第1話 パウバルマリ食堂の異変
「ああー。腹減ったぁ……」
水曜日、名ばかりの定時退社日。
それでも早めに残業を切り上げ、駅からの家路を急ぐ。
いわゆるブラック企業にこの春入社した俺。
入社後まもなくから残業続きで、おかんの食堂で夕飯を食えるのは、店の定休日である日曜を除く水曜と土曜だけだ。
今なら営業時間にぎりぎり間に合う。
エリカもまだ店を手伝っているはずだ。
早足で自宅の隣にある、死んだじいちゃん家を改装した「パウバルマリ食堂」を目指す。
角を曲がればもう見えてくるというところまで来たとき、街灯の下を慌てた様子で誰かがこちらへ走ってくるのが見えた。
「エリカ――?」
エプロンを外した軽微なアーマー姿で、手には短剣を持っている。
「おいっ!
俺の姿を認めると、エリカは目に涙をためて「ユウト!」と腕を伸ばしてくる。
短剣に切り裂かれまいと寸でのところで避けて、俺はエリカを抱きとめた。
「どうした!? 何かあったのか?」
「おかんさんが……! おかんさんが……!」
いつもクールなエリカが取り乱している姿を見て、母親の身に何事かが起こったのだと悟った。
背筋からぞわぞわと嫌な予感が這い上がってくるのも構わず、エリカと共に食堂へ駆け込んだ。
「おかんっ!?」
食堂の中は椅子が転がり、メニューが破れ、テーブルには大きな斬り跡が残っている。
割れた皿が床に散らばり、つけっぱなしたテレビから聞こえてくる耳障りな笑い声が天井近くから響いていた。
おかんは、いない――
「エリカ! おかんは……?」
息を切らしながら彼女に問うと、同じく肩で息をするエリカが答えた。
「閉店間際に
他に客もおらず、私一人ではおかんさんを守りきることができなくて……」
涙目で声を震わせるエリカ。
名うての剣士である彼女をもってしてもおかんを守り切れなかったということか。
「だから言ったんだよ。
異世界から食材を調達するのは危険だからやめておけって……」
俺は店の入口に立ち尽くしたまま、俺たちが異世界と関わることになってしまったきっかけの出来事を思い返した。
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