第30話(最終回)

2015年夏。


僕は中山峠の「峠の茶屋」にいる。


スマホで写真を取り、フェイスブックにアップする。


「峠の茶屋」に来ると、賀代の事が思い出される。

あの時の感情が蘇るというのではない。

ただ、思い出される出来事のひとつひとつに懐かしさが湧き出てくるのだ。


「観光バスが、道の駅じゃなくて峠の茶屋に来るのは、大人の事情があるからなんやで。」


賀代ののんびりとした大阪弁がフラッシュバックする。


フェイスブックを見ると、さっそく「いいね!」やコメントが届いている。


"大友さん、お土産期待してますよ~。"


"もっと北海道らしい写真をアップしてくださいよ。"


さすがに、僕の事を「シンちゃん」とか「シン君」と呼ぶ人はほとんどいなくなってしまった。


あの冬から3年ぐらい札幌で過ごしたあと、僕は東京に戻ってまた映像クリエーターの仕事を始めた。


フェイスブックにコメントしてきたのは、職場の若い仲間たちだ。


"10年ぶりの北海道なんだぜ、もっと遊ばせろよwww"



北海道の乾いた空気を胸いっぱい吸い込む。


あの冬の出来事が流れるように巡り巡る。


北海道に残った者、北海道を去った者、家族を持った者、この世を去った者。


みんな、それぞれの人生、それぞれの運命を生きている。


賀代もまた、どこかでそんな人生のさざ波の中を生きているのだろう。


君がいた冬が、遠く、近く、時間という陽炎の向こうにゆらゆらと揺れている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君がいた冬 相生よしたか @aioiyoshitaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ