2:一番星がきらら

3人目の聖騎士はやる気マンマンです!

3人目の聖騎士はやる気マンマンです!①

 彼女はその家に、次女として生まれた。


 その家では、家を継ぐのは長女と決まっている。

 彼女にはふたつ上の姉がいたので、彼女は家を継がなくていい。

 お前は好きにしなさいと、母親はしばしば彼女にそう言った。


 お姉は大変そうだなぁ。


 姉を隣で見ながら、幼い彼女は思った。

 泣き虫で、すぐテンパって、過ぎたことをいつまでも悩む。

 家の重みなど分からないが、少なくともそんな荷物を背負えるようには思えない。


「よしよし。お姉は頑張ったねぇ」


 親のいない所でぐずぐずと涙を流す姉の頭を、彼女はそう言ってよく撫でていた。


 その関係が変わっていったのは、小学校に上がってから。

 彼女が通っていたのは、地元の東堂小学校。対して姉は、隣町の私立小学校、聖マリベル学院初等部に通っていた。


 マリ学は、お金持ちで頭の良い子が通う学校。そう友達は噂していた。そこに通う子は、将来良い大学に行って、立派な仕事に就くのだと。

 では、姉もきっと良い大学とやらに行き、そして立派に家を継ぐのだろう。

 重しが多くて大変だなぁ。

 半ば学級崩壊したクラス。ガヤガヤとやかましい子供達の中、彼女はいつもぼんやりと空を見ていた。マリ学のある方角の。


 その頃からだった、姉の泣く姿を見なくなったのは。

 姉は習い事が多かった。塾。声楽。華。茶。一緒にいる時間は確実に減り。

 そして、同じ部屋にいても。姉は彼女の前で涙を見せなくなった。


 昔のように、もっと自分を頼ってほしい。

 四年生の時。彼女は両親に申し出た。マリ学に転入させてくれと。

 それが望みならと、母親は彼女を塾へ通わせ、転入試験を受けさせてくれた。


 ……受からなかった。


 姉と自分の頭の作りが違うことを、彼女はようやく理解した。

 しかし、姉は塾と習い事のマルチタスク。自分は塾一本。勉強に使える時間で姉を上回れば、あるいは。

 何かに憑かれたかのように、彼女は勉強した。姉と同じ空に浮かぶ為に。


 二年後。彼女は聖マリベル学院中等部に補欠合格した。

 ひと言おめでとうと言ってくれた姉は……しかし、憧れの聖マリベルで、完全に知らない女になっていた。

 校内どころか全国模試でも成績優秀。校内では常に誰かに囲まれ。男女、生徒教員問わずファンがいる。誰相手でも可憐に微笑み、優雅に応対する。

 やっと同じ空に並べたと思ったのに。姉は遠く輝く一等星だった。


 彼女は悟った。

 綺麗で、背も高くて、スタイルも良くて、父親のくせ毛も遺伝していなくて、頭の出来も根本から違って、歌も上手くて、信頼も期待もされていて。

 泣くわけなかったのだ。こんなに恵まれた人が、最早自分の前でなど。


 ……そう思っていた。あの出来事が起こるまでは。




 ある放課後、彼女はふと屋上に立ち寄りたくなった。


 本来、屋上へ続く扉は常に施錠されている。

 だが何事にも裏口あり。扉の隣、足元にある小窓。小柄な生徒なら、ここをくぐって屋上へと出られるのだ。

 とはいえ、リスクを冒して屋上へ出たい生徒などそう多くはない。くつろぐなら教室やマリベル・カフェで充分。告白なら体育館裏でも使えばいい。

 ここに来るのは、悪だくみをする生徒か、独りになりたい誰かさんだけ。


「うぐっ」


 窓に胸が少しだけつかえた。前は平気だったのだが。仮にも遺伝子は姉と同じと考えれば、まだ伸びしろがあるということか。


「よいしょ……あ゛っ」


 今度は尻。こんな所まで育たなくても。彼女は尻を気合いで窓枠から押し出す。


「ふぅ」


 制服の埃を払いつつ、彼女は屋上の風を浴びた。

 小高い丘の上にあるマリ学の、更に一番高い場所。

 爽やかな空気と自然豊かな景色を、今、彼女は独り占めして――。


「――あれ」


 ……いなかった。先客があったのだ。


 屋上の真ん中に、その少女は立っていた。

 外国映画のような風景だった。長い髪を風になびかせ。空を見上げながら。どこか寂しげな背中をこちらへ向けながら。


 天使が、羽根を畳んで休んでいるのかもしれない。

 彼女の胸が、一度トクンと高鳴った。


「……あっ」


 不意に少女が振り向き、声を上げた。

 その顔には見覚えがある。確か、同じ二年生の。


「あ……佐藤さん、だっけ」


 そう、佐藤甘寧といったはずだ。


 この間の社会科見学でも目立っていたので覚えている。

 何かにつけて生徒の注目を集めている、ちょっとアホっぽい変な子。


「はい、えっと……どなたでしたっけ」


 向こうはこちらを覚えていないらしい。

 当然だと彼女は思った。自分は目立つ生徒でもないし、甘寧とはクラスも違う。加えて一年の頃は、小学校からいた『小学組』と中学校からの『中学組』は別クラスだった。小学組の甘寧が中学組の自分を知らないのも道理である。


「私は――」


 彼女は名乗ろうとして、咄嗟に名札を胸ポケットへしまった。

 苗字を見られるのは苦手だ。珍しいから、姉が誰だかすぐバレてしまう。その話題にはあまり触れてほしくなかった。


「私は、有子ゆうこ


 有子は、名前だけを名乗った。


「有子、さん」

「うん……あ、ごめんね佐藤さん、独りのとこ邪魔して」

「ううん、私こそ、帰ります」

「いや、いいって、私も大した用事じゃないし」

「いえ、私も別に用事は」


 この「いや」「いえ」のやり取りが四、五回ほど繰り返された結果、ふたりは屋上を共有するという結論に至った。


「いや、ごめんね佐藤さん、なんか」

「いえ、こちらこそ……」


 距離を取るのも何か失礼に思え、かと言って距離を詰めすぎるのも気持ち悪く。甘寧の左隣に人ひとり分ほどのスペースを空け、二人は並び立った。


 二人の間を、爽やかな一条の風が通り抜ける。

 鳥の声や部活生の練習音だけが、ゆったりと聞こえてきた。

 工事の音が少しだけ騒々しいが、それでも先週よりはかなり落ち着いて来た。


 ……しかし、話題が無い。

 会話したこともないのに二人きりなど、気まず過ぎる。せめて共通点があれば。


「……あ! そういえば時々駅で会うよね」


 有子は突然思い出し、会話の取っ掛かりを作った。


「あれ、そうでしたっけ」

「東堂駅じゃない? 家」

「そうです、有子さんも?」

「うん。まあね……大変だよねー東堂町も最近さぁ」

「あっ……はい」


 この話題に、甘寧は良い反応をしなかったようだった。

 共通項を探れるかと思ったが、デリケートな話題過ぎたか。東堂町で暮らす以上、彼女もまた今回の事件の被害者かもしれないのだ。家が壊されたとか、家族や知り合いを亡くしたとか……身内がプリッキーにされたとか。


「あ、あのさ。佐藤さんはここで何かしてたの?」


 有子は大急ぎで話題を転換する。


「私はただぼーっとしに来ただけだけど。景色眺めて風浴びたら、なんかサッパリするよね。嫌なこと忘れられて」

「……そうですね」


 甘寧は少しだけ俯き、


「私も、おんなじです」


 そして、風でほどけそうなほど儚げな笑みをこちらへ向けた。


 お菓子で言うなら、色とりどりのペロペロキャンディのような子だとばかり思っていたが。寧ろ、口の中で甘く溶ける砂糖菓子。今の彼女は綿あめに近い。

 憂いを帯びたその瞳に、思わず有子が吸い込まれそうになった、その時である。


 ガゴン。


「ん?」


 小さな音が、屋上の端から聞こえた。

 音の方向には、人が乗っても平気そうな小さな物置があった。掃除道具か何かが中で倒れたのだろうか?


 ガタンガタンガタンガタン。


 どうやらそれだけではないらしい。電車めいてリズミカルに音が続いている。何かが中で動いているはずだ。


「ここって、私達以外いないよね?」

「はい、私達しか……あっ!?」


 甘寧は何かに気付いたように、ササッと立ち位置を変える。物置と有子の間に。まるで有子を遠ざけるように。


「え、何、誰か隠れてるの?」

「いや、誰も! 多分人じゃなくて、あの」

「人じゃないなら動物かぁ」

「あれ? あ、あ、違くて、誰もいませんよ」


 どうやら彼女は嘘が上手くない。どう考えても何かいる。

 こっそり動物でも飼っているのか? 家で飼えないのかもしれない。ならば甘寧が人目を避けた理由も納得できる。


 ……見てみたい。あわよくば、もふもふしてみたい。


 小動物もふもふ欲求、そして秘密への好奇心が胸の器から溢れ出した有子は……突如として物置へ駆け出した!


「わーっ!?」


 慌てて後を追う甘寧!


「ダメです! ダメーっ! 何もいませんからー!」

「いいじゃん隠さなくても! 可愛いなら私も見たいし!」

「可愛いですけど! ダメです!」

「大丈夫だってバラしたりしないし! さー、犬かな猫かなタヌキかなッ!? とっとと姿をお見せなさ――!?」


 ガラァン!

 有子は豪快な音を立て、物置の引き戸を――開いた!




「あっあっあっあっあっあっあっ」

「ウゥッ、マリー! そ、そろそ……ろ……?」




 ……有子は目撃した。

 倉庫の床で四つん這いになるピンク色の小動物。

 そしてその背後に立ち、ピンクの腰を掴んで懸命に腰を振る青の小動物を。


「「「「…………」」」」


 そして、


「「「「わぁーっ!?」」」」


 混乱が始まった。


「ちょちょちょ、チョイス! マリー! 何してるの!?」

「何ってナニしてるじゃん! 喋ってるし! 何コレ愛せない!」

「こここ、これは違うッチ、チョイスは悪くないッチ!」

「チョイス、そんなっ!? 動きながらッ、見られながらぁ!?」


 スパァン! 物置が倒れるほどの勢いで、甘寧が戸を閉める!


「何でもないです!」

「遅い今閉じても遅い! 絶対何かいた喋ってた交尾してた! 何アレ!?」

「あっ、あーっ、もう出るッチ出る出る出る」

「マリーもっ、マリーもぉ! 一緒にぃ!」

「続けんなっつーの!?」


 思わず有子がツッコミを入れる!


「静かにしてふたりとも! バレちゃうよ!」

「バレてるから! もうバレてるから!」

「うっ! ……おーっ……ふぅ、終わったッチよ甘寧」

「最後までヤるな! 佐藤さん流石に説明して!? 何今の愛せない小動物!?」

「ムムッ、こんな愛くるしい妖精を捕まえて愛せないとは失礼なッチ」


 ガラガラと自ら戸を開けて、青の小動物が有子の前に姿を現す。


「ちょ、チョイスってばぁ! なんで出てくるの、バレちゃうよ」

「もうバレてるから一緒だッチ」

「毒食わば皿の精神やめて」

「それより訂正するッチ!」


 当然のことのようにふよんと浮いてみせたチョイスは、有子の鼻面をビシリと指差した。手を指した、の方が正確であるが。




「チョイスは可愛い可愛いショトー・トードの妖精! 女王ムーンライト様よりスイートパラディンを任命し見守る使命を仰せつかった、勇者チョイスだッチ!」




「…………!?」


 有子は、ゆっくりと視線を甘寧に向ける。

 甘寧は少し照れた様子で、えへへと笑った。


「……佐藤さん、が?」


 ……この日、有子は出会った。

 同じ空で輝くもうひとつの一等星。運命の少女。

 スイートパンケーキ、佐藤甘寧に。

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