第3話 兼業主婦になったおかん

 おかんが魔導師を連れて時空の歪みを探したのには理由があった。

 彼に時空の歪みを見せ、それをエリカ達の村の近くに移動させられないかと相談していたのだった。


 意識高い系の魔導師レンはおかんの無茶な要求にいまだかつてない手ごたえを感じたようで、俺たちが現世界へ戻った後に時空の歪みを任意の場所にコピペする魔術を完成させた。

 かくして三か月後、俺の家の庭とエリカの村の集会所が互いの世界への出入り口として開通したのだった。


 その日から、おかんはパートタイムの兼業主婦になった。


 俺やおとんを家から送り出し、洗濯や掃除など一通りの家事をこなした後に自宅の庭から異世界へ転移する。

 そこでエリカの所属するパーティーの賢者としてクエストに協力し、報酬を得る。

 夕方のスーパーの特売時間までにはこちらの世界へ戻ってきて、熾烈なタイムセールへと繰り出し、夕食の準備に取り掛かるのだ。


 就活や大学の卒論で忙しかった俺も、家のことにまったく頓着しないおとんも、そんなおかんの日課にはまったく気づいていなかった。


 報酬の金貨や銀貨を秘かに換金していたおかんが準備を整えたのが、俺が大学を卒業をしたばかりの春先だった。

 自宅の隣で三年前から空き家となっていた死んだじいちゃんの家を改装し、食堂をオープンさせたのである。


「パウバルマリ食堂」


 エリカの住む村の名前がつけられた食堂では、異世界でおかんが「これはいけるで!」と判断した食材が、素材の良さを最大限に引き出す調理法によって定食として提供される。

 異世界側の客からは、今まで食材として認識していなかったモンスターや植物が意外な味付けで食べられる定食屋として人気が出た。

 現世界側の客からは、珍しい異世界の食材が馴染みの味付けで美味しくリーズナブルに食べられる店として知られるようになり、口コミで客が増えて行った。


 異世界から手軽に食材を調達し現世界で定食屋を開くというおかんのビジネスモデルが見事成功したのである。


 初めは店に来た客同士が互いの風貌に驚いたりしたものだが、次第に異世界間コミュニケーションの場としても機能するようになり、今では常連客の間では住む世界に関係なく酒を酌み交わし合う人達もいる。


 ただし、店を利用するときはお互いの世界の専用出入り口を使うこととし、互いの世界に行き合うことはご法度だ。


 これはおかんが店を開くにあたり決めたルールであり、互いの世界に干渉し合わないことが大切だと考えたためだった。


 それなのに、現世界人でただの定食屋の女将であるおかんが異世界の魔物にさらわれたなんて――


「ユウト……。私はどうすれば……」


「エリカ。落ち着け。おかんのサバイバル能力を信じるんだ。

 とにかく今はこの店を片づけて、当分休業する旨の張り紙を出しておこう。

 俺はおとんに相談して、おかんを助け出す方法を考えることにする」


 エリカをこれ以上動揺させないよう、平静を装って割れた皿を片付ける。

 けれども、俺の胸中には数多の虫がざわざわと動き回るような焦燥が蔓延はびこるばかりで、おかんを助けに行くあてなんてものは全く浮かんでこないのだった。

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