第2話 貴族
クレアは慎重に身を隠しつつ、前進した。一度は撤退して敵だが、自動車を用意しているという時点で本来はかなり大規模な部隊を擁していたのではないかと彼女は思っている。
この時代の自動車はまだ技術的レベルが低く、故障をよくする。万全な状態で動かし続けるとなれば、常に整備の部隊を連れて動くしかない。燃料の為の輜重隊なども抱えるとなれば、旅団以上の部隊の可能性は充分にあった。
「少尉・・・奴等、自動車を使っていましたから、本隊はかなり離れた場所に居るんじゃないでしょうか?」
先頭を進むレオーネが不安そうにクレアに尋ねる。
「可能性はあるわね。ただ、いつ故障するか解らない代物で貴族が退路を断たれるかも知れない危険を冒すとは思えない。多分、騎馬隊ぐらいは追随していたと思うわ」
「では・・・その騎馬隊がこの辺をうろついている可能性は?」
「無いわね。普通に考えれば、やられて逃げる貴族の殿をして、一緒に戻っているはずよ」
「なるほど」
「叩かれたとは言え、こちらの規模を相手は把握したはず・・・必ず、攻め込んで来ているはず。相手の戦力を正確に把握する。そして、村に戻り、部隊を後退させる。後方には充分な後退理由になるわ」
クレアの説明にレオーネが納得した。
「少尉は部隊を守るためにこんな無茶をしているんですね?」
「ふん・・・無駄に戦力を失いたくないだけよ。とにかく急ぎなさい。時間はあまり無いわ」
クレア達は必死に茂みを掻き分けながら敵が退路として使った街道の横を駆け抜けた。それから10分程度、駆けた所で、彼女達は敵の軍勢を発見した。それは一台のトラックが路肩でタイヤを交換しているところだった。
「案の定、故障って事ね」
クレアはニヤリと笑う。
「少尉、戦力の確認が出来ていませんが・・・どうしますか?」
レオーネは不安そうにクレアに尋ねる。
「そうね。この辺ぐらいに敵勢が進出して来ても良さそうなもんだけど」
クレアも自分の予想とは違う結果に少し疑念を感じる。目の前に居る敵が奇襲を担当する部隊であれば、彼等の本隊が前進して居なければ、意味が無い。
「ひょっとすると、本隊はビビって前に出られなかったとか?」
クレアは冗談交じりに呟く。その時、トラックの方から声が上がった。
「何をやっているかぁ!」
それは男の怒号では無く、澄み切ったキレイはソプラノ。若い女性の声に思える。
「女の子?」
クレアは一瞬、眉間に皺を寄せて、じっくりと車列を見た。
「急げ!早くせねば、敵の追手が迫っているかも知れない!」
女の子の声が響き渡る。兵士達は皆、必死に作業をしている。
「事情が掴めないけど・・・少し、遊んであげようかしら」
クレアがそう呟くと、隣に居たレオーネが不安そうする。
「少尉、何をなさるつもりですか?」
「あいつらを脅かすだけよ。射撃準備をしなさい。私が手榴弾をあいつらに投げ込むから同時に射撃。あの状態なら、簡単には応戦が出来ないわ」
相手はトラックの修理に人手を割いている。歩哨に立っている兵士の数は少なかった。クレアは手榴弾を取り出し、安全ピンを抜く。そして、ハンドルを上げるように取り外し、信管を起動させた。それを思いっきり投げる。トラックまでは50メートルぐらい。彼女の投擲能力だと届かないぐらいだが、地面を転がる手榴弾はトラックの手前で爆発した。
爆発で数人の兵士が倒れ込む。他の兵士達も驚いて、一目散に逃げ出す。続けて、レオーネが発砲した。銃弾はトラックの側面に穴を開ける。
「撃て撃て!」
クレアも撃ち始める。銃弾が次々とトラックやその周囲に居た兵士達に当たる。突然の襲撃に敵は驚いたのか、反撃もせずに動かせるトラックに飛び乗り、逃げ出す。
「ば、ばかもん!逃げるな!おい!」
慌てて逃げ出す兵士達を追い掛けるように一人の黒いドレス姿の少女が居た。戦場には似つかわしくないヒラヒラのドレス姿。銀髪を腰まで垂らした少女。年の頃なら15歳ぐらい。とても整った美少女であるとクレアは思った。
「なんだあれ?」
クレアは一人、取り残される少女に唖然とする。
「なんて奴等だ!軍法会議に掛けて、皆、死刑にしてやる!」
少女は怒りを露わにしながらトラックの影に隠れている。
「くそっ、くそっ、平民共め、わらわの手柄を邪魔してばかり・・・これでは叔父上に申し訳が立たぬでは無いか。よーし、追手を壊滅させて、それを手柄にする
しかないな」
少女はそう言うと立ち上がる。
「手柄?面白いわね。どうやって手柄を立てるの?」
突然、女の声が掛けられた。少女はそちらに目をやる。そこには銃口があった。
「お姫様、ダンスパーティーは終わりよ?」
クレアは半笑いで目の前の少女を馬鹿にした。
「お、おのれぇ・・・私の魔法でお前の身体を塵にしてやる」
「私の身体が塵になるか、その可愛い顔面を銃弾が通り抜けるのが先かやってみる?」
カービン銃の銃口が少女の頬に圧し付けられる。
「や、やめぇへぇくだひゃい」
圧倒的不利を悟ったのか。少女は両手を挙げて、涙目になっていた。その間にも銃声が鳴り響く。
「少尉、生きていた奴を殺してきました」
レオーネが当たり前のように報告する。現状において、捕虜を取る事が出来ない。だとすれば、ここで負傷して倒れているだけの兵士でも反撃や生きたまま、相手に渡れば、情報源となる可能性があるので、射殺するのが当たり前の事だった。
「あぁ、ご苦労」
当然ながら、この手の任務はあまり良くは思われていない。レオーネだって、本当はやりたくないだろうが、それが戦争でもある。如何に虐殺行為だと言われようと、後から自分達が不利になるような憂いは残してはいけない。
「その子は・・・貴族ですか?」
レオーネの目は少し、蔑むような感じに少女を見ている。
「そうみたいね。あんた、名前は?」
銃口を頬から離し、クレアが尋ねる。
「い、言わん。私もグリアラフ伯爵家の娘。そんな簡単には言わんぞ」
「グリアラフ伯爵ね」
「なっ!?」
クレアが手帳にグリアラフ家と書くのを見て、少女は顔を真っ赤にして黙る。
「それで、伯爵の娘さんに聞くけど、本隊はどこまで迫っているの?」
逃げ出した奴等が本隊を連れて来る可能性は高い。出来ればすぐにでもここから離れるべきだとクレアは思ったが、目の前に情報源となる貴族が居れば、話は別だった。
「い、言わぬ。あっ!」
少女の両腕を縛り上げるレオーネ。
「な、何をする。平民風情が貴族の身体を勝手に触るな」
その瞬間、レオーネの拳が彼女の脳天に叩き落とされる。あまりの痛さに少女は地面に倒れ込んだ。
「いい加減に、自分の置かれた状況を把握しなさい。このバカ姫様」
レオーネは少女の顔に唾を吐き掛ける。
「とっとと、口を塞げ。魔法を吐かれたら敵わない」
クレアが周囲を伺いながらレオーネに命じる。レオーネもすぐに口を塞ぐための布切れを倒れている兵士の服を使って用立てる。
「嫌じゃ!お前等なぞに捕まらんぞ」
少女は何かを唱えようとした。その瞬間、クレアの右足が彼女の腹に打ち込まれる。その一撃で少女は胃の中身をぶち撒けた。
「汚らしい姫様だ。魔法詠唱を容易く許すと思ってるの?」
レオーネが少女の汚れた口に血の付いた汚らしい布切れを押し込む。
「よし、そいつを抱えて、後退する」
「はい」
レオーネは少女を肩に担ぐ。女の力で40キロの少女を担ぐのはかなり大変だが、銃をクレアが持つ事で、担ぐことが出来た。
「重くない?」
「重いですけど・・・何とか大丈夫です。訓練で人を運ぶのはやりましたから」
レオーネはそのまま歩き出す。その後ろをクレアが周囲を警戒しながら歩く。
彼女達は幸いにも敵と遭遇する事無く、村へと戻って来れた。
「意外ね・・・敵の襲撃が無いわ」
それに驚いているのはむしろクレアだった。本来ならば、ここを攻めて来る敵をいち早く発見して、ここを放棄する為に斥候に出たはずだったのだから。
捕らえた少女を教会の礼拝堂に放り捨てるレオーネ。その荒々しい扱いに少女は痛みを訴えるようにもがく。
「あんまり手荒に扱わない。まだ、子どもよ」
クレアはそれを見かねて、一言を言う。
「貴族ですよ?むしろ、男達の慰め物にされていないだけマシかと」
「残念だけど、私の部隊でそれは許さないわ。相手が貴族だと言えども、女が男に蹂躙されるのを看過できない」
クレアは少し怒気を孕んだような物言いをする。
「少尉の部下で良かったです。私も耐えられません」
レオーネはその雰囲気に気を引き締め直す。
「早速だけど、猿轡を外して」
レオーネは口を塞ぐ布を外した。少女はゼェゼェと息を吐いて吸っている。
「さぁ、尋問の時間よ」
クレアは少女の前に立つ。少女は目を伏せた。
「グリアラフ伯爵家の娘だったわね。グリアラフ伯爵・・・確か、貴族の中でもかなり位の高い家だった気がするわね」
クレアは記憶を辿るように少女に話し掛ける。
「まずは・・・下の名前を聞きましょうか?」
クレアの言葉に少女は無視をする。
「吐かせましょうか?」
レオーネが拳を握りながらクレアに尋ねる。
「吐かせるって、胃の中はもう無いでしょ?」
クレアは笑って言う。
「お嬢ちゃん・・・素直に言いなさい。別に貴族だからって即座に殺そうなんて思っていないわ。私はこう見えても博愛主義者なのよ」
クレアは少女の顔が伺えるようにしゃがみ込んで声を掛ける。それを少女は床に顔を向けて無視する。
「さて・・・色々、疑問を感じているのだけど・・・あなたは何故、こんな前線にあれだけの戦力でやって来たのかしら?とても貴族が率いる軍勢とは思えないわ。特殊な作戦かと思ったけど、指揮していたのが、あなたみたいな子どもだとすると・・・合点がいかないのよね」
クレアの問いに答えるつもりの無い少女。
「少尉・・・無駄な気がしますが?」
レオーネは今にも少女を痛めつけるような雰囲気を醸し出している。
「ふーん・・・じゃあ・・・良い事を教えてあげるわ」
クレアは一本の注射器を取り出した。
「なっ・・・」
まだ、針を細く作る事が出来ないので、かなり太い注射針が装着されている注射器には琥珀色の液体が入っていた。それを見た少女は怯える。
「自白剤ですか?」
レオーネも少し驚きながら尋ねる。自白剤は麻薬の一種だが、まだ、研究途上のようなもので、使われると一発で廃人になると言われていた。
「違うわ。魔法を無くす薬よ」
「魔法を無くす薬?」
レオーネは更に驚いて、目を丸くする。
「そうよ。これが体内に回ると、魔法を発動させる事が出来なくなるわ」
クレアの言葉に一番驚いたのは少女だ。
「ひっ、や、やめろ」
少女は小刻みに体を震わす。
「さぁ・・・どうする?なんなら、魔法を発動してみる?あなたが私達を倒すぐらいの強力な魔法を発動させる前にこいつを打つぐらいは出来るから。良い実験になるわ」
クレアは注射器の針を少女の目に向ける。
「ヤメロやめぇえええええ!」
少女は両足をバタバタと暴れる。
「暴れるなクソガキ」
レオーネが少女の腹を踏んづけて、黙らせる。
「そんな薬が開発されていたなんて、驚きですよ?」
レオーネは感心したようにクレアに言う。
「えぇ・・・私の研究成果って奴よ。それより、何か話す気になったかしら?」
少女はコクコクと首を縦に振って、首肯する。
「打っちゃえば良いじゃないですか?」
レオーネは不思議そうにクレアに問うと彼女は笑いながら答える。
「ふん・・・死なれては困るからね」
その一言で少女は絶望的な表情になり、口がガクガクと震えながら、何かを発し始める。
「わ、わたしの名前はシルビア=グリアラフ。グリアラフ家の7番目の子よ」
それを聞いたレオーネが笑う。
「ずいぶんと素直になったじゃない。さすがに死ぬのは怖いかしら?」
「ば、馬鹿を言わないで、こう見えても伯爵家の娘よ。死が怖いわけ無いじゃない!」
少女はレオーネを睨みながら怒鳴る。
「はん・・・言うね・・・殺してやろうかしら?」
レオーネは手にした銃剣を逆手に持ち替える。
「止しなさい。どうせ、魔法が使えなくなるのを恐れているのよ」
「魔法が使えなくなるのを?」
クレアの説明にレオーネが不思議そうに問い返す。
「そうよ。貴族にとって、魔法は己の地位を確立する大事な要素。それが失われるとなれば、貴族では無くなる。貴族で無い。万が一にでも一族にそのような者が出たとなれば、貴族としての汚点になるわ」
「なるほど、お家が没落するかもねって事ね・・・くだらない」
レオーネは吐き捨てるように言うと銃剣を鞘に戻した。
「まぁ、とりあえず、注射器はこちらに置いておこうかしら・・・この薬は安全性がゼロだから、打たれたら、魔法が使えなくなる前にあなたの精神がおかしくなるわ。まぁ、単純に言えば廃人。しかも永遠と呼べる苦痛を味わい続けるね」
クレアの説明にシルビアは唾を飲み込む。
「廃人じゃ・・・聞きたい事も聞き出せなくなるわな。良かったな。魔法が無くなるだけなら、私がその細い腕にブスブスと針を刺してやったのに」
レオーネがからかうように少女に言う。
「まぁ、だから、素直に話して頂戴。貴族軍の本隊はこの村を攻めて来るのはいつ?」
クレアの問いにシルビアは一瞬、黙る。
「やっぱり打った方が良いかな?」
クレアが注射器を見せる。
「本隊など・・・居ない。私が単独で来ただけ」
「本当の事を言いなさい」
クレアはシルビアの右袖をグイッと上げて、白い腕を晒す。
「ほ、本当よ!私が連れていた私兵以外に貴族軍は居ない」
「私兵・・・本当かしら?」
シルビアの言葉にクレアは少し考え込む。
「我々は油断させようとする嘘ですよ。貴族を連れた部隊があれだけって事はあり得ません」
レオーネの言う通りだった。例え、それが貴族の中でも階級が低い者であっても、たった一個小隊かそこらの軍勢で戦場には出てこない。
「疑いたくなるわね」
「疑うなら疑え。それが真実だから、それ以上は何も言えない」
シルビアはそう言うと覚悟を決めたように目を瞑った。
クレアはレオーネと顔を見合わせる。
「猿轡をしておけ。休憩する」
シルビアに再び猿轡がされ、二人はその部屋から出た。
「しかし、魔法が使えなくなる薬なんてスゴイですね」
レオーネは再び、驚きながらクレアに尋ねる。
「バカね。そんな都合の良い薬なんて無いわよ。あれはただの栄養剤。ここには自白剤も麻薬も無いわよ。せいぜい、軽い麻酔があるぐらい」
クレアがそう告げると、レオーネは目を点にして呆気に取られる。
「さて、問題はあの子が言っている事が本当かどうかよ」
「嘘だと思います。我々はすぐにでもここから撤退する方がよろしいかと」
「命令違反で処罰されるわよ。撤退するには情報が余りにも少な過ぎる」
クレアは考え込む。
「もう一度、斥候をして、探りましょうか?」
レオーネは真剣な眼差しで尋ねる。
「それも手だけど・・・敵が迫っているとなれば、斥候もかなり危険になるわ」
「だけど、敵が目前に迫ってからでは・・・」
「だが、あの子の言う事は、少し気になるわ」
「貴族の娘が本音を言っていると?」
「可能性はあるわ。理由は不明だけど、あの子が単独で私兵を連れて、攻撃をしてきたとすれば、敵の侵攻の予兆が無いのも頷ける」
その言葉にレオーネは黙る。一介の兵士でもそれがどれだけ無謀な事かは解るからだ。
「もう一度、尋ねてみても良いかも知れない」
クレアは再び、シルビアを閉じ込めた部屋に向かう。
木製の扉を開き、中へ入るとシルビアがぐったりとしているのが目に入る。
「寝ているのかしら?」
レオーネがつまらなそうに言うと、クレアが駆け出した。
「レオーネ、すぐに救急箱を持って来なさい!」
クレアに怒鳴られて、レオーネは慌てて、部屋から飛び出した。クレアはすぐにシルビアの傍に駆け寄る彼女の猿轡は真っ赤に染まり、血がポタポタと床板を濡らしている。
「舌を噛み切ったか。くそ。しっかりと口の中に詰め物をさせるべきだったか」
猿轡を外すと、口の中から血が大量に流れ出す。
「舌が完全に切れているか。まずいな」
堅く閉じた口を強引に開かせようとするが、それは容易じゃなかった。か細い少女であっても口を閉めるという動きは相当の力である。上下の歯の隙間が空いたところに指を突っ込み、噛まれる事を覚悟で、必死に開く。開くと血が更に流れ出すが、そこに服の切れ端を詰め込んだ。
「失血死・・・いや、まだ、ショック状態が出ていない。何とか止血すれば」
クレアは医術を目指した者としての知識を総動員している。何としてでも目の前の少女を助ける。その一心でだった。
「少尉、救急箱であります」
レオーネが救急箱を持って来た。
「傷口を縫合する。麻酔を出せ」
「は、はい」
口から多量の血を流す少女を見て、レオーネも顔面蒼白だった。さっきまでの勢いなど、微塵も無い。
治療開始から1時間程度が経った。
少女は麻酔のせいで静かに眠っている。ただ、クレアは常に彼女の脈拍などを確認している。出血の量から言って、予断は許されない状況だった。
「助かりますかね?」
レオーネが心配そうに尋ねる。
「脈拍が弱いわ。輸血が出来ないのが痛いわね」
救急箱の中にはろくな薬品も道具も無かった。舌の半分を切断していたので、切れた先端部分を捨て、切断面を縫い合わせるだけだったが、かなり困難な手術であった。それでも彼女は必死になって、レオーネに口を開かせながら、手術をしたのだが、正直、助かるかどうかは微妙だった。
クレアは指揮官である為に、ここにいつまでも付きっ切りでは居られない。不安は残るが、レオーネに後を任せて、本来の仕事に戻った。教会の中に設置した本部には報告書やらが積まれている。
「ふん・・・書類仕事だけなら命は取られないか」
クレアはつまらなそうに見飽きた報告書などに目を通す。
「備蓄品の残量など、応援が到着したら、撤収するんだ。今更、調べても意味が無いだろうに・・・」
愚痴を零しながら、書類を見ていると、歩哨の記録があった。
「全てに異常無しか・・・攻めて来るなら、救出も含めて、今がチャンスだと思うがな・・・本当にあの子だけの部隊だったのだろうか?」
クレアはそれが気になった。
「ジャナム上等兵!」
古参兵を呼ぶ。彼は本部付になっていたので、近くに居た。慌てて、駆け込んで来る。
「はい。何でありますか?」
敬礼をした彼を見上げて、クレアは地図を見せる。
「ちょっと、そこまで偵察に行って来てくれ」
「偵察でありますか?」
「あぁ、捕まえた貴族の娘の部隊が多分、この辺ぐらいに潜んでいると思う。探って来てくれ」
クレアは簡単に言うが、ジャナムは少し怯えた感じに身構えている。
「危険なのでは?」
「戦争に危険が無い任務があるとは思えないが?」
クレアは冗談っぽく返す。
「いえ・・・敵の大軍が迫っている可能性が・・・」
「迫っていたら、すでに包囲されているか。攻め込まれている。どうも様子がおかしい。多分、貴族の娘の部隊だけしか居ないとなれば、奴等も娘を失ったまま、帰る事は出来ないはずだから、多分、この辺ぐらいでこちらの様子を窺っているはずだ。行って来て欲しい」
「解りました。5人程、お借りします」
「私は二人で行ったぞ?」
「無茶は止めてください。さすがに怖くて、近付けませんよ」
ジャナムは泣きそうな顔をした。
「解った。連れて行け。失くすなよ」
「はい」
ジャナムはすぐに部屋から出ていく。それからクレアは再び、シルビアを監禁している部屋へと向かった。
「入るぞ」
「はい」
レオーネは熱心に看病をしていた。
「具合は?」
「熱が酷いです」
「問題無い。呼吸が荒いだけだな。特に異常は見られない」
クレアはシルビアの身体を調べて、そう結論付けた。
「さて、輸血も無い状態でこの峠を越えられるかどうかは彼女の体力次第だな」
「解りました。私が徹夜で看ます。少尉はお休みください」
レオーネは真剣な眼差しで答える。
「ほお・・・散々、痛めつけるつもりだったのに、同情してるのか?」
クレアはレオーネをからかう。
「いえ・・・まぁ、苦しんでいる姿を見て・・・」
レオーネも少しもどかしい感じになる。
「まぁ、良い。私も早めに起きて、交代に来るから、危なかったらお越し来て」
クレアはそう言い残すと自室に戻った。
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