044 【第7章 完】麻痺《パラライズ》ハンマー
前日のリーグ戦でロメーヌは、『控え目なサイズのハンマー』で戦っていたそうだ。
それは『あくまでも彼女にしては控え目なサイズ』であり、他の受験者たちと比べたら、やっぱりそれなりに大きなハンマーだっただろう。
とにかくロメーヌは、リーグ戦ではハンマーを荷馬車サイズに膨らませることは一度もなく、『ほどよい大きさのハンマー』を振りまわしていたとのことだ。
けれど、決勝トーナメントでは、ロメーヌは最初から巨大なハンマーを遠慮なく使用していく様子だった。
あと一勝すれば、合格がぐっと近づくわけだから、そう判断したのだろう。
「あ、あのさあ……オギュっちくん。彼女のハンマーサイズ、あれは何?」
驚いたテオさんが質問してきた。
「はははっ……すごく大きいですよね……」
実はロメーヌは、荷馬車サイズよりも、さらに大きくハンマーを膨らませることができたのだけど……まあ、とりあえず私は笑っておいた。
もっと大きくすることができると打ち明けたら、テオさんは驚いただろうか。
「しかし、あんなにも巨大なハンマーだから、
「はい。ロメーヌの小さくて可愛らしい手のひらでは、本当ならあんなにも太い柄は握れないです」
「可愛らしい手のひら……」
「ええ、可愛らしい手のひらです。テオさん、ロメーヌの右手が、うっすら光り輝いているのが見えますか?」
テオさんは座席から身を乗り出した。
そして、闘技場中心部の広場に立つメイド服姿の女の子の右手にじーっと視線を向けた。
きっと、可愛らしい手だと思ったことだろう。
「ああ……うん。よく見ると確かに右手が輝いているな。彼女の右手を包んでいる光が、なんだかすごく大きな光の手袋のように見えるよ。人の手の大きさの2倍以上あるような光の手袋みたいに……」
「ロメーヌは、魔力を操るのが得意なんです。魔力を右手からハンマーに送り込む際、大きな光の手袋のように変化させているんですよ」
テオさんは腕組みをして「なるほど」と、うなずいた後で苦笑いを浮かべた。
「魔力を大きな光の手に変化させ、太い柄をがっちりと握っているってわけか……。うーん、俺にはとてもマネできないな、あははっ」
「きっと、誰にもマネできませんよ、あははっ」
試合は、ロメーヌの圧勝で終わった。
対戦相手は気の毒だ。荷馬車サイズのハンマーを片手で持ち上げ、高速でぶんぶん振りまわしてくる相手に、ハンマーひとつで戦いを挑まなくてはいけなかったのだから。
決勝トーナメントでいきなりロメーヌと当たるとは、本当にくじ運が悪い。
「オギュっちくん、負けた方は試合の途中で急に動きが鈍くなったんだけど……なんだか、身体がしびれていたような。もしかして、
私は小さくうなずいた。
テオさんだけでなく、きっと試合を見ていた人たちはほとんどが気がついていただろう。
試合中にロメーヌが、
ハンマー術において一般的な
だが、ロメーヌが使用する
まず彼女の場合、あの荷馬車サイズの巨大なハンマー全体が、常に
対戦相手はハンマーを打ち込まれなくても、少しかすった程度で身体に魔力が流れ込み、しびれてしまうのだ。
いや……たとえハンマーが身体に直接触れなくても、自身のハンマーでロメーヌのハンマーを受け止め続けているだけで、じわじわと手足がしびれはじめる。
ロメーヌのハンマーに込められている魔力が強力すぎて、ハンマー越しでも
ロメーヌの攻撃を受ける際は、受け止める側も『防御用の特殊な魔力』を自身のハンマーに込め、きっちり受け止める必要がある。
そういう対策をしないと、ハンマー越しにじわじわと
14歳の夏、森の中でロメーヌとハンマー術の修行をしていたとき。
彼女は私に、こんな説明をしてくれた。
「オギュっち先輩!
「うん」
「でも、自分のハンマーの中に常に強力な魔力を
「……はい? ロメーヌ、どういうこと?」
はじめて説明されたとき、ロメーヌほど魔力の才能がない私には、そんな特殊な
しかし、実際にロメーヌとしばらく戦闘訓練をしてみて……。
「ねえ、ロメーヌ……手足がしびれて動けなくなったんだけど……」
私は森の中で、地面にころがった。
足がしびれ、立っていられなくなったからだ。
ロメーヌのハンマーを一度だってまともに打ち込まれていなかったのに、何度かかすっただけでそういう状態になってしまったのである。
また、彼女のハンマーをこちらのハンマーで受け止めているだけで、身体がしびれてくるのを私は感じていた。
それで動きが鈍くなり、おかげでロメーヌの攻撃をしっかりとは、よけきれなかった。
彼女の
「えへへっ、オギュっち先輩。実はわたし、相手の身体にハンマーを当てなくても、相手のハンマーにこちらのハンマーを当てさえすればいいんです」
「えっ?」
「そうすれば相手のハンマー越しに
「……それって、ロメーヌの攻撃をハンマーで受け止めているだけで、少しずつ身体がしびれてきちゃうってこと?」
「はい」
「ロメーヌ、そんなデタラメな
「わたし一人であみだした技じゃないですよ。『ハンマー先生』のアドバイスが、とても大きかったです」
そう言うとロメーヌは、自身が手にしていた『しゃべるハンマー』に視線を向けた。
しゃべるハンマーは、地面に転がっていた私に向かって言った。
「オイ、オーギュスト! オ前ハ『空気ヲ叩ク』技ヲ身ニツケタナ!」
「うん」
「同ジヨウニ、ロメーヌダッテ、スゴイ技ヲ身ニツケタンダゼ! ハッハッハッ!」
しゃべるハンマーの説明によると――。
ロメーヌはその才能と強力な魔力、そしてハンマー先生のすばらしい指導によって、誰にもマネできないような『デタラメな
「オソラク、ロメーヌニシカ使エナイ技ダロウナ! オーギュストデモ無理ダゼ! ハッハッハッ!」
しゃべるハンマーは、自慢の弟子であるロメーヌの成長に上機嫌だった。
それからロメーヌは、ハンマーを通常のサイズに戻すと、地面に横たわる私のそばに腰を下ろした。
続いて――。
「じゃあ、オギュっち先輩の身体のしびれが抜けるまで、わたしが
「えっ……」
「地面に一人で寝転がっているのと、わたしの膝枕だったら、先輩はどっちがいいですか?」
「膝枕です……」
そんなわけで私は、身体のしびれが抜けるまで幸せな時間を過ごしたのである。
その後も、身体がしびれて地面にころがるたびに、ロメーヌが膝枕をしてくれた。
膝枕が楽しみだからといって、ロメーヌとの訓練中に私がわざと
14歳の夏。
私は『空気を叩ける』ようになり、ロメーヌは彼女にしか使えないだろう特殊な『
そして、それぞれの技をさらに磨き続けて決勝トーナメントで使用し、私たち二人は無事に『ベスト8』に進出することができたのである。
勇者が生まれる予定の町の競売人《オークショニア》 岩沢まめのき @iwasawamamenoki
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