3人目の聖騎士はやる気マンマンです!②

「――整理させてね。故郷をスコヴィランに襲われたこの妖精達が、佐藤さんをスイートパラディンにした。ってことでいい?」

「はい……」


 観念したらしい甘寧、そして開き直った二匹の妖精達は、驚くほどあっさりと真実を告白した。

 荒唐無稽だが、事実妖精は目の前にいる。だいいち、この状況で嘘をつくならもう少し説得力を持たせるだろう。


 最早、有子は信じざるを得なかった。

 目の前にいるのは、あのスイートパンケーキだと。


「あの、この件はご内密に……おうちにマスコミの人来たらお父さんに迷惑かけちゃうので……食べますか?」

「ビスケットで買収すな」


 学校で交尾する不純おしゃべり小動物について問い詰めるだけのはずが、こんな事実に行き着くとは。

 とはいえ悪いものではない以上、有子にこれ以上どうこうする理由も権利も無い。


「大丈夫、この話は胸の中にしまっとくから」

「ありがとうございます……食べますか?」

「ビスケット推しなの……? そこまで言うなら貰うわ……」


 甘寧がピリと開けた包装の中に、バターたっぷりビスケットが二枚。その一枚を手に取った有子は、甘寧と隣同士でそれを食べた。


「はい、チョイスとマリーも」

「いただくッチ」

「運動した後のお菓子はおいしいリー」

「何が運動じゃ」


 口中に広がるバターの芳醇な香り。企業努力の結晶を味わいながら、有子は隣の少女を観察していた。


 前から何かと目立つ子ではあったが、まさか聖騎士までやっていたとは。


 有子とて憧れた時期が無いわけではない。スイートパラディン、そして彼女らの活躍を基にした変身アニメのヒロイン達に。

 小学校に上がる前、長靴と手袋をつけて屋根から飛び降り、危うく大怪我するところだったことすらある。

 自分が改造人間でも異世界人でも神に選ばれた者でもないことに気付いてからは、アニメで楽しむに留めているが。

 なんとまあ、『主人公』は意外と身近にいるものだ。


 とはいえ、現実はアニメ程華やかではなかろう。

 直接見たわけではないが、有子も『週刊リアル』の記事で知っている。

 スイートクッキー、大迫仁菜がいかにして死んだか。


 一部保護者達は、スコヴィランの件に関する学校側の管理責任を問うている。転校した生徒も何人もいるし、スイートパンケーキを特定して責任を負わせようとする過激な者まで存在している。

 彼女が聖騎士だと知る者はいないだろうが、相当居づらかろう。有子は想像した。


「……佐藤さん、大迫さんと仲良かったの?」


 口に出してから、無遠慮な質問過ぎたと有子は後悔した。


「はい、小学校から一緒で」


 甘寧はタンポポのように笑って答える。


「何でも知ってて、頭も良くて、優しくて。とっても頼れる親友でした」

「……そう、だよね。ごめん」


 仁菜のことは知らないが、ふたりで戦っていて仲が悪いはずもない。

 そして、大切であればあるほど、今は思い出すのも辛いはずだ。


「私は……なんていうか、特別じゃないから。佐藤さんの苦労は分かんないけど」


 有子は話題を畳もうとして……何と言おうとしたのだろうか。

 けど? 『頑張って』か? 『応援するよ』か? 『困ったことがあったら相談してね』とでも言うか?

 姉の姿が、有子の脳裏にちらつく。モブキャラ如きが、何を思い上がって。


「……あの、ごめん――」


 有子が思わず謝罪の言葉を口にしようとした、その時である!




 厄災の始まりを告げる爆発音!

 方角から考えて、中吉の隣駅・四葉の側か? 毒々しい赤の煙がもうもうと上がり、空を覆い尽くしてゆく!

 遅れてやって来た爆風が有子の、そして甘寧の髪をぶわりとなびかせる! やがてそこに立ち上がった人影は!


『プリッ……キイイィイィイィイイ!』


 悪夢は終わっていないことを示すかのようなその威圧感!

 スコヴィランの奴隷! プリッキーである!


「ま、まずいリー!」

「間に合わなかったッチ!」


 有子が呆然と巨人を見、チョイスとマリーがおろつき始める中。


「……お゛あェッ」


 バタバタと不快な水音と共に、有子は目撃した。

 地面にへたりこんだ甘寧が、胃の中身を吐き戻している様子を。


「けはっ、けふっ、ひっ」

「佐藤さ――」

「ひっ、ひっ、ひっ」


 息が詰まったような、短く連続した呼吸。


「か、過呼吸起こしてるじゃん」

「甘寧ェ、しっかりするッチ!」


 チョイスとマリーが、甘寧の頭の周りを飛び回る。


「吐いてる場合じゃないッチ、さっさと変身だッチ!」

「プリッキーが町を破壊しちゃうリー! このままじゃ――」


!」


 一喝したのは、有子であった!


「見て分かんないの!? 佐藤さん苦しんでるよ!」

「でも」

「デモも行進もありゃしないっての! 戦える状態じゃないって!」


 妖精達を押しのけた有子は、甘寧の隣に駆け寄り、しゃがみ込んだ。


「佐藤さん、分かる?」


 甘寧は呼吸を乱したまま、二度頷く。


「大丈夫だよ、大丈夫。息の仕方ゆっくり思い出して」


 甘寧の左手を取り、指を絡ませる。


「すぐ治るよ、大丈夫。ゆっくり吸って。無理に沢山吸わなくていいよ、ほら」


 有子が深く息を吸ってみせると、甘寧もそれに倣おうとした。


「ほら、スゥーッ……ハァーッ」

「ひっ、ひっ……ひっ……すぅっ……すぅーっ」


 甘寧が正常な呼吸を取り戻すまで、二、三分ほどかかっただろうか。その間、有子はずっと隣で甘寧の背中をさすり、手を握り続けた。


「……ありがとう、ございます」


 ようやくそう言って顔を上げた甘寧の表情は、ひどく憔悴していた。


「ううん、最近慣れてるから……佐藤さん、よくこうなるの?」

「いえ、初めて」

「そう、過呼吸は時間置けば治るから、あんまり心配しないでね」


 有子は立ち上がると、呆気に取られていた妖精達に向き直った。


「休ませてあげて。どう見てもストレスで自律神経やられてる」

「そうもいかんッチ、プリッキーを倒せるのは甘寧だけだッチ」

「でも――」

「大丈夫、もう行くから」


 甘寧はよろりと立ち上がり、プリッキーに向き直っていた。


「嘘、やめときなってば、まだキツいでしょ」

「スイートパラディンじゃなきゃ。プリッキーにされた人は止められません」


 甘寧の声には、一種の偏執にも近い決意の色があった。

 それは、とても危うげで。壊れる直前の誰かにそっくりで。


「『止められるのは、私達だけ』。言ってたから。お父さんも、仁菜ちゃんも。だから、戦わなきゃ」

「……ああーもう!」


 有子は頭を掻きながら大声を上げた。


「確かにそうだけど、私とかじゃ止めらんないけど! ひとりは絶対駄目! せめて代わりの人とか! 新しい人探してないわけ!?」

「簡単に言うなリー。充分な適性を持つ人間はそう見つからないリー」


 マリーはそう言って、どこからか筒状の物体を取り出した。


「先代の適性を百とすると、甘寧は九十九くらい、仁菜も九十くらいはあったリー」

「ここの女子生徒は大抵五十以下だッチ、最低でも七十は無いと話にならんッチ」

「でもそんな人は決して多く……あっ、うーん」


 筒を望遠鏡のようにして見回していたマリーが、不意に固まって唸り始めた。

 その筒を有子へ向けたまま。


「……何?」

「チョイス、どうするッチ」

「え? ちょっと見せ……あーなるほどッチ、悩むッチな」

「何、こっち見てコソコソ話すのやめてくれる?」


 チョイスはフゥと一度ため息をついてみせた。


「『食後のジュースが無くてもケーキが無いよりマシ』ってやつだッチ」

「『背に腹はかえられない』みたいな意味それ?」


?」


 ……一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「……え、わ、私が?」


 戦えと言われたのか。変身して。

 事がじわじわと認識レベルに達する頃、妖精達は続けた。


「ブリックスメーターで見た感じ、有子の適性は七十一、二くらいだリー」

「まあ無理ではないかな~ってレベルだッチ。言っちゃえば補欠合格ッチね」


 補欠合格。

 自分がこの学校に入った時のことが、有子の頭によぎった。


「ホントは八十後半は欲しいけど、今は緊急ッチから」

「甘寧が戦えないなら、とりあえずでも戦ってくれる人が必要だリー」


 小六の冬。

 有子には想像もできない程頭の良い小学生が、何人もマリ学に合格した。


 しかしそういう子供達にとっては、マリ学ですら滑り止めに過ぎない。

 彼ら彼女らは、偏差値七十を超える難関校を受け、合格。

 有子が努力の末に届かなかった椅子を、あっさりと手放した。


 そのおこぼれが転がり転がり、自分の手にすとんと落ちてきて。

 それでようやく姉と同じ空に浮かべた。浮かばせてもらった。

 それが、有子だった。


「……


 幼い頃に憧れた、正義の味方。

 どうやら自分は、仕方なく、お情けで。それに変身させていただけるらしい。

 有子は奥歯をギリと噛みしめ、拳に力を入れる。



 合格は合格だ、そこに何の不満があろう。

 今はそれで彼女を守れるのだ。あんなにも弱った、同い年の少女を!


「変身させて、私を。スイートパラディンに」

「分かったッチ」


 有子の決意に反してチョイスがあっさりと答えると、マリーがブリックスメーターを投げ寄越した。有子は右手でそれを受け取る。


「有子さん」

「ちょっと頼りないかもだけど。今回は私がついて行く。オーケー?」


 有子は、甘寧へ左手を伸ばした。

 甘寧は……右手で。仁菜と繋いでいたその手で。彼女の手を取った。

 甘寧の手はとても温かく、いつまでも握っていたいと思える手だった。


「さあ、ブリックスメーターを天に掲げるッチ! そして『メイクアップ・スイートパラディン』って叫ぶッチ!」

「あとは流れだリー」


 あとは流れの意味が分からないが、有子はそれに従う。甘寧と共に。

 そして叫んだ! 非日常へと転身するマジックワードを!




「メイクアップ! スイートパラディン!」




 瞬間、二人を中心に光のドームが発生! 彼女らは一糸纏わぬ姿になっていた! ただし全身が謎の光を放ち、肌は見えなくなっている!


 二人は空中を横回転しながら、聖騎士の衣装を纏い始めた!


 鏡のように輝く手甲が右腕に、左腕に!

 続いて鉄靴が右脚に、左脚に!

 肩当てが右肩に、左肩に!

 煌めく宝石付きの大きなリボンが胸に!

 甘寧の髪型が、ボリューム感のたっぷりあるポニーテールに!

 有子の髪がゴージャスに伸び、気品あるロングヘアに!


 二人は赤子のように身を縮め……勢い良く大きく開く!

 体を覆っていた光のヴェールが弾け飛び、現れるはフリル付きのエプロンドレス! 甘寧はピンク、有子は赤! スカートの下にはスパッツ!

 地面へ急降下した二人は、大きく膝を曲げズンと着地した!


「膨らむ甘さは新たな幸せ! スイートパンケーキ!」


 先程まで甘寧だった聖騎士は、可愛くキメポーズ!


「飛び出す甘さは織り成す平和! スイートシュークリーム!」


 先程まで有子だった聖騎士は、燃えるようなキメポーズ!


 ふたりは高らかに声を揃え、合体決めポーズと共にその名を宣言する!




「「メイク・ユア・ハッピー! スイートパラディン!」」




 三人目の聖騎士は、スイートシュークリームは、こうして生まれた。

 選ばれた者かどうかなど関係ない。ただ、弱った人を助けるために。

 その決意を魔導エネルギーに変え、全身にみなぎらせながら……。

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