第7話 禁談
今回、私・松岡真事が『カクヨム異聞録』に応募作を投稿するにあたり、絶対に大トリを飾るのはこれだ、と既に決めて執筆に入った話があった。
ここで詳しくは書けないが、それは日本古来の風習にまつわる かなり陰惨な話で、『石』が重要なキーワードを握っているように私は感じていた。
メインタイトルの中に『~4%の魔石~』というフレーズを入れたのも、実はこの話を効果的に演出しようと思ってのことなのである。
お話の提供者であるWさん(この方は特にイニシャルで表記させて頂く。ご本人の希望である)にも掲載許可は早い段階から頂いており、私は奮起して文章化の作業に取り組んでいたのだった。
二部構成にしようと決めていた全体のうちの前編(『喪服の群れ』から『ごほうび映像』まで)を投稿したほんの直後、私のもとへWさんから突然のメールが入った。
例の話の掲載許可を、取り消してほしいという。
私は、一瞬 頭の中が真っ白になってしまった。
直ぐに電話で「どういうことでしょう」とお尋ねをしてみたが、「あれは他人が知ってはいけない話だと思ったから」「よそ様のお目汚し、お耳汚しになる不浄の話かも知れないから」の一点張りで、失礼ながら要領を得ない。
そんなわけで、後日改めて直接お会いし、詳細の説明を願いたい旨を了承いただき、私は はらはらした気持ちのまま電話を切ったのだった。
※ ※ ※ ※
早速、その翌日。私は昼休みを利用してWさんのお宅へ向かった。
お庭に立派な松の木のある、純日本風の邸宅である。
Wさんは、真夏の暑い最中にも関わらず、玄関先で私の到着を待って下さっていた。今年62歳になられる、物腰穏やかな長身の紳士である。
この度はすみません、と客間で深く頭を下げられたWさんに、私は本当にぶしつけながら、自分の希望を機関銃の如く まくしたててしまった。
「どうにかあの話の掲載許可を頂けませんか」
「私はアマチュアですが、それ故にいい話を残したいという思いは強いのです」
と、馬鹿のように熱く語ったわけである。
「もっともですね」
Wさんは、何度も頷いて下さった。
「ああいう話は風化させることなく語り継がなくちゃいけないんじゃないかと、現代の世相を見ているとわたくしも思うんですが・・・」
でも、止した方がいいと言われる。
あの話を拡散することだけは、勘弁してくれないか、と。
「何かあったのですか?」
おそるおそる、私は尋ねてみた。するとかなり長い間、沈黙が流れた後、
「そうですね」
苦笑いのような表情を浮かべ、Wさんは語り始めた。
「夢を見たんですよ」
※ ※ ※ ※
ある日の夜中(奇しくも私が最終話の執筆を半ばほど終わらせた時分)、Wさんはやけにハッキリした感覚のある奇妙な夢を見たという。
夢の中で、Wさんは見知らぬ和室の中央に正座しており、それに対するような位置に、大きな日本人形が立ってこちらを凝視している。
赤い綺麗な柄の和服を着た、長い黒髪の、少女の人形。
それが、口をきいた。
「とりかえしのつかぬことをするな」
しわがれた老婆の声だった。
「あの話は、○○○の
もしや、少し前にネット小説の怪談ナントカへ掲載許可を出したあの話のことではないか?Wさんは直ぐに思い当たった。
何でです、あの話は確かに気味の良い話ではないですが、どうして広めてはならないのですか?あなたはどなたですか?○○○の妾腹とは何のことです、教えてくれませんか?と、丁寧に質問したという。
だが人形はそれに対しては何も答えず、ただ一言、
「目にもの見せてくれる」
それだけ言って、そこで目が覚めたという。
※ ※ ※ ※
「翌日、小学生の孫が足を折りました」
Wさんが口にした思わぬ言葉に、私は愕然となった。
「学校から帰ってきて、玄関に一歩、足を踏み入れた瞬間、パキリと右足が折れたそうです」
「そんなバカな」と私が呟くと、Wさんはまた、「ええ、ええ」と頷く。
「よくわかりませんが、あれはそういう話だったようなのです」
「ちょっと待って下さい。あの話は石に関する話でしたよね。日本人形なんて、どこにも出てこなかったでしょう。○○○の妾腹、なんて言葉もなかった。どういうことですか?」
「どういうこと、なんでしょうね」
自分の方こそそれを知りたい、と言いたげにWさんは首を傾げた。顔は笑っていなかった。
「何だか、こちらが知らない色々な背景があるんじゃないですかね。わたしが祖父から聞いた以上のことが(注・石の話はWさんの曾祖父にまつわる物語で、Wさんは一部始終をお祖父様から聞いていたのだった)」
「公にすると、松岡さんにも、読んだ方にも何かあるかも知れませんよ」
まったく予想だにしていなかった展開に、私は心底、呆気にとられてしまった。
と同時に、「この体験談は何としても残したい!!」という使命感も芽生えはじめていたのだった。
「ちょっといいですか?すみません」
私は、持参していた携帯用の電子メモ帳に、いま聞いたお話やそれに至るまでの経緯の簡単なアウトラインを出力し、Wさんにお見せした。
そして、例の石の話は封印するが、この「人形が夢に出てきた」話を代わりに公表したい旨をお伝えしたのである。
Wさんは「うーん」と腕組みしてさんざん迷っておられたが、
「二日ほど、待って下さいませんか?」
二日待って、夢の中にあの日本人形が現れなければ、「この話だけは」公開しても構わない・・・というお墨付きを得ることに、私はこうして成功したわけである。
※ ※ ※ ※
さて、それから二日後の2017年・8月22日の朝。
約束通り、Wさんからお返事のメールが届いた。
『人形は出て来ませんでした。夢の話のネット公表を、許可します』
私は小躍りせんばかりに喜んだ。多くの人に読んで頂きたいな、という思いでいっぱいだった。早速、下書き原稿の直しを行い、昼休みには投稿出来る状態にしようとしたところ、
『怖い話のおじちゃん、仕事がんばってね!』
よく意味のわからない文章が、メールの続きに打ち込まれていた。
更に確認すると、画像データも添付されている。
呼び出してみると、
「あっ」
それにはニコニコと屈託無く笑ったWさんと、心持ちWさんにそっくりな、目のクリッとした男の子の姿が写っていた。
男の子の右手には、松葉杖のようなものが少しだけ写り込んでいる。
お孫さんだ、と私は直感した。
(俺が石の話を公表しようとしたばかりに、この子は非道い目にあって――)
そこで、はじめて胸が痛んだ。
すぐさま、既に完成させていた『石にまつわる話』の文章データを完全に削除した。
お孫さんへの罪滅ぼしと、『何か』へのご機嫌伺いが同居したような、奇妙な心持ちだった。
その時、わかった。
幽霊や妖怪が怖いのではなく、それを語るお話の方が本当に怖いのだ、と。
――この話が、あなたに読まれていることを私は嬉しく思う。
だがどんな話も、命を孕んでいる。あなたが新たな怪異を産み落としてしまわれないことを、私は切に願う。 (終)
(注)
本文中にある『○○○の妾腹』という言葉ですが、Wさんのたっての希望で、伏せ字扱いにさせて頂きました。ご了承下さい。
真事の怪談 ~4%の魔石~ 松岡真事 @makoto_matsuoka
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