ファティス

 降り注ぐ陽光は人々を賛美するかのように輝いている。

 声。歌。足音……ローマニアは今日も騒がしく、平和であった。


 パルセイアとの決闘の後、ファストゥルフは冠をラムスへ譲り王位から退いた。その際彼は、何名かの俗人を粛清する汚れ仕事を引き受け「先代は晩節を汚した」と非難されたが、去り際のファストゥルフの顔には一片の憂いもなかった。


 人々は、新たなる若き王。ラムスを崇めた。無論、万人が万人それを歓迎していたわけではない。だが、落ちていた影が消えた彼ならば、賢君として見事な治世を敷くであろう。





 さて。そんなローマニアの路地の奥に一軒の茶屋がある。そこには味も良いのだが、大層な美人が店主をしているのだった。

 その瞳は翡翠。髪は金糸が織り込まれたように輝いている。柔肌はまるで雪のように白く。心は純粋。そして、柔らかく気品高い振る舞いは、どこぞの貴族か王族かのように見えるのであった。

 彼女が商う店の名はコーヌコピエと云った。古い言葉で、豊穣を意味するものらしい。その言葉通り、店は連日賑わいを見せ活気付いている。人々の笑顔が、絶えず咲いてた。

 しかしその中で一際輝く大輪は、通い詰める客ではなく、先の美人が持っているのであった。彼女は幾重もの苦労を背負い生きてきた。だが、その宿命から逃げる事をしなかった。彼女は今日まで戦い、そして、今ある束の間の安息を手に入れる事ができたのであった。

 その平和がどこまで続くか彼女は知らない。この先、更なる苦悩と不幸が襲わぬとも限らない。だが、彼女はそれでも生きたいと言うであろう。なぜなら、彼女が今笑っていられるのは、決して生きる事を諦めなかったからである。


 彼女の過去は壮絶なものであった。しかし、彼女は生きた。

 生きるという事は、いかなる苦難をも退ける力を持った命の輝きである。その先に待つものが悲劇であっても、誰にも、人の命を否定する事はできない。


「いらっしゃいませ!」


 コーヌコピエに新たな客が来た。彼女は、やはり笑顔でそれを迎えた。

 未来の事は分からない。だが、一つ確かな事がある、それは彼女が死ぬまで、彼女の笑顔はあり続けると言う事である。


 人々に幸あれ!

 美しき生に讃えあれ!


 ファティスの笑顔は、人生を照らす希望であった!

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ファティス 白川津 中々 @taka1212384

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