第7話 無断欠勤だけは避けたい

「ユウトッ! 頭を下げてっ!!」


 木立の上方から差し込まれたスーリの鋭い声に、押し比べていた太刀を引き、腰を落とす。

 その瞬間、ピョウッという風切り音と共に頭上の空気が細く切り裂かれた。

 見上げる間もなく、眼前のオークが喉元に矢を刺したまま後方にどうっと倒れる。


「スーリ! 助かったっ」

「まだだ!ユウト! 加勢を頼むっ」


 声の元に視線を飛ばすと同時に、そちらへ向かって勝手に足が走り出す。

 次の一太刀を思案する間もなく、剣を振りかざし思い切り振り下ろす。


 エリカの頸動脈に軌道の終点を定めていた魔将軍リザードマンの長剣が翻り、俺の太刀筋を断った。

 その一瞬の隙に再びエリカが斬りつけるが、魔将軍は右手に持った盾を咄嗟に掲げて防ぐ。


 やはり強い。


 その時、呪文詠唱を終えたレンが声を上げた。


「スーリッ! 魔将軍に向かって矢を放てっ」


 通常、硬い皮膚に覆われたリザードマンに射矢攻撃は有効ではないのだが、レンの言葉に疑念を挟むことなくスーリは矢をつがえた。

 エリカと俺は接近戦で魔将軍の注意をこちらに向けさせ、スーリの射矢のタイミングを待つ。


 ピョウッ


 風切る矢をレンの指先から放たれた氷雷が一瞬にして覆い、煌めく氷の矢となって魔将軍の胸に突き刺さる。


「グギャアアアァッ!!!」


 低温に弱いリザードマンは、浅く刺さった矢から放射状に広がっていく氷の殻に動きを封じられ、太刀を振り上げたまま固まった。


「「はああああああああああっっっ!!!」」


 俺とエリカは同時に剣を振りかざし、振り絞った力の全てを一太刀にのせて斬り込んだ。


 *****


「やはり、おかんは見当たらないな……」


 全力での短期決戦の後で、全員が肩で息をしている。

 しかし、休みを取ろうと言い出す者は誰一人としていない。


 周辺の捜索を終えた俺たちはゆっくりと歩きながら息を整え、闇の森のさらに奥へと進んでいく。


 昨日一日で魔将軍三体を倒し、恐らく森の半ばくらいまでは進めただろう。

 遭遇する魔将軍は森の深部に近づくほど手強くなっていったが、おかんを拉致した痕跡は未だ見つかっていない。


「魔導師仲間から仕入れた情報によれば、四魔将軍が守る砦を突破すれば後は魔王の居城に入るだけのようだ」


 徐々に近づく黒き巨大塔ベルクフリートをレンが指さす。


 あの居城におかんが捕らわれているのだろうか。


「居城を守る魔王直属の近衛隊も魔将軍並みに強いと聞いているわ」


 スーリの言葉に、水で潤したばかりの喉ががさがさと乾いてくる。


 あと半日。

 あと半日で魔王の元まで辿り着けるのか。


 もし今日じゅうに決着がつかなければ、明日の会社は無断欠勤になってしまう。

 そうなればいよいよ俺は “使えない新入社員” というレッテルを貼られてしまうだろう。


「ユウト。心配するな。

 四魔将軍との戦いを経て我々もかなり戦闘力を上げている。

 おかんさんの元にもきっと辿り着けるはずだ」


 不安に歪む俺の表情を心配してか、エリカが微妙にズレた方向で励ましてくれたのだった。


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