10

 ギィィィ……バタン。


 無情な音を立ててあたしたちの前で鉄格子のはまった扉が締められた。

 妖精たちに囲まれる形で地下への階段を歩かされたあたしたちは、薄暗い石造りの牢屋につれていかれ、その中の一室に入るよう指示される。

 

「ルールを破った罰です。そこで反省なさい!」

 

 三角メガネの生活指導の先生風妖精が格子の隙間から顔を覗かせ、あたしとソラミちゃんに注意した。

 気絶していた状態から目を覚ますやいなや、あたし達と同じように地下に連れてこられたダンス部の子たちがギャーギャー抗議している声が反響している。どうやらケンカ両成敗という形になったらしい。



「もとはといえばあいつらが先に手を出したのが悪いのに、同じ扱いは納得いきませんね。この雰囲気はなかなかのものですけど」

 口ではそういうものの、ソラミちゃんの口ぶりは結構楽しそうだ。石造りの部屋にランプ一つの灯り。そまつな寝台。ゴシックな地下牢の雰囲気が趣味に合ったみたい。ちょいちょい文句はつけるけれど、全体的にソラミちゃんのFTH評価は高いみたいだ。


 それはいいとして……。

「今何時だろう? ステラのライブは18時半からって言ってたよね?」

「……今18時15分ですね」

 寝台に腰をおろしたソラミちゃんがスマホの画面で確認した。あと15分か……。

 

 あたしたちがここに来た理由は、ダンス部の子たちとケンカして懲らしめるためじゃない。ステラに謝って、東京でも頑張ってって伝える為だったのだ。

 まだ目的を果たしてない。こんなところで足止めを食らってる場合じゃない。


 あたしの姿はまだリルファンタウン時代のコスチュームのままだ。そして手元には「ほしくずのステッキ」が。

 

 いちかバチか、あたしは呪文を唱えながら杖をふるう。


「トゥインク・ルンルン・リリアント! あたしをステラの元へ連れて行って!」


 杖の先からキラキラと光のしずくがあふれだす。うまくいった……かと思いきや、


「なりません!」


 どん! と、あたし達の部屋の中央にさっきの三角メガネの生活指導の先生風妖精が現れた。


「誰です! この部屋で魔法を使おうとした不心得者は⁉」

 しおしおと大人しく手をあげると、妖精は三角メガネのふちをくいっと持ち上げてあたしへ向けて釘を打ってゆく。

「許可された場所以外で魔法の私闘を行った校則違反であなたはこの反省室にいるんですよ! なのに魔法を使って脱出をはかるとは何事です⁉」


「あ、あの!」

 反省なら後でする! という気持ちであたしは先生風妖精に縋った。

「18時半からライブをするスター寮生の子の応援がしたいんです! それだけ済ませればこの部屋に戻って時間まで大人しくしてます。お願いです、その子に会わせてください!」


「18時半……プロムクイーンコンテストライブのことですね。出演者はもう控室に入っています。今から行ったところで会えませんよ」

 

 先生風妖精は冷たく断定し、静かに反省しなさいと重々釘を刺してからパッと消えた。


 そういえばさっきからプロムクイーンコンテストってみんなが口にしているけれど、なんなんだろう。‶プロム″ってアメリカのハイスクール映画によく出てくる卒業イベントパーティーだよね?


「……えーと、『ティーンにとっては大切なイベント、プロム。FTHではそれが毎月あるんだ。そこではみんなプリンス&プリンセス。その中でも一番の注目を集めたプロムクイーンは全生徒たちの憧れ、伝説のフェアリー・プリンスからティアラをもらえたらあなたにステキなことが起きるかも!』ですって」


 あたしの疑問に答えるように、ソラミちゃんがまたFTHの公式サイトの文面を読み上げてくれた。ありがとう。それにしても、地味な子をさらしあげて豚の血を浴びせるようなイベントが毎月あるなんて……FTHってば恐ろしいところだ。



「このフェアリー・プリンスってのはプレイヤーじゃなくてキャストみたいですね。ライブ中に得た評価に応じて現れて、出場者にティアラをさずけてくれるっていう……のど自慢の鐘みたいなもんでしょうか」 

「そのティアラをもらえればデビューできるってステラが言ってた……」

「なるほど。じゃあ、こうなった以上あたしたちはここでステラさんの健闘をいのるしかありませんね」


 ごろん、とソラミちゃんは寝台の上に寝転がった。


「まあ19時半には強制的に外に出されますしそこでライブの結果如何にかかわらずステラさんに会えますから、話の続きはそこでやりましょう。それに、よく考えたらなにも今日中にことをすべて終わらせることもないんですから」


 

 ソラミちゃんの言う通りだ。

 こんなことになってしまってはそうするしか他はない。

 元の世界に帰って、お互い落ち着いた状態で話し合う……それがベストだろう。


 と、あたしの頭はその理屈を素直に飲み込む。飲み込もうとする。

 でも心がそれを、どうしても拒否する。


 あたしを叩いて、あたしから走り去ったステラが今どんな気持ちでいるだろう。ステラ本人だって気持ちをかき乱すなって怒っていたじゃないか。そんな状態でベストなパフォーマンスができるんだろうか。大切なライブの前だっていうのに。



「……ソラミちゃん、やっぱりあたし今、直接ステラに会って話したい。謝って、それから応援したい」

「――」


 ソラミちゃんは寝台の上からこっちをじっと見ている。


「だって、そのために今日ここまで来たんだよ? 引き返すなんてダメだよ。諦められないよ」

「……それ、本当の気持ちですね?」


 むくっと寝台の上から上半身を起こしたソラミちゃんが確認するように尋ねた。

 その目としっかり向き合って、あたしはうなずく。


 無言で立ち上がったソラミちゃんは、部屋の中央までとことこ歩いた。ポケットから白いチョークをとりだし床の上にきれいな白い円を描きだす。


「魔女の七つ道具のうち一つです。……私も初めて挑戦する魔法なのでうまくいくかどうか自信がありませんが」


 円の周辺にいくつか単語を描きこんで、ソラミちゃんは円の中心に入った。そして私が正面にくるように指示する。



「さっきの妖精とセンパイとのやり取りを見ての推測ですが、おそらくこの部屋には現代魔法に対する強固なセキュリティがあります。ですのでセンパイがそのステッキから魔法をかけてもきっと感づかれます。でも私の一族に伝わるローカルでガラパゴスな魔法ならひょっとするとなんとかできるかもしれません」


 推測ですよ、うまくいくとは限りませんよ! とソラミちゃんはくどいほど念をおした。

 あたしは感激で胸がいっぱいになり、思わずだきつこうとしたけれど冷たく拒否される。


「そういうの今はいりませんから! 目を閉じて精神を集中して。ステラさんに会うことだけを意識してください」


 言われるままにあたしはぎゅっと目を閉じた。

 そして精一杯、ステラのことをイメージする。走り去ったステラ、あたしに馬乗りになって叩いたステラ、電話の向こうでどなったステラ、ダンス部に入れよって誘ったステラ、中学の高校で派手な子たちとさっそうと歩いていたステラ、リルファンタウンで一緒に冒険していたステラ、ライトと声援を浴びて踊るステラ……ほんの数分前から過去のステラのイメージが頭の中に浮かび上がる。


 耳はソラミちゃんが唱える独特の節回しの不思議な呪文を唱えていた。おそらく外国語なのだろう。まるで理解できない。

 そのうちあたりからお香のような香りが漂いだし、足元の床がぐらぐら波打つような感覚にとらわれる。立っているのも難しくなり、よたよたとたたらを踏みまくる。平衡感覚がいよいよ危うくなって、体が大きく斜めに傾いた感覚があった。


 

 あ、倒れる!


 

 と、とっさに目を開いた瞬間、あたしの目の前がまた暗くなった。そしてどん、とおでこに何かぶつかる感覚が。


「痛っ!」


 とっさに叫んでしまったけれど、別に痛くはなかった。倒れたあたしがぶつかった床にはふかふかの絨毯が敷き詰められていたので。

 それでも床の上に倒れた人間の習性として、ぶつけたおでこをさすりながら起き上がる。そこはあたしがさっきまでいた地下牢の部屋とはまるで違う空間だった。


 まず天井が高い、天井にはシャンデリア。豪華なドレッサーに色とりどりの花を生けた花瓶の乗ったローテーブル。六畳ぐらいの小さな部屋だけど、ゴブラン織りみたいな模様の壁紙も豪華だ。一瞬この部屋に住みたいなって思ってしまう。


 ここは……? と戸惑うあたしの背後で、あたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。


「真帆……⁉」

 

 !

 あたしは振り向く。

 そこにはステラがいた。猫脚のカウチの上に立膝を絶てるような恰好で座っていたステラが。

 あともう少ししたらライブに出なきゃいけないのに、涙でくずれたメイクで目の周りを真っ黒にしたステラがいた。


「あんた、どうやってここに……?」


 あたしの顔を見て相当驚いたらしいステラは、でもすぐ顔をくしゃくしゃにして膝に顔をうずめた。そして、わあわあ、声をあげた泣いた。


 ステラと友達になってからはもちろん、初めて同じくらすになった小学一年の時からずっとステラが泣くところなんて見たことがない。泣きそうになった所は何度かある。でも、涙がこぼれそうになると、ぷいっとそっぽを向いたり腕でごしごし目をこするのがステラだ。


 そんなステラが、小さい子みたいに泣きじゃくっていた。これは相当な異常事態だ。

 ステラに会ったら絶対泣いてしまうという心構えでしたあたしの方が戸惑ってしまい、気が付けばおろおろと肩を抱いていた。



「な、泣かないで。なんで泣くのステラ……」

「……あ、あんたのせいだもん……! あんたが急に出てきて、それで、今までのことがあって……ワーッてなっちゃって、気が付いたら、あんたのこと叩いてた……!」


 ああ、ああ、とあたしの方に顎を乗せたステラが吠えるように泣いた。腕をきつくあたしの背中に回して言葉を振り絞る。



「あたし、あんたのことを殴った……! 何度も何度もっ、あんただけは絶対殴ったりしないって決めてたのに……! ごめん、ごめん、真帆、ごめん……! 酷いことしてごめん……!」


 それを聞いていたらあたしの眼からも涙がこぼれる。滝のようにあふれる。鼻がつーんとなって、あたしも気が付けば泣いていた。


「あたしの方こそ、ごめええん! 自分のことばっかりでごめええん、いっぱいいっぱいごめんなさああい!」


 猫脚のカウチからずり落ちて、ふたりで抱き合ってわあわあ泣いた。

 

 いくら泣き虫で涙腺ゆるゆるなあたしでも、こんなに泣くのは幼稚園の時に注射が怖くて病院から脱走した時以来ぶりってくらいの勢いでワンワン泣いた。


 お互い、ごめん、ごめん、を叫びあって、何が何だかわからなくなり、この場にソラミちゃんがいたら冷静になにかツッコんでくれるだろうなって頭のどこかでそんな考えが浮かびだしたくらいにようやく嗚咽も止まった。


 でも、泣きすぎて横隔膜に変な癖がついて、ヒックヒックとしゃくりをあげてしまう。


「……」

 

 ステラも一泣きしたら落ち着いたらしく、ぐいぐいとレースの手袋をはめた腕で涙をこすった。そしてドレッサーに自分の顔を映し出す。

「うわ、ひっでえ顔」

 確かにステラの顔はメイクが乱れてとんでもない状態だったけれど、でもニッと笑った顔はあたしの知ってるステラのそれで、あたしもつられてニッと笑った。


 

「……こんな状態じゃあライブは無理だな。フェアリー・プリンスもドン引きだ」

 なぜかさっぱりした風に笑って、ステラはティッシュで鼻をかむ。


「ごめん、大事なライブだったんでしょ……?」

「いいよ。どうせ今日は最悪なパフォーマンスしかできなかっただろうし。どうやったのかはわかんねえけど、あんたがこうやって来てくれたんだからそれで十分だよ。……デビューの話は白紙になるだろうけど、でもそんなの夢がかなう日がが先に延びるだけだからさ」


 あ~ああ、衣装もドロドロだ。照れ隠しのようにステラはわらった。

 確かに涙だの鼻水だのメイクのラメだのがべったりついて酷いありさまだ。


 

 あたしは壁をぐるりと見まわした。時間は18時25分。ギリギリだ。


 ソラミちゃんの魔法の力を借りてあたしがここに来た目的は二つ。直接会って謝りたかったこと。それはさっき果たした。

 もう一つはステラの夢を応援することだ。


 あたしはドレッサーの鏡に映ったあたしの姿を見る。リルファンタウンのランカーだった時代のドレス姿。手には「ほしくずのステッキ」が。


 

 地下牢でこのステッキから魔法を使おうとすると失敗した。でも大広間では魔法は問題なく使えてダンス部の子たちをやっつけられた。

 この部屋ではどうだろう?

 

 いちかバチか、のるかそるか。でもここで魔法をつかわなきゃ、あたしは一体何のためにここまで来たんだ。



「ステラ、待って。諦めるのはまだ早いよ」


 ドアノブに手をかけて部屋を出て行こうとするステラをあたしは引き留める。そこでステラは初めてあたしの格好に気が付いたみたいだ。目をぱちくりさせる。


「真帆、その恰好……」

「ステラはね、絶対最高のアイドルになるの! だからここで諦めないで」


 あたしは呪文を唱えて杖を振る。


「トゥインク・ルンルン・リリアント! ステラを宇宙で一番格好いい女の子にして!」


 

 ああ、‶宇宙で一番格好いい女の子″なんて、指示が曖昧だったかな……?

 一瞬弱気になった思いを打ち消しながら、あたしはステージで歌い踊りながらたくさんのファンを魅了するステラのイメージを頭の中を満たし、ステッキから放たれる星屑たちが驚くステラをとりまくのを見つめる。



 ステラの体をくるくると取り巻いた星屑たちが消える。そこから現れたステラは、さっきまでとは全く違うコスチュームで立っていた。


 黒いドレスは消えて、白いホットパンツとトップス。星形にビジューで飾られたブーツ。髪はポニーテールで、首を軽く振るとラメで輝く。

 メイクも大人っぽいものから、ニッとわらった時のステラの表情に似合った元気のよさをアピールするものに変わっていた。もちろん泣いた後のダメージはすっかりとりはらわれて瞼がはれていたり鼻があかくなったりしていることもない。

 でも、この格好って……。


「……あれ? これ」


 自分の変身に気が付いたステラはドレッサーに自分を映したり、くるくる回って自分の様子をチェックする。


 あたしもステラの格好に気づいて慌てた。その恰好はどうみても、リルファンタウンでステラがあたしに初めて会った時のコスチュームにそっくりだったから。


 やばい、どうしよう。子供っぽすぎる?


「どうしようステラ、今からもう一回魔法かけ直そうか⁉ 着たい衣装のイメージがあるなら言って!」


 そう言っては見たけれど、そのタイミングでコンコンとドアがノックされた。ドアが開いて、いかにもテレビスタッフ風の格好をした妖精が顔をのぞかせる。


「鈴木ステラさん、そろそろ入ってください」

「はーい」


 ステラは顔をパンっと叩いて気合を入れる。本当にもうタイムリミットが着てしまったらしい。



「ご、ごごごごめん、ごめん、ステラごめん……!」


 とりかえしのつかないことをしてしまったという後悔からガタガタ震えるあたしをステラは優しく笑って抱きしめた。

 

 そのままあたしの後頭部をぽんぽんと軽くたたく。



「あたしを宇宙で一番格好いい女の子にしてくれたんだろ、何謝ってんだよ」


「で、でも……」


「あんたやっぱり宇宙で一番最高のの魔法使いだよ、ありがとうな。真帆。あたしあんたに会えてよかった」


 

 ステラは最後にあたしをぎゅっと抱きしめた。

 

 そしてまっすぐ前を見て歩き、ドアの外へ出てゆく。



「見てろよ、絶対プリンスからティアラもぎ取ってみせるから」


 

 きらめくポニーテールを揺らして、ステラは部屋を後にした。


 あんたに会えてよかった。


 その言葉を反芻しているあたしの足元がまた急にふわふわと激しく波打ち、ずるんと床の上に滑って転げ落ちそうになり、あたしは再びおでこをぶつけた。



「っ、痛ぁぁぁぁ~……!」


 今度はしっかり痛かった。なにせこの床はむき出しの石造りだ。目じりに涙を浮かべて呻くあたしに、ソラミちゃんが声をかける。



「お帰りなさい。どうです? ステラさんに会えました?」



 魔法円の中のソラミちゃんは、汗だくになっていた。あたしをみて前髪をかきあげ、ちょっときまり悪そうに笑った。



 あたしはソラミちゃんに抱き着いて、ありがとうを何回も贈った。

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