学校できもだめしをしたときのこと 後編

 防火扉の横に女子トイレがありました。


 そのときです。

 私たちの目の前をものすごい早さで、小さい何かがトイレの中に入っていきました。

 

「い、今何か飛んでいかなかった?」

「うん、猫っぽかったような、でも暗いからよくわからなかった。」

 私たちはちょっと不安になりました。

 そしてなぜか私を先頭に、電車ごっこのように繋がって歩き始めました。

 通路の蛍光灯は切れかけで、明るくなったり暗くなったりしています。

 鏡の上に付いている小さい蛍光灯も切れかけています。

「トイレってこんな蛍光灯だったかな……」

 

 入ってすぐ先生がいないことに気がつきました。

 スタンプのあるところには、監視の先生がいるはずでしたから。

「スタンプ、一番奥じゃない」

 一番奥の個室が閉まって、明かりが点いていました。

 ほかの個室はすべて扉が開いており、真っ暗です。

「先生……どこですか……」

 小さな声で先生を呼びながら、奥へと向かって歩き始めました。

「六年生のトイレって和式なんだ……嫌だな」


 開いた個室から、お化けに扮した先生が飛び出してくるかも知れませんでした。

 頭の片隅にそのことを思いながら、用心をしながら歩きましたが、誰もいませんでした。


 一番奥の個室の前にやってきました。

 個室の扉が閉まっています。

 多分この中にスタンプがあり、先生がいるのだろうと私は確信しました。

「先生、スタンプ押しに来たんですけど……」

 返事はありません。

 私の声が小さかったのかと、もう一度話しかけましたが、同じでした。

 後ろの二人は、私の背中に無理矢理隠れ、チラチラとたまに顔を出していました。


 仕方がないので、今度はノックをしました。


 コンコンコン


 私のノックに反応するように、中からノックが返ってきました。


「もしかして先生、普通に使ってるのかな」

「おなかが痛いのかも」

 後ろから、デリカシーに欠ける言葉が聞こえました。


「先生、スタンプ押したいんですけど……」

 やはり返事はありません。


「長いのかな……」


 私たちは、このままいてもいつになるかわからないので、一度防火扉まで戻ることにしました。

 多分今頃、男子達は腕をぷるぷると震わせ、待ちくたびれているだろうと思ったからです。

 帰りも私たちは電車ごっこ状態でした。


 私たちが防火扉をくぐり終えたとき、私たちの後ろから強い風が吹き込みました。

 風に驚いた男子は防火扉を手放してしまいました。

 防火扉は大きな音を立て、一気に閉まってしまいました。


「帰ってくるの、めちゃくちゃ早かったな」

 その言葉に私だけでなくもう二人も、頭の上に疑問符が浮かんでいたと思います。

 とても長く中にいたと感じていたからです。

「そんなに早かった? 結構長く中にいたと思うけど」

「うそだ! 入ってすぐに出てきたぞ、おまえら」

 人それぞれ時間の感じ方は違うと聞いたことがあります。

 多分そのせいだと、私は考えました。


 ここにいても仕方がありません。

 もう一度防火扉を開けるというのも、男子がかわいそうです。

 いや、もう一度私たちだけで向かうのが嫌です。

「やっぱり順路に戻りましょ」

「ちぇ、せっかくがんばったのにな」

 男子は渋々元来た道を戻りました。


 一階の廊下は案の定、先生達の大人げない脅かしのオンパレードでした。

 なんとか廊下をくぐり抜け、奥の階段を上り、三階まで駆け上がりました。

 三階に着き、最初に目にした防火扉は閉まったままでした。

 そしてトイレの前を見ると、そこには男の先生が立っていました。


 先生は、私たちが最初に防火扉を見たので、扉を指さして口を開きました。

「さすがにいくつものルートがあると先生達も足りないからな」

 もちろんそのようなことはわかっていました。

「先生、ずっとここにいた?」

 二両目の女子が私の横から顔を出し、口を開きました。  

「もちろん。いくら行事だといえ、中に入りづらいからな」

 聞いた内容が伝わっていなかったようですが、ずっとここに立っていたのでしょう。

「ほかに先生は?」

 今度は三両目です。

「いや、ここは俺だけだ。だから安心してスタンプを押してきてくれ」

 先生はトイレの奥を指さすと、通路の奥にスタンプ台がありました。

 蛍光灯も切れておらず、トイレの中は明るく照らされていました。

 

 先生にせかされるまま、私たちは男子を置いて中に入りました。

 ふと個室を覗くと洋式でした。

 見間違えたのかな、と思いつつ、少し安心しました。


 そして、一番奥のスタンプ台で、私たちは無事スタンプを押すことができました。


 トイレを出ると、そこで待っていた男子達に拍手で迎えられました。

 これでスタンプは全てそろいました。


「先生、なんで最後が女子トイレなんだ? 俺たち入りにくいじゃないか!」

 男子達が少し怒ったかのように先生に詰め寄っています。

「おまえ達知らないのか? この女子トイレにまつわる話を」

「しらなーい」

 私を含め、ここにいる六人はそんな話を聞いたことがありませんでした。

「せっかくだから話してやろう」

 先生はトイレの明かりを消し、得意げに話し始めました。


               * * *

 昔、この校舎が建て替えられる前のこと。

 建て替えられる前も、教室や階段、トイレなど今と全く同じ配置だった。

 ある夏の日、授業中に大きな音がしたんだ。

 そう、こんな風に六年生の女子トイレ前の防火扉が閉まったんだ。

 そのときは、もう立て付けが古いせいだろうと思われていた。

 だが、その日を境に、度々防火扉が閉まるようになったんだ。

 いつの日か、幽霊の仕業だという噂が立ち、みんなここを通らなくなったんだ。

 そんなとき、当時の六年生の女子三人が、防火扉が閉まるところを見ようと、日曜日に校舎に侵入したんだ。

 彼女たちは、どうも日曜日にも同じ現象が起こっていると言うことをどこかで聞きつけたらしい。


 真夏の日曜日、女子達は教室から今か今かと見ていたようなんだ。

 日も暮れかかった頃、とうとう彼女たちは防火扉が勝手に閉まるのを目の当たりにした。

 そのとき、女子の一人が防火扉の近くで、髪の毛が長い、とにかく小さい女の子を見たという。

 ものすごく足の速い女の子で、ほかの女子は動物かと思ったという。

 女子達はその女の子を追いかけるため、防火扉を開けた。

 すると、女の子はこの女子トイレに入ったらしい。

 そして、一番奥の個室に入って鍵を閉めたんだと。

 女子達は、個室の扉の前で話しかけたけど返事はなし。

 でもノックをすると、ノックが返ってきたという。

 女子達は考えた。

 多分、防火扉を閉めるという悪戯をとがめられると思ったからではないかと。

 『もう悪戯しないなら、誰にも言わないから、出ておいで』

 こう言うと、水が流れる音がして、すっと扉が開いた。

 でも中には誰もいなかったという。


 その後、彼女たちの成績がよくなったとか、病気が治ったとかそんな噂はあるが、本当かどうかはわからない。

               * * *


 先生の話を聞き終え、私たちは特に反応はしませんでした。

 多分男子達はただの都市伝説のように思っているでしょう。

 でも私たちは……


 今でも私は、ちょっと不思議なことがあると、近くのトイレを見るようにしています。

 もしかすると、そこには私の出会えなかった誰かがいるのではないか……と。

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学校できもだめしをしたときのこと 温媹マユ @nurumayu

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