青い海と白い風車と宇宙人と地底人と

小稲荷一照

青い海と白い風車と宇宙人と地底人と

「宇宙人や未来人や超能力者や異世界人やらって、いないのかな」

 施設の点検もひとまず終わり、水平線をさえぎるように柵のように立ち並ぶ風車を眺めながら唐突にヤマザキが言った。どうやらナニカ読みふけって、変な影響を受けたらしい。

「なんか、ぜんぜんカテゴリーの違うものが並んでいて、いないのかな、ってのも変だと思うが」

「うん。まぁ、自分でもそう思う。けど、別に大いなる自意識存在でも神でも幽霊でもUMAでもぜんぜんかまわないんだ」

「あ~。つまり、既知の科学体系からはみ出した存在が大手を振るって存在している可能性か?」

 そろそろ海の上に三ヶ月になる。青い空、青い海、白い雲に白い風車。青春ドラマのタイトルに出てきそうだけれど、日常になってしまってはソレも無為。グリーンフラッシュが見られたと喜んだのは最初のひとつきめだったか。

 赴任する前はいろいろ脅かされて、緊急用のマニュアルはここに来てからも何度も読んだし週に一度は非常訓練もあるが、それほど規模の大きくない試験用の施設では、そもそも事故らしい事故も起きないし、ソレが他系統に問題を雪崩れ起こすこともない。仕事とはいえ、機械のそばに張り付いていなければならないのは少し飽きていた。

 予算と工期との影響で偶然にも台風シーズンが終わったところでの長期滞在で順調なのは当たり前だが、ナニか粋なアクシデントの発生がないか、と不埒な考えをコチラも持ち出していたので、そういう雑談なら歓迎、とまでは言えないが嫌がるほどの理由もない。

 つまりは相方も相当に退屈をしていたらしい。

 一瞬というには少々長い間が空いたが、せっかくの問答のお題なので乗ることにする。

「順番に可能性を当たってみるか。とりあえずまず宇宙人な。彼らがナニを宇宙に求めているかで我々との接触機会は極端に変化する。

 単純に材料資源を求めてのことであれば、彼らの惑星の近場に木星型の惑星があればそもそもの居住惑星に比較的近い組成の有機物やソレに類するものがあり、ソレを枯渇させるだけの個体数を惑星表面に可住な状態で維持しているとは思えない。

 また、材料資源は見た目形の上では変化していても、エネルギーの投資で還元可能で、そのエネルギーは長駆他星系に足を伸ばすよりは少ないと思える」

「少なくとも俺らみたいにエネルギーがない~なんて話題は縁がなさそうだな。ガソリンがないのに車を走らせるバカもそうそういないだろうし、ってな理屈だな」

「実はウチラみたいに相当バカで、エネルギーが足りなくなってからドロナワで調達の可能性を右往左往しながら探している可能性はある」

「まぁそれはイイッコなしだ。おかげで研究という名の無駄遣いができるわけだ」

「俺は流刑だと思ってた」

「安心しろ。流罪だが禁足はされていない。しかし妻子もちだってのにタカさんもマッさんもよくもまぁ現場に入る気になったよな」

 ヤマザキが同情するように言った。

 タカさんもマッさんも計画の責任者の一角で来ない訳にいかないだろうというのもなんとなく判るが、タカさんが船酔いで苦しそうにしているのを見ると、妻子と別れて、という以上に気の毒に思える。

「アイカワさんに聞いたけど、女の子も入るはずだったんだって?」

 聞いた話を振ってみる。

「揉めるから入れないで正解だよ。いずれ入るんだろうけど、最初は面倒になりそうなところは減らそうよ」

 意外にもヤマザキの反応はあっさりとしたものだった。

「俺らからすると、女なんて異世界人と大差ないからな」

「異世界人だったら揉めやしないよ、世界が違うんだから。いや、ヤツラがというかお互いに必要だというところが、致命的に揉める原因なんだから」

 真意はよく判らないが、それなりに納得できる言い分ではあった。

「そういえばさ、ここ。宇宙からでも見えるらしいぜ。いつだか判らないけれど転倒試験のムービーがネットに載ってた」

 ヤマザキの話題はとびがちだったが、雑談としてはそんなものだろう。

 山手線と同じような広さを使って、ビルみたいな大きさの装置をいくつも並べていれば、そりゃ宇宙からも見えるだろう。

「マッさん、制御がうまくいって沈した風車がきれいにそろって立ち上がったときには泣いてたな」

「ダミーバラストのときに何度かしくじってたから、機械屋じゃないけど、オレも感動した。昼の月が出てたし、飛沫で虹がかかってたしで、かなり特撮チックな写真撮れたぜ」

「くれよ。ソレ」

「ケータイの待ち受けにしてる。見るか」

 ヤマザキの写真は独特の雰囲気がある。たぶんソレはそういう場に居合わせる、という才能を含めてのモノで、被写体のほかに撮りたいモノがいい具合にファインダーに飛び込んでくる、そういう写真だ。

 回りだしてもいない、音も出していない新品の風車は小さな携帯電話の画面の中では白く塗装していない仮組み仕立てのプラモデルのようだった。手前に虹が奥に白い月が昇っていて、その不思議な質感だけが風車を実在のものとして保証していた。

 改めて、風車に目をやると遠目のソレはやはり現実というよりはちょっとした幻想のような光景だった。

 ただ写真の中のソレとは違い、風を受け独特の機関音を発するソレは、ナニカを訴えているか謡っているかのようにも感じる。そんなものがここからは視界を端まで埋めて見える。

「イージス艦二隻分くらいの予算なんだよな。コレ」

 予備部品を含めた機材の予算で近そうな大きなモノの値段を言ってみる。

「海上保安庁の年間予算よりぜんぜん多いってタカさん言ってたな」

 たぶん二年分に近いだろうと思うのだが、そこは軽く流す。

「送電試験は順調なのかなぁ」

「今のところ順調らしい。浄水プラントも製塩装置も予定通り動いて止まってを繰り返しているみたいだ」

 最近、自分の業務以外のところのレポートを読み飛ばしがちだが、ヤマザキはそれなりに記憶にとどめているらしい。

 今の仕事について百メートル意外と小さい?とか感じるようになったが、さすがに浄水設備には驚いた。水槽の深さが二百メートルというのはダムを地形に頼らず丸ごと人の手で作るようなもので、技術的な衝撃だった。地下部がかなり大きいわけだが、上にはみ出している部分だけでもそもそもあきれるほど大きい。

「あんなに掘り返して、地底人から苦情は来なかったんだろうか」

 つい口から出てしまった言葉にヤマザキは不思議そうな顔を一瞬してニヤリと笑った。

「そういえば、環境保護団体から海洋の長期間の占有に対する抗議の声明が出てた。魚類や鯨類などの生活に騒音問題などの悪影響が出るということらしい」

 台風のときに翼が飛ばされてきても大丈夫、と一応されている位置に管理施設は浮いているわけだけれど、この位置でも風車のウンウンという唸るような音はよく聞こえる。訓練などで海の中にもぐるときも機関音は多少する。だが港の中と大差ないと思うんだが、魚たちにはどう聞こえているんだろうか。

「……環境保護団体は地底人の保護はしていないらしいな」

 ヤマザキは鼻で笑うように言葉を継いだ。

「会ったこともない相手には人間冷たいものだよ」

 軽い切り返しのつもりだったが、ヤマザキの内心ではナニカの衝撃を与えたようだった。

「話したこともない鯨には、あれだけ情感たっぷりに弁護するのにな」

 そんなことを言うとヤマザキは時計を見て作業に戻った。

 そういえばちょっと前までヤマザキの携帯の待受け画面は彼女とのツーショットだったことを思い出したのは、まるでドミノのように転倒制御される風車の動画を眺めているときだった。

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