂駅の隣駅、四葉駅の商店街近く! 三階建ての小さなビルに頭を打ち付けながら、プリッキーが鳴き声を上げている!
『プリッキィイイィイィイイ!』
「こぉらぁーっ!」
怒鳴り声を上げながら、シュークリームは側にあるアパートの上へ着地!
「建物を壊すのは、私達を倒してからに――っ!?」
「シュークリーム! 一旦降りて!」
彼女の腕を引っ張り、パンケーキが道路へ着地する。
プリッキーも気付いたか、のっぺらぼうの顔をふたりへと向けた。
『プリッキィー……ッ』
「な、何?」
「なるべく人の家には引き付けないようにしてるんだ」
怒ったり呆れたりといった様子ではなく、あくまで当たり前のことを言うようにパンケーキは言った。
「住む場所が無くなっちゃうと一番困るから」
「あ……ごめん、気付かなくて」
「来るッチ!」
「あとは頑張るリー!」
四つん這いの姿勢で、プリッキーは聖騎士達の方へにじり寄ってくる。
警告だけした二匹の妖精達は、ササッとどこかへ飛んで行ってしまった。
「えっ、あの、もう少しチュートリアル的なの無いの!?」
「チュート……えっと、ふたりはいつもあんな感じなんだ」
「いいのそれ……?」
シュークリームが呆れている間にも、プリッキーはじりじりと這い寄ってくる。
「今日の人は大人しいから、多分大丈夫だと思う」
「大人しい? 頭突きしてたけどさっき」
「もっとギャーッて暴れる人とかも多いから。あの人は割とゆっくり」
相手の戦力まで冷静に分析している。一ヶ月ほどの間に九体ものプリッキーと戦って来たその実力は伊達ではないということか。
「パンケーキ先輩、じゃあ早速あの必殺技バーン! みたいなの――」
『プッ!』
有子が作戦を提案しようとしたその時!
プリッキーの額に突如として口が発生! 赤く濁った液体を吐き出した!
「うわっ、唾!?」
「危ない!」
パンケーキはシュークリームの腕を掴み、脇へと避けた!
道路に落ちた唾は、アスファルトをずぶずぶと溶かしていく!
「こ、こんなことしてくるの!?」
「プリッキーにされた人はいつも何するか分からないから。一回動けなくしてから必殺技を撃たないと」
「……あ、浅はかでした……」
考えるべきことの多さに、シュークリームは若干面食らっていた。パンケーキはこれを自然にこなしているというのか。やはり『主人公』は伊達ではない。
「じゃあじゃあ、あの。仰向けにひっくり返しちゃう? とか? 亀みたいに」
負けじとシュークリームは新たに提案する。
「うん、良いと思う。一旦立ち上がってくれれば、胸とかお腹とかに攻撃して」
「あの、さっき頭突きしてた時は立ってたじゃん、だから同じように……えーっと」
どこか手近なビルを提案しようとするが、それではまた怒られよう。シュークリームがまごついていると、パンケーキが自分達の背後、駅の方角を指差した。
「あの、駅前の時計! アレに私達が引き寄せれば、チャンスかもしれない!」
駅前ロータリーの中央に、時計塔を兼ねた奇妙なオブジェがある。確かにあれなら、被害者を最小限にとどめた上で達成できよう。
「えっと、シュークリーム、駅前の人に危ないよって伝えてあげてくれないかな。その間に私があの人を誘導するから」
……その方が良さそうだと、シュークリームは頷いた。駅の周辺には、スマホを持ってぼんやり立っている人々。小さな駅、平日とはいえ夕方だ。四、五十人程度はいようか。
迫るプリッキーは、腕を道路に叩き付ける。パンケーキはそれをギリギリで回避。
紙一重と言えるその回避行動は、完成された踊りを見ているような、思わず見惚れてしまう動きであった。
シュークリームは最前線から離脱し、時計塔オブジェの上に飛び乗った。
そしてスマホ群衆に向け叫ぶ。
「みなさーん! これからプリッキーをこっちに呼び寄せてやっつけるのでー!」
「うわっ、新しいスイートパラディンだ!」
スマートフォンの撮影音が一斉に響いた。
「ちょっとみんな、聞いてる!? こっちにプリッキーを呼ぶから危ないの! 避難して!」
えぇ、とか、やべぇ、といった声と共に、後ろの方にいた四、五人ほどが名残惜しそうに場を離れた。
群衆は依然として何十人もいる。パンケーキは、そして這い寄るプリッキーは、この現場に着々と迫っているというのに。
「えぇ……ちょっと! 危ないんだってばぁ!」
あまりにも尻が重い人々に、シュークリームが苛つき始めた、その時!
『プッ!』
何ということか、今までパンケーキを集中的に狙っていたプリッキーが、額の口から唾の弾丸を吐いたのである! 駅の方角、シュークリームへ向けて!
「シュークリーム――へっ!?」
パンケーキが一瞬気を取られたその隙に! プリッキーはパンケーキを鷲掴みにし、持ち上げた!
「くぅっ!?」
『プリッキィイィーッ……』
プリッキーはそれをあろうことか、自分の口へ運んでゆく!
「や、やめ、やめてっ」
「パンケーキ!」
シュークリームの視界が、スローモーションと化す。
酸か何か知らないが、これを浴びれば肉体がどうなるか想像もつかない。聖騎士ではない人々が浴びればもっとだろう。
そして目の前。パンケーキが、今にもプリッキーに食われそうになっている。
ならばどうする、答えはひとつしかない!
「せぇいッ!」
時計塔を足場に弾丸めいて飛び出す! プリッキーの唾へ向かって!
シュークリームの体に当たった唾の塊は、空中でパチンと霧散した!
「だあぁあ!? 臭ッ痛ァア!」
金魚を腐らせて煮詰めたような臭いが、全身を包み込む!
同時に激痛! 明らかに皮膚が、肉が溶けている!
「オアアァ!」
しかしシュークリームは速度を緩めず飛んでゆく! プリッキーの顔めがけて!
『プリッ――』
「……ぜあぁ!」
右ストレート! プリッキーの首が有り得ない方向へ捻じれ、パンケーキを握る手の力が緩む! パンケーキはその隙をつき脱出! やや不格好に転がって着地!
「はっ、はっ……しゅ、シュークリーム」
「痛い痛いあぁ……あ、あれ、何ともない」
シュークリームの痛みはいつの間にか収まっていた。唾が肉体を焼く速度よりも早く、彼女の肉体が再生したのである。
「大丈夫!? パンケーキ」
「……シュークリームぅ」
……シュークリームは見た。
転倒したままのパンケーキの目に、じんわりと涙が浮かぶのを。
怖くないはずがなかったのだ。シュークリームは悟った。
親友の死を間近で見、戦い慣れない補欠の相棒を抱えて。
死ぬこともあると分かっていながら、動かない体を魔導エネルギーで誤魔化し。
戦いの先輩だからと、怖くないことなどあるものか。
『プリッキィーッ』
プリッキーの怒気を孕んだ鳴き声。
巨人は首のよじれたまま、両手を上げて上半身ごとふたりを押し潰そうと――!
「あっ……ちゃ、チャンス!? ピンチ!?」
シュークリームは再びパンケーキに向き直り。
そして、その手を伸ばす。
「……立てる!? パンケーキ」
パンケーキは目のうるんだまま、力強く頷く。そしてその手を……取った!
「行くッ!」
「OKェッ!」
シュークリームが地を蹴り、腹を見せたプリッキーへと飛び蹴りをかましに行く!
その背後では!
「サモン・クックウェポン!」
パンケーキが、聞き慣れぬ呪文!
光の帯と共に現れたのは……巨大な泡立て器! 噂に聞いていた『武器』か!
「カモン! スイートホイッパー!」
左手で構えたパンケーキは、それを∞の形に回転させる! 泡立て器の先端が光を帯び、魔導エネルギーが弾けだす!
『プリッキィャアアアァァァ!』
プリッキーの上半身が、頭上に迫る!
「せえええぇいッ!」
「らあああぁあッ!」
パンケーキの泡立て器から、希望のビームが発射される!
それは、シュークリームの背中をぐいと押した! 聖なる魔導エネルギーで加速された蹴りが、今! プリッキーの胸に! 一撃!
『プアアアァァァ!?』
その勢いに耐え切れず、プリッキーは仰向けに転倒! 動かなくなった!
「……やった!」
「まだだよっ、必殺技を使わなきゃ」
ガッツポーズを作るシュークリームの後ろから、パンケーキが駆け寄る。武器は既に光の粒となり、天へと還り始めていた。
「あ、そうだった……どうやって撃つんだっけ」
「えっとね、こうやって手を繋いで。変身した時みたいに」
パンケーキの右手と、シュークリームの左手が絡み合う。
手甲越しだとは思えぬほど、パンケーキの体温が伝わってくる。
「それで、こうやって」
「ひんっ!?」
突然、手からゾクゾクとくすぐったい感触が這いあがってくる。思わず離しそうになったその手を、パンケーキは強く握り直した。
「こうやって手の先に集中して、こっちにもエネルギーを送って」
「あうぅふっ、くっ、えっと、こうっ!?」
「ふぅあっ……も、もっとっ」
「あっ、いいの!? こう!? こうだね!?」
「あっ、はっ、そう、もっと、もっといっぱいっ、回さなきゃっ」
何かとてつもない背徳感が、シュークリームの集中を乱す。しかし目の前の相手とて、いつ再び目を覚ますか分からない! 集中せねば!
回す! 回す! お互いの魔導エネルギーを!
ふたりの境界が失われ、目の前が真っ白になるほどに!
「パンケーキっ」
「シュークリームっ!」
聖騎士達は、空いた腕を前に突き出し! そして叫ぶ!
「「スイート・ムーンライトパフェ・デラーックスッ!」」
瞬間!
パンケーキの左腕からは、ピンク色の光の波が! シュークリームの右腕からは、赤色の光の波が!
ふたつは螺旋を描いてまざり合い! プリッキーへと真っ直ぐに飛んでゆく!
『プリッキィイーッ!?』
プリッキーの巨体が光に包まれる!
その姿はぐんぐん小さくなり……人間大まで縮むと、ドサリと地へ落ちた。
同時に空の不自然な赤色も霧散し、そこには元の青い空が戻ったのであった。
……聖騎士達は、思わず膝をついた。その手を繋いだままに。
「……パンケーキ」
「クッキー」
少女達は互いに見つめ合い、小さく笑い合った。
勝利の余韻を確かめるかのように。
「……はぁーっ、やっぱパンケーキ先輩は違うなぁ」
三十分後、マリ学屋上。沈みゆく夕日をフェンス越しに見ながら、制服姿に戻った有子はぼやいた。
「佐藤さん、あんなに動けてすごいよ……あのカッコいい武器も使えるし、周りも見えるし、倒した後の対応もスムーズだったし。私とても真似できない」
「そんなことないよ」
左隣の甘寧が、有子の左手をそっと握る。
「ひゃ」
「有子さんも……初めてなのに、とっても上手だった」
「や、やめよその言い方……いやホントに、すごいよ佐藤さんはさ」
戦いの最中ならまだしも、何でもない時に握る手というのは照れ臭いものだ。
有子は少し目を逸らしながら、人差し指で頬を二度掻いた。
「……怖くても、痛くても、ここまで頑張って来てさ」
「そんなこと」
「私……そんな才能ある方じゃないし」
チラチラと甘寧に視線を遣りつつ、有子はぽつぽつ言葉を吐く。
「補欠選手でさ、多分もっと上手な人沢山いるだろうけど……できれば、それが見つかるまででいいから。佐藤さんのこと支えられたらなって、思うんだけど。スイートシュークリームとして」
……甘寧は、きょとんとした顔で有子の顔を見た。
「……あは、ダメだよね。大丈夫、元々そんなガラじゃ――」
「もう有子さんはスイートパラディンでしょ?」
「あ、え?」
何を当たり前のことを、とでも言いたげに甘寧は返す。
「だよね? チョイス、マリー」
「モチだッチ。っていうか一度持ち主を受け入れたブリックスメーターは、余程のことがない限りキミ以外を主と認めないッチ」
「適合率とか問題はあるリーけど、今後も頑張ってほしいリー」
……いいのか、戦っても。
主人公の横にいても。自分が特別になっても。世界を救っても。
「うおおぉぉっ!」
有子の中の闘志が、突然に燃え上がった。
「びっくりした……有子さん?」
「佐藤さん! いや、甘寧!」
甘寧の両手を握り、照れを隠すような大声で、有子が叫んだ。
「ひゃっ」
「私まだ全然駄目だけど! 頑張るから! 仲良くしてくださいっ! 手始めに呼び名からで! よろしく甘寧っ!」
深々と頭を下げる有子。
そしてその手を握り返す、確かな感触。
「……よろしく、有子ちゃん」
夕日に照らされた甘寧の笑顔を、有子はやはり天使のように感じた。
「……ところで有子、何か落としたッチよ」
有子はハッとして顔を上げる。
「えっ、何?」
「ほらそれ、名札かッチ?」
しまった。頭を下げた際、胸ポケットから転げ落ちたか。
有子が拾おうとする前に、別の手が伸びてきた。甘寧である。
「あっ、ちょっ」
「はい、有子ちゃ――」
……名札を差し出しかけた甘寧の表情が、一瞬固まった。
その目線の集中する先は……名札に刻まれた苗字。
「……あっちゃー、バレちゃったか。ま、遅かれ早かれか」
甘寧が驚く理由を、有子も理解できる。
なにせ、この学校でこの苗字を知らぬ者など居ないと言ってもいいのだから。
「そうだ、っていうかお姉お世話になってたんだっけ、甘寧と大迫さんに。ふたりが元に戻してくれたんだよね? お礼言うの忘れてた、ありがとね」
有子は、その名札を胸につけ直す。
そして改めて名乗り直した。姉と同じ苗字を、己の名前を。
「自己紹介、ちゃんとしとくね。二年C組、公庄有子。一応『マリ学のマドンナ』とか言われてた、公庄タマミの妹。今後ともよろしくね!」
スイパラ!ざ・りべんじゃーず -変身少女復讐譚- 黒道蟲太郎 @mpblacklord
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