043 テオさんの座席とロメーヌの試合

 気を失っていたテオさんは、すぐに意識を取り戻した。


「……負けてしまったか」


 私に抱えられたまま彼は、ぼそりとそうつぶやいた。


「ありがとう、オギュっちくん。もう自分で立てるよ」


 そう言うとテオさんは私から離れ、地面に転がっているハンマーを拾い上げた。

 すでに次の第2試合を行う受験者たちの姿が見えていた。

 私とテオさんは、試合を行った闘技場中心部の広場から、無言のままいっしょに立ち去った。




 観客席に移動すると、ロメーヌが声をかけてきた。


「お二人とも、お疲れ様です! すごい試合でした!」


 彼女といくらか会話を交わしていると、第2試合がはじまった。

 試合を観戦しようとロメーヌの隣の席に座ると、テオさんが当然のように私の隣に腰を下ろした。


「えっ? テオさん?」

「えっ? なに、オギュっちくん」

「えっ? 隣に座るんですか?」

「えっ? オギュっちくん、キミの隣に座ってはダメかい? ああ……打ち負かした相手といっしょだと、やっぱり居心地が悪いのかな?」

「い、いや……その……」


 正直、私は構わないのだけど……。

 試合に負けたテオさんは、対戦相手のすぐ隣の席に座るなんて嫌じゃないのだろうか?

 そう思ってこちらは戸惑ってしまったのだ。


「オギュっちくん。俺はキミたち以外に、この会場に親しい人がいないんだ。残りの試合を一人ぼっちで観戦するのは寂しいんだよ、あははっ」


 声を出して笑ってからテオさんは、一転して真面目な表情を浮かべた。


「――と、冗談はこれくらいにして……」


 そう前置きしてから彼は、どことなく恥ずかしそうに話を続けた。


「オギュっちくん。正直、キミに負けたのは悔しいよ。だが、俺はすでに気持ちを切り替えて、来年の受験のことを考えている」

「来年の受験ですか?」

「ああ。オギュっちくんといっしょに試合を観戦していれば、ハンマー術について、自分の知らないことを学べるかもしれない。キミからは何かを学べる――俺の直感がそう告げているんだ。自分を負かした相手に教えをうのは、どこか恥ずかしい。けれど、来年こそ合格するために、俺はもっと強くならなくてはいけない!」


 私は首を横に振った。


「いやいや……テオさんはまだ不合格と決まったわけじゃ……」

「しかし、ベスト8以上になれなかったんだ。きっと合格は厳しい。さっきのキミとの試合で俺がハンマー術の基礎をまだしっかり身につけていないことは、試験官たちにはバレてしまっただろうし……。俺のメッキはすっかりはがれてしまったから、今年の合格は難しいんじゃないだろうか?」


 本当にそうだろうか?

 こんなにも強い人が、不合格になるのか?


「確かにテオさんは、ハンマー術の防御の基礎をきちんとは身につけていないです!」

「うっ……」

「ああ、すみません。でも、ものすごく魅力的な技術を身につけたハンマー術使いだと思います。テオさん以上の速度でハンマーをスイングできる人なんて、そうそういませんよ」

「いやー。そう言われると、照れるなあ。あははっ」


 んっ……あれ?

 この人、そんなに落ち込んでいないのかな……?

 そう思いながらも私は、しゃべり続けた。


「そもそも、テオさんの武器がハンマーじゃなくて刀だったら、負けていたのは絶対にこちらでした」

「本当に?」

「はい。まあ、今回はハンマー術の試験で、武器がハンマーだったので、こちらが勝ちましたけど」

「うっ……」

「ああ、すみません。とにかく、試験官がどんな人たちなのかは知りませんが、テオさんの戦闘力を充分に評価してくれる人だっているんじゃないでしょうか? この戦闘試験の目的が『強い人材を集めること』だったとしたら、テオさんが不合格になることは絶対にないと思うんですけど」

「オギュっちくん、なぐさめてくれてありがとう。まあ、試験が終われば、合否がはっきりするからさ。もし俺が不合格だったらそのときは、またなぐさめてくれよな」


 また……なぐさめるのか……。

 ほんの小さくうなずきながらこちらが黙ってしまうと、テオさんは再び冗談を口にした。


「まあ、オギュっちくんが試合の最後に使ったあの不思議な技を教えてくれたら、俺は来年の試験で優勝して合格できるんじゃないかな、あははっ……なんて……それも冗談だ。あんなすごい技は、きっとすぐに身につくものではない。俺は来年に向けて、ハンマー術の防御技術や基礎を、もう少しきちんと身につけるさ」


 それからテオさんは、ロメーヌに向かって「そんなわけで、ご一緒させてもらっていいかな?」と尋ねた。

 ロメーヌも反対しなかったので、3人でいっしょに試合を観戦することになったのである。




 やがて、ロメーヌの出番となる『第8試合』が近づいてきた。


「オギュっち先輩、そろそろ行ってきます!」


 そう口にした彼女を、私は笑顔で送り出した。

 テオさんが微笑んだ。


「彼女のことが心配かい?」

「はい。でも、ロメーヌはとても強いですから、簡単には負けませんよ」

「あははっ。まさか、オギュっちくんより強いとか、そんなわけはないよね?」

「い、いえ……場合によっては、ロメーヌの方が……」

「えっ……オギュっちくんより強いの? それ、本当かい?」


 テオさんが、口をぽかんと開けて驚いていた。

 もし戦闘中に、ロメーヌが空を自由に飛びまわることができたら?

 きっと私では歯が立たない。


 ロメーヌは、巨大化させたハンマーをぶんぶん振り回しながら空中を高速飛行することが可能なのだ。

 そんな彼女に勝てるハンマー術使いが、この世界にいったい何人いるだろうか?


 ものすごいスピードで頭上から襲いかかってくる巨大なハンマーに、有効な対抗手段を持っているハンマー術使いなど、ほとんどいないと思われた。

 まあ、試験中にロメーヌが空を飛ぶことは絶対にないのだけど……。

 人間ではなく妖精だということがばれてしまうから……。


 そんなことを考えていると、ロメーヌの試合がはじまった。

 すぐに闘技場内がざわついた。ロメーヌが手にしてるハンマーの大きさのせいだった。

 荷馬車にばしゃほどのサイズだろうか。ハンマー術に関わっている者ならば、そのハンマーサイズが常識はずれであることがすぐにわかるのだ。

 人々がざわつくのも無理はなかったのである。

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