第10話 魔王との交渉
和やかだった食卓が一気に殺気立つ。
俺とエリカは剣の
レンは即時攻撃魔法の印を結んだ。
来る──!!
空気の僅かな乱れに、乱闘を覚悟した時だった。
「お願いですっ!!
ハルちゃんをここで雇わせてくださいっ!!!」
牛島さんのスライディング土下座に合わせて、護衛の皆さんまで床に頭を擦り付けて懇願を始めたのだ。
「えっ!?
……ええ~~~~~!?」
当惑する俺たち四人。
土下座する魔王、とその護衛数人。
なんなんだ、この光景……
おかんがため息混じりで口を開く。
「ウシジマ君の気持ちもわかるで?
確かに、三十七年間もモンスターのユッケばっか食べさせられたら、そら飽き飽きするわなぁ」
「そうなんだ! 魔物には調理っていう概念がないから、食卓に出るのはいつもモンスターの生肉か果物なんだよ!
火の通った料理が食べたいっていうのは僕の悲願だったんだ!
だから、モンスターを料理する人間がいるって噂を聞いて、焼き肉が食べたい、煮物が食べたい、味噌汁が飲みたい、その一心でハルちゃんを連れてきた。
久しぶりの手料理に僕は感動したんだよ!
ハルちゃんにはこの城で魔王専属シェフとして働いてほしいんだ!」
「うちもおとうちゃんや悠くんをほっとくわけにはいかへんけど、その肩書きはちょっとええなって心が揺れたんよ。
なんや、宮廷料理人て韓流ドラマに出てきそうでかっこええやろ?」
キメ顔らしきものをこちらに向けてくるおかん。
おかんの中で魔王専属シェフのイメージが独り歩きしてないか?
それにしても──
いきなり転移して魔王となった牛島さんの境遇は大変だと思う。
手料理に飢える気持ちもわかる。
しかし、はいそうですか、なんて言える話じゃない。
「俺も父も、おかんがいないと困るんです。
……おかんには、
おかんが大切だ。
今までどおり家族一緒に暮らしたい。
……なんて照れ臭くて言えるわけがない。
だから、 “困る” に思いを込めて伝えた。
おとんが “困る” と言ったのも、きっと今の俺と同じ気持ちだったんだ。
牛島さんはじめ魔王軍は頭を床につけたまま動かない。
エリカ達も武器から手を離して、この状況を見守っている。
「せやっ!」
膠着状態を打開したのは、やっぱりおかんだった。
「ウシジマ君がうちの食堂にご飯を食べに来るってのはどうや?
ほんならうちも家へ戻れるし、ウシジマ君も毎日あったかいご飯が食べれるで?」
「ええっっ!!?」
「それって……パウバルマリ食堂に魔王が客として通うということか!?」
看板娘のエリカもびっくりだ。
戸惑う俺たちとは対照的に、気さくな牛島さんは頭を上げて破顔した。
「僕も食堂に通っていいのかい!?
そうさせてもらえるならすごくありがたいよっ!!」
「せやけどな、ウシジマ君。
食堂内での暴力行為は警察呼ぶで?
カタギのお客さんに手出しせんといな」
「もちろんだよっ!
その代わり、食堂内での魔王討伐も禁止にしてもらえるかなあ?
美味しいご飯を食べてる時くらいは心安らかに楽しみたいじゃない?」
交渉成立と見るや、護衛の方達は無防備な土下座を解いてすぐさま壁際に下がっていった。
「ところでウシジマ君、あんたのとこからモンスターの肉を仕入れさしてもらうっちゅうことはできるのん?
ギルドを通すとマージン取られて
「お安い御用だよ。むしろそれでお金が懐に入るなら、部下が人間を襲うことも減ると思うし一石二鳥だよねっ」
おかんが俄然張り切り始める。
「そうと決まれば話は早いで!
レンくん! ここにも時空の歪みをコプピしてやぁ!」
かくして、魔王の居城と俺の自宅の庭が時空の歪みで繋がったのだった。
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