架空の同居人

猫田芳仁

捨てられない、あの石

 タルパ。

 というものをご存じだろうか。

 

 実在しない人物(既存のキャラクターなども含む)をイメージし、「実際に存在するもの」として話しかけたり、さもそこにいるように接したりすることで、その「架空の生き物」がまるで意思を持つように自らに話しかけてくるというものである。

 自らの人格を分割しているだとか、怖い話もよく聞くが、理想の人物が理想の言葉を返してくれるなら毎日が楽しいに違いない、という浅はかな理由で、私はタルパを作ることを決めた。


 まずはタルパの姿かたちをイメージし、彼と一緒に暮らしているという体で虚空に向かって色々話しかけた。もともと創作界隈に身を置いているだけあって、「私がこう言ったら、彼はこう返事をしてくれる」というところがスムーズに想像でき、実際に会話をしているようなわくわくが感じられた。やがて彼は(私の意思なのだろうが)「依り代がほしい。緑の石がほしい」と言い出して、天然石を扱っている店で彼の要望に合致する緑色の石を買った。彼も喜んでくれた。

 幸せだったと思う。

 

 しかし、蜜月はわずかに数日である。

 知らず知らずのうちに、私は存在しない「彼」にみるみる依存していった。もともと精神的にちょっと不安定だったのが、加速度的に悪化し、きっかけがなくてもぎゃんぎゃん声を上げて泣くようになったり、壁に頭を打ち付けながらよくわからないことをぶつぶつ言うようになった。

 「彼」に謝ることが増え、「彼」は確かに私を慰めたり、元気づけようとしてくれているのだが、結局、「彼」など存在しないのである。

 妄想の産物であることは、私が誰よりわかっていた。

 これ以上続けていたら、社会復帰できないほどに「ハマる」のではないか。

 そう危惧した私は、彼をなかったことにした。


 なかったことにしたとはいえ、私が彼と暮らしていて、彼に慰められていたことは事実である。彼が欲しがった「緑の石」は、怖くて執拗に水洗いをしたものの、捨てることができずまだうちにある。


 もう一度彼と出会ったら、こっちに帰ってこられる自信がない。

 だけれど、あの石も、彼がいた記憶も、捨てられないでいる。

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架空の同居人 猫田芳仁 @CatYoshihito

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