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「センパイ、いまだに気になることがあるんですけどいいです?」


 ‶月夜の森″の魔女学校で、あたしとソラミちゃんはその日も席を並べて課題に取り組んでいる。あいかわらずホウキの形をした知育玩具に魔法をかけているのだ。

 空を飛ぶために必要な基本の魔法はなんとかマスターしたので、今取り組んでいるのはそうの応用編。自由自在にスピードを出したり、ちょっとした曲乗りができたり好きな魔法を自分でかけてみなさい……というのが今日の授業の趣旨。


 じつはそれとはちょっと違う魔法にしようとあたしは挑戦してるんだけれど、今は一旦おいといて。


 FTHでステラがプロムクイーンになり金髪碧眼のCGみたいなイケメンのフェアリー・プリンスからティアラを授かってから、二週間ほど経っている。

 

 他の出演者のコスチュームに比べて圧倒的にシンプルな白くてシンプルなコスチュームのステラが、そんなのハンデでもなんでもないとい言わんばかりに持ち前の伸びのよいアルトの声をステージ一杯に響かせながらパワフルに踊っていた。カメラが時々アップの顔を抜くたびに、こちら側に向けてくる挑発的な視線が圧倒的に格好いい。

 圧巻のパフォーマンスから銀色のティアラをいただいたティアラが王子のプリンスの手を取って優雅に踊る姿はミュージカル映画な動画は、FTHの公式サイトでみられる。華やかで夢みたいで、女の子からのため息搾り取り機みたいな映像にしあがっているから、きっと宣伝効果はばっちりだと思う。

 

 王子様と手をつないで踊るステラなんてあたしにはしっくりこないけれど。


 それはそうとして、あたしはソラミちゃんの問いかけに応じた。


「ん、何? ステラはむこうで元気にやってるってこの前連絡がきたよ? 引っ越しは大変だったけどなんとかなったって」

「それは何よりですが、私ずーっと引っかかってたことがあるんです。センパイ、なんで寄生虫に微妙に詳しいんです? お好きなんですか?」

「⁉ そこっ? ソラミちゃんそんなことずーっと気にしてたのっ?」

「他人を罵倒するときにロイコクロリディウムを出されてはそりゃあ気になりますよ。サナダ虫あたりならまだしも」

「だって、寄生虫って普通気にならない? 動物のお腹とか体に寄生する生き物なんだよっ? 怖いし気持ち悪いい、考えたらヒエエエエエ~ってなるし。そうなったら本とかで調べない?」

「……それで詳しくなったってわけですか。まあとにかく、謎が判明したのと、センパイが孤独になりやすい原因がコミュニケーション下手だってこと以外にもあるってわかってスッキリしました」

「えええ~、変? あたしってやっぱ変なの? だったらなんでソラミちゃんは詳しいの?」

「うちは代々薬師や産婆をやっていた医療系の魔女だったんです。その流れで把握しています」


「ふたりとも! 無駄口をたたかず手を動かす!」


 先生に叱られ、あたしたちは慌てて背筋をのばし、ソラミちゃんはすまして作業に戻る(ちなみにロイコクロコリディウムっていうのはカタツムリの触覚に寄生するすごくユニークな寄生虫のこと。気になる人は調べてみてね。グロいのが苦手な人は閲覧注意)。



 ステラ会心のパフォーマンスを、結局あたしたちはライブで見ることは叶わなかった。

 スポットルームの退室時間まで、きっちり反省室で軟禁されたためだ。

 

 三角メガネの教師風妖精にたっぷりお説教を食らった後に、19時半ちょっと前にスポットルームの外に出たあたし達を出迎えてくれたのは、ライブを終えて一足さきにこちらの世界に帰ってきていた満面の笑顔のステラだった。



「真帆~、あんたが何やらかしたか見せてもらったよ! すんごい笑ったんだけど!」

 中学の制服姿になったステラは、藤原さんのいるカウンターからモニターをのぞいてニヤニヤ笑っていた。

  

 ステラが指さした先に映っているのは、あたしが「ほしくずのステッキ」を使って降らせたたくさんの星の下敷きになるダンス部の子たちの映像だ(藤原さんのお仕事にはスポット内のトラブルの記録も含まれている。関係者外に見せていいかどうかはしらないけれど)。


「あー、スッキリしたわ! これでなんも思い残すことねえし!」


 あたし達のちょっと後にスポットから出てきたダンス部の子たちは、こっちを見てぎっとにらみつける。反省室ですごしたひと時がよほど不愉快だったらしい。

 むすっとふくれてカウンターの藤原さんにスマホを差し出す。一人の子はソラミちゃんに壊されたので、そのことをあてつけがましく伝える。


「はいは~い。……あ、それから」


  藤原さんはにこやかに会計処理を済ませながら、優しそうな笑顔で付け足した。


「あなたたちは今日でFTHの立ち入りが禁止になりました。あちらの運営からのお達しです」

「はあっ? なんで⁉」

 当然、ダンス部の子たちが食って掛かる。けれど藤原さんは平然としたものだ。


「なんでじゃないわよぉ。弱みを握ってお友達に招待状を出させたり、その招待状を悪用したり……そういうことをする悪い子がいたら、藤原さんは各スポットに連絡して通報しなきゃあならないの。それが藤原さんのお仕事なの~」


 ほんわかと優しい笑顔で、すごむダンス部の子たちを突っぱねる。

 そんななんで急に! とか、今まで何にも問題なかったんですけど⁉ とか、何徳できないダンス部の子たちは藤原さんに詰め寄る。だけどにこにこ微笑む藤原さんは断固として取り合わなかった。


 それでもダンス部の子たちがごねるので、藤原さんはかたわらのステラにパスを回した。


「うーん、あんまり聞き分けが無いとあなたたちのやったことを学校や親御さん、場合によっては警察に連絡しなきゃあいけなくなるけど、どうする? ステラちゃん?」

「あたしはそこまで望みませんけど、面倒だし」


「……っ!」

 ダンス部のリーダーの子の顔がさっと赤くなった。


「っだよ、こんなお子様向けゲームのコンテストでグランプリ取ったからって調子づきやがって。笑えるんだけど」

「お前なんか絶対売れるワケねえし! つうかもうこんなとこ来ねえし!」

「おらどけよ、そこの魔女子。魔女菌伝染うつるだろ!」


 通り道にいたあたしとソラミちゃんを押しのけ、負け犬の遠吠え的なセリフをまき散らしながら、ダンス部の子たちは足音も荒々しくスポットルームを後にした。


 その音が遠ざかるのを確認してから、思わずぽろっとつぶやく。

「魔女菌か……」


 小学生ぶり聞いたそのセリフにもう傷ついていなかった。むしろ笑いが込み上げてきた。あの子たち、あんまり悪口のバリエーションが無いんだな。

 思わず笑ってしまったあたしとは反対にソラミちゃんは冷静だった。ダンス部の子を見送りもしないステラへ向けて尋ねた。


「……あの子たちはこれでいいとして、本当に内内うちうちですませていいんですか? なんかタチの悪そうな金髪の男子は放置しとくのはヤバそうですけど」


 あたしの頭にあの忌まわしいプリクラの画像がよぎり、とっさに身を固くする。だけどステラは平然としていた。ふんっと力強く笑い飛ばす。


「ヤバいかもしれないけど、あたしってどっからどうみてもこんなんだよ? 箱入りのお嬢様やってたように見える?」

「……ああ」

 あたしもソラミちゃんもしみじみ頷いた。


「今だってどっかの掲示板でどうせビッチだヤリマンだなんだ言われてんだし、あの程度のプリ流れたところで『ああいかにもこういうことやってそうだな~』で終わるんじゃね? それが平気かって言われりゃ嘘になっけどさ、別に清純派のキャラでやっていこうってわけじゃねえし。それに地元でバリバリのヤンキーだったってモデルやアイドルなんか腐るほどいるじゃん。それが一人増えるだけだよ。だから、それがどうしたって姿勢で通すことにするわ」


 さばさばとふっきれたようにステラは言う。頼もしい……。

 ま、本当にヤバそうだったら大人に相談するわといって、ステラはすたすた歩きだした。


「腹減ったし、下のフードコートでもんじゃクレープでも食わねえ? 今ならギリ間に合うだろうし」

「……!」


 隣のソラミちゃんのテンションが上がる気配があった。あたしよに先にステラの後をおいかけてゆく。


「あなたももんじゃクレープ好きなんですか! あれ美味しいですよね」

「あんたも好きなんだ! うまいよね~。みんなあのうまさに気づいてないよね」

「‼ ちょっとステラ、いつもんじゃクレープなんて好きになったの⁉ あたしといた時はあそこではいっつもブルーベリーサンデーばっかり食べてたのに!」

 

 もんじゃクレープ愛好家として急速に仲が良くなりつつあるふたりの後をあたしは慌てて追いかけた。


「こないだ試しに食べたら美味しかったんだよ。なんだよ、十数年リンピーに通ってる癖にもんじゃクレープのおいしさを知らないとか全然素人だな。真帆ってば」

「そうですよセンパイ。地元民なのに知らない一度も食べたことないとかありえませんって」

「ち、違うもん! あそこで一番おいしいのはクリームチーズの今川焼なんだから!」


 ばいば~い、と藤原さんが手を振るのに応えられないまま、あたしは慌てて二人を追いかける。


 そうやってその日は三人でフードコートで小腹を満たし(あたしは初めてもんじゃクレープを食べた。そもそもロールしたお好み焼きのようなものなので確かにわりと美味しい。でも絶賛するほどじゃないと思う)、なんのかんの雑談を交わした。

 

 しゃべっていると、この一年間ステラとは極力顔を合わそうとしなかったことも、ステラとソラミちゃんはほぼ初対面のようなものだったこともあまり意識しなかった。


 食品売り場以外の売り場は20時に閉まるグリンピアで、あたしたちは次回いっぱいまでくだらない話をしたのだった。

 



「……できた!」

 魔法の入力を終えたホウキを持って、あたしは立ち上がる。

「先生、できました!」


 ほかの子の指導にあたっていた先生、そしていつものように杖に乗りみんなの様子を見回っていた校長先生があたしに注目する。

 

 視線が集まるのを感じながら、あたしはホウキの房の辺りを両手で持つ。そして柄の先をあたしがさっきまで座っていた椅子に向けた。


 ホウキにまたがらないあたしを見て、先生はおや? というような顔つきになる。

「……何をするんですか、望月さん」

「まあ見ていてください!」


 今日の授業はこのホウキに新たな魔法を追加することだ。みんなは空を飛ぶ魔法を発展させようとしていたみたいだけどあたしは違う。

 絵本みたいな教本に目を通してみると、このホウキには空を飛ぶことのほかにも、様々な魔法をかけるための杖としても使えることが判ったのだ。だったら是非やってみたいことがあったのだ。


 あたしは椅子を見つめながら、昨日の夜に考えた呪文を唱える。


「リリカル・マジカル・ムーンアンドスター 椅子よ馬になれ!」


 緊張するあたしの目の前でホウキの柄からキラキラした粒子がこぼれだし、椅子の周りを取り巻く。そしてポン! と弾けた。

 そこから姿をあらわした椅子は、サイズはそのままで小さなポニーになる。……まあ正確には、カクカクしたポニーっぽい生き物だったけど。

 とにかく椅子が変身したポニーっぽい生き物はカクカクとした動きで地面をポカポカ蹴り、ぎこちない動きで走り出した。


 想像していたのとはちょっと違うけれど……でも成功だ!


 ソラミちゃんも目を丸くしていたし、ほかの子たちもわあっと歓声をあげてくれた。

 どうしても笑顔になってしまう顔を、あたしは先生と校長先生へむける。どうだ! という思いがこぼれていただろうけれど、でも押えられない。



「……ほう」

 もともと表情の変わりづらい人だけれど、先生も少しは感心しててくれたみたいだった。

 校長先生はもちろん、目を細めて褒めてくれる。


「これはなかなかユニークな魔法ですなあ」

「ええ、独創性と応用力は認めましょう」


 !

 初めて先生に褒められた嬉しさからあたしは飛び跳ねた。独創性と応用力は認めるだって!


 五日も欠席していたあたしを何も言わずに迎えてくれた(でも休んでいた期間の宿題はたっぷり出された)先生たちは、前よりやる気にあふれているあたしの変化をきっちり見ていてくれているようだ。

 

 そこは嬉しかったけれど、でも先生はあいかわず先生だった。誉めてくれたと思ったらすぐいつものロッテンマイヤーさん口調になる。


「……しかしなんなんです、英単語を並べただけのあの呪文は? あれなら無い方がマシでしょう」

「だって呪文がないと魔法~って感じがしないじゃないですか!」

「魔法~って感じ……。相変わらずあなたは雰囲気志向なんですね、望月さん」

「いけませんか! あたしの世界の子たちに魔法を使う楽しさを経験させてあげたいなって思ったんです。あたしみたいに。この現代魔法ならそれができるって気が付いたんです! そのためには雰囲気は絶対大事なんです!」


 FTHで「ほしくずのステッキ」を振るった時、あたしは気が付いたのだ。あたしみたいに本来魔法の使えないこちらの世界の単なる女の子でも魔法がつかえる現代魔法の利点ってやつに。

 この魔法さえマスターすれば、たとえば空を飛ぶ魔法のかかったホウキや、ちょっとした魔法がかけられるステッキをくばったりするとか、そういう形で魔法使いになりたい女の子の夢をかなえられるんじゃないかって。

 

 今でもリルファンタウンなんかのスポットに行けばだれだって可愛い魔法使いになることはできる。

 でも、あたしが今こうやって頑張れば、世の中の女の子をみんな魔法使いにできるかもしれないのだ。場合によっては女の子以外の人だって。


 それってすごくない? 

 

 ……という思いを乗せて先生を見つめたんだけど、いまいち通じなかったようだった。呆れたようにやれやれと首を左右に振る。


「……望月さん、あなたの世界でも現代魔法の導入が教育の現場で取り入られるようになったわけを理解していますか? 現代魔法文明圏との共存するためには魔法のインフラ整備が急務だからです。この知識はいわば実学なんですよ?」

「まあ良いではありませんか。新しい知識に興味を持つにはなにをさておいても楽しそうであること、それが一番ですよ」


 校長先生はホッホと笑ってくれた。やっぱり校長先生は優しい。大好き。

 エヘヘ……と笑うあたしへ、宙に浮かぶ杖に乗った校長先生は優しく告げた。


「ところで、望月さん。椅子は戻ってきませんのですかな?」

「……え?」

「さっき教室を抜けて森へ向かってまっすぐ走っていきましたぞ」

「……」

「あの椅子はわが校の大事な備品ですからねえ、なくなるとちょっと困りますな」

「……っ!」


 あたしの笑顔は固まり、慌ててホウキにまたがった。

「すぐ捕まえてきます! ……地上から1メートルくらいのところで浮かんで急いで飛んで!」


 基本の飛行魔法なら入力済みのホウキにあたしは命令した。ホウキはあたしの命令通り、一メートルあたりのところで浮かびビュンっと急加速する。思いのほかスピードが出て木にぶつかりそうになり、悲鳴混じりにあたしは叫んだ。


「嘘嘘嘘嘘っ、もうちょっとスピード落としてっ! あとそれから……いやああっぶつかるううう!」


 折り重なる木の幹にぶつかりそうになりながら、あたしは叫ぶ。不用意なことを叫ぶたびにホウキの運転はでたらめになり、あたしの悲鳴は大きくなる。

 魔法のかけかたはなんとかマスターしたけれど、運転技術はそれとは別みたい。


 そんなことを思い知ったあたしが握りしめるホウキの柄の先には、先端に五芒星がついた杖の形のビーズ製のチャームがぶら下げられている。乱暴な運転に耐えながら健気に揺れるそれは、ステラがこの町を離れる時に手渡してくれたものだ。



「可愛いだろ、あたしが作ったんだよ」

 お母さんを先に電車にのせたステラが、ホームまで見送りに来たあたしの手に手渡したのはビーズで作った小さな杖だった。



「あんたが立派な魔女になれるように、あたしの魔法がかけてあるから」

 


 

 いずれ立派な魔女になる予定だけど暴走するホウキにつかまっているのが精いっぱいな今のあたしを、まん丸いお月さまはじっと見下ろしている。 

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月夜の森の魔女学校。 ピクルズジンジャー @amenotou

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