団扇を動かしたのは、誰?

楠秋生

団扇を動かしたのは、誰?

 あれは高校一年生の夏のこと。陸上部の合宿の最終日に、肝試しをしたのです。全員で花火大会をした後で、一、二年生の数人でそんな話になり、こっそりと夜中に抜け出しました。

 建物から少し離れたところまで歩いて行った時に、ふと振り返るとまた建物から出てきた数人の人影が見えました。


「あれ? あの子たちも肝試しに参加するのかな?」

「さぁ? どうだろう」

「あたし、聞いてくるわ」


 そう言って私は一人で建物の入り口まで駆け戻りました。

 そしてその子たちに肝試しのことを話すと、自分たちは涼みに出てきただけで肝試しは怖いから参加しないというのです。


「そっか。じゃあ、あたし行ってくるね!」

「でも、置いて行かれたんじゃない?」


 声をかけた同級生が、私が走ってきた方向を指差すので見てみると、そこにはもう誰もいなくなってしまってたのです。


「え~! 楽しみにしてたのに。置いてくなんて酷い~」

「しょうがないやん、こっちで一緒におしゃべりしとこうよ」


 同級生が誘ってくれたのですが、私はどうしても肝試しの方に参加したくて、


「追っかけるわ! 走ったらすぐ追いつくやろうし」


 と、彼女が止めるのも聞かずに駆け出しました。

 しばらく道なりに走ったのですが、みんなに追いつくことができません。その晩は半月で雲もなかったので、懐中電灯なしでもそれなりに前は見えました。だから道なりだと勘違いしたようなのです。


「おかしいなぁ。そんなに時間たってないはずなのにな」


 そう独り言をいってなだらかな坂を登りきると。




 おやおや、そこは墓地でした。

 もともと怖がりでもない私は、ありゃ、間違えた。と普通に引き返しました。残念ながらみんなと合流するのは無理なようでした。

 諦めて帰るつもりで坂を下ると、さっきは気づかなかった道が、戻る方向とは別の方へ伸びているのに気がつきました。


「あ、こっちやったんや」


 戻ろうかと思っていたところで見つけたので、嬉しくなりそのまま進むことにしました。そのうちに追いつくだろうと。

 案の定そのまましばらく歩いていくと、前方を歩く集団が見えました。向こうも私に気づいたようなので、手を振って速足で近づいていくと……。




「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃ~~~!!」


 と大パニックの様子。


 何!? 何か出たの? 


 急いで駆け寄ると、女子たちは半泣きで抱き合って、男子は引き攣った

顔をしています。


「どないしたん!? なんか出たん!?」


 私が勢いこんで訊くと、


「おまっ!!!」

「うわ~! お前、信じられん!」

「一人で来たんか!?」


 口々に言われるも、私は出たモノの方が気になって仕方がありません。


「だから、何か出たん?」


 繰り返して訊きました。

 すると、


「お前じゃ、ぼけぇ!!」


 と怒鳴られてしまいました……。



 なるほど、私は白のTシャツに黒のジャージのズボンをはいて、灯りも持たずに歩いていました。彼らのところからは、下半身の黒は闇に紛れ、上半身の白だけが浮かび上がっているように見えたのだそうです。

 そりゃ、怖かったでしょうね。手を振りながら近づいてくるのですから。しかも墓地の方から下るところ辺りから見えていたそうです。

 私は墓地の存在自体知らなかったのですが、みんなは先輩に「あっちに墓地があるんやで~」とおどかされていたそうですから、きっと尋常でなく怖かったでしょうね。

 


 とここまでは半分笑い話。……私にとっては、ね。他の人たちには恐怖体験だったのでしょうけど。



   👻  👻  👻



 しばらくわやわやとその件で騒がれて、改めて肝試しの仕切り直しとなりました。


「そんじゃあ、ペアになってこの先の祠の所まで行って帰ってくること。で、ちゃんと行ってきた証拠に一組目はこの団扇うちわを祠の前に置いてくる。二組目は団扇を持って帰ってくること。その後は奇数組と偶数組でその繰り返し、な」


 部長が言い、一組目が団扇を持って出発しました。私は七組目で時間があったので、待ってる間に怪談をしようよ、とみんなにもちかけたのですが、


「お前、ほんま、信じられん。ほんまに怖ないんか?」


 いつもは元気印の男子が実はすごい怖がりだったようで、どことなくへっぴり腰なのが笑えました。


「怖くないで。でも、……ほら、そこに!」


 と彼の背後を指して見せると、みんなして


「きゃ~~~!!」

「うわ~~~!!」


 と大騒ぎ。

 みんなの驚くさまを見て喜ぶこの頃の私は、ちょっと悪趣味だったかもしれません。


 そんなことをしているうちに私の順番が回ってきました。



 女子の方が多かったので私が男役になり、私たちだけ女子二人でした。しかも彼女は一番の怖がり。必死に私の腕にしがみついています。部員の中で一番背が小さくて可愛らしい彼女は、脅かしていじめるにはかわいそうなので、普通に歩いていきました。それでも二人っきりで懐中電灯の灯りをたよりに歩くのはかなり怖いようで、だんだんスピードが遅くなっていきます。


「大丈夫だよ~」


 からからと笑い飛ばしても気は紛れないようだったので、極力明るい話をしてあげながら祠へ向かいました。

 そしてやっと祠が見えるところまで辿りついたのに、そこから彼女は全く進めなくなってしまったのです。祠まではあと数メートル。一段が10センチ程度で次の段まで一メートルほどのゆるい石段が五、六段あります。その少し先に石の台があって祠がのっています。その前面に飾られているじぐざぐに折られた紙垂が、白く浮かびあがって見えているのが、少し薄気味わるく思えました。


「あと少しだから、行こう」

「……無理だよう」

「じゃあ、あたしが置いてくるから待ってて」


 そういって彼女の手を腕から剥がそうとしても、ぎゅっとしがみついて放してくれません


「ムリムリムリ。絶対ムリだよう」


 彼女は半べそで言いながら、私が持っていた団扇を取り上げてポイっと前に向かって投げてしまいました。団扇はす~っと飛んで二段目の奥で止まりました。

 彼女はこれでオッケーとばかりにもうUターンして帰ろうとします。


「ま、いっか」


 泣きそうな彼女を見下ろして呟きました。

 白い団扇は暗闇の中ではよく見えるし、次の組の人たちにそう伝えれば問題ないように思えました。

 帰り道の彼女の速いこと速いこと。行きと違ってあっという間に戻ってしまいました。

 そしてラストの八組目の二人に事情を話しました。


「わかった。じゃあ、祠のだいぶ手前に落ちてるねんな?」

「ごめんね~。でもすぐわかると思うし」

「オッケー。行ってくるわ」


 そう言って出発した二人を見送りました。

 一緒に行った彼女は、みんなの所に戻って安心したようで、急に饒舌になりました。


「みんな、よう行けたなぁ。あの祠、なんかめっちゃ出そうやったやん。怖くて階段いっこも上がれへんかったわ」

「あの白い紙の間からにゅ~っと手が出てきたらどうする?」


 男子の一人がからかいます。


「うわ~、やめて。やめて。そんなん、怖すぎるわ~」

「いや、祠の後ろから白い影が……」


 言いながら他の男子が、幽霊の手をまねて胸の前で両手をぷらんとさせると、


「きゃ~!」

「いや~!」


 女子たちがきゃ~きゃ~騒ぐのを面白がって、男子がいろいろ怖そうな話をくりかえしては騒いでいるところへ、二人が戻ってきました。


「おかえり~。あれ? 団扇は? 見つからんかったん?」


 私は手ぶらの二人に声をかけました。白くて闇の中で目立つから、見つからないとは思えなかったのですが。


「いや、それがな……」


 男子が口ごもります。

 二人の様子が変なので、さっきまで騒いでいたみんな何事かと注目しました。


「あのさ、お前ほんとに階段の下の方に団扇投げたんか?」

「え? そうだよ。二段目の奥の方」

「あの団扇な、祠の石の台の上にあってん……。ここからあそこまで一本道やろ? 誰も通ってないはずやんな? ……そんで気味悪くって、よう取りにいかんかった」


 ……え? 団扇を投げた二段目から祠までって、まだ3メートル以上はあるし、祠の台って高さ1メートルはあるはず。逆ならまだしも……。


「風、……では無理だよね?」


 当たり前のことを誰かが確認するように呟きました。


「風なんか吹いてないやん」

「……」


 みんな無言で互いの顔を見合っています。


「……知らんだけで横道があるとか?」

「ないない。それにあの後ろは行き止まりやで」


 先輩のその言葉にみんな戦慄しました。

 その後、みんなして走って宿まで帰ったのは言うまでもありません。


 はたして団扇を動かしたのは、誰だったのでしょう。誰も何も見たわけではないのですが、どうやって団扇が移動したのかは今でも謎のままです。

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