第9話 広大な大地
クレアの部隊は草原に伸びる道路をひたすらに走った。
「どこまでも続く草原だな」
クレア達が派兵された戦場は大きな平野であった。大きな川が幾筋も流れ、大きな街が幾つか点在する。更に村々が彼方此方に点在し、田園風景がどこまでも広がる。そんな地形だった。
「その為にまともに防衛線が築けません。ここでの戦いは街や村を獲り合う感じになっておりまして・・・我々がある街へと侵攻すれば、敵がそれを包囲しようとする。それを防ぎ切れば街の占領は出来ますが、後方へと敵が入り込むようだと包囲殲滅を恐れて、街を放棄して後退するしかない。それを繰り返す感じですね」
助手席の曹長が詳しく説明をしてくれた。
「そうか。本来なら騎兵の独壇場だと思うが・・・我々は騎兵よりも航続距離は長く、火力も大きい。敵騎兵部隊を駆逐する事で戦場を圧倒するという考えか」
遊撃部隊とされているのはこの広大な戦場を走り回り、敵を各個撃破する事が望まれているからだ。
この平野は元々、幾つかの貴族領が存在していた。かつてはこの肥沃な平野の支配を巡り、貴族同士が幾度も争った事もあったそうだ。その名残のように城が点在する。だが、その多くは大きく破壊され、残骸を晒すだけだった。
「遮蔽物が無いって事は銃にとっては有用だけど・・・貴族の魔法によってはこちらが不利になる事もあるわね」
クレアは冷静に平野を見ていた。
数時間、車列は道路を走り続けると、破壊された村が現れた。
「酷いな。家に火を掛けらえた感じだが?」
クレア達は車列を止めて、村の調査を行った。
殆どの家は倒壊し、燃えた跡があった。
「死体がありますが、かなり前に殺された感じですね」
放置された死体は腐敗していた。
「死後・・・三日か四日ぐらいだな。ここが侵略されたという情報は?」
クレアは曹長に尋ねる。
「申し訳ありません。ここは我が軍の支配地域であるはずですが」
「だとすれば・・・敵が後方へと侵入して、破壊活動をしたって事か?」
「可能性はあります。とにかくここは全てを把握する事が出来ないぐらいに防衛線が伸びています。その穴に敵は入り込み、仕掛けてきます」
クレアは村の惨状を見ながら、曹長の言葉を深く考える。
「一度、入り込んだ敵は、多分、後方でこのような破壊活動をしながら、前線を混乱させようとしているに違いない。我々はこの村を襲撃した連中を追う」
クレアは曹長に地図を持って来させる。
「多分、敵が入り込んだのはこの辺りだろう」
クレアは地図を眺め、敵の拠点から移動ルートを推測する。
「確かに・・・どうしてもこの街道沿いは我が軍の補給が難しく、部隊配置もパトロールも疎かになりがちですから」
曹長もクレアの意見に同意した。
「そんな場所ばかりだが・・・問題はここを襲った連中がすでに引き返したか・・・それとも破壊工作を継続しているかだ」
「あまり敵地に長いすると包囲される可能性があるので、すぐに引き返すのでは?」
「その可能性は否定しない。だが、小さな村を壊滅させたぐらいでは正直、後方を混乱させるには至らない。もっと多くの村を破壊するか。後方部隊を襲撃するかだ」
「後方部隊ですか。相手は少数でしかも武器の携行が難しい騎馬となれば、襲撃が可能な部隊は輸送部隊ぐらいしかありませんが」
「その通りだ。街道を進む輸送部隊を襲撃するのは当然だと思わないかね?」
クレアはニヤリと笑いながら曹長を見る。
「だとすれば、このルクタール街道が現在、主たる補給路となっていますが、ここが襲撃されると?」
「当然だ。無論、軍は街道の守備も行っていると思うが・・・長く伸びている街道の全てを守っているわけじゃないだろう?」
「なるほど・・・では、行き先を街道へと向けますか?」
「あぁ」
クレア一行は村から離れ、平野を突っ切るように設けられた街道へと向かう。
ルクタール街道はこの平野において最も主たる街道である。平和な時はここを行商人が行き交い、賑やかであった。
現在は革命軍がその殆どを制圧しており、軍の補給路として、後方からの物資を輸送するのに用いていた。
馬車が連なり、多くの兵士が馬車の横を歩いていた。
街道自体は前線から20キロ以上も奥にある為に、ここで襲撃される可能性は少なかった。そのせいか、随行する将兵達の表情にもどこか緩みがあった。
「少尉・・・兵士達の士気が緩んでいますが」
第117輜重大隊第1重馬車隊の警護中隊の参謀は中隊長である若い少尉にそう告げる。
「まぁ・・・こんな奥地に貴族がノコノコと入って来る事も無いだろうし、襲って来るにしても少数の部隊だろう。多少、士気が緩んでいたとしても問題は無い。この長い道中を気を張っており続けろと言うのも酷だろう」
中隊長は笑いながらそう答える。
輸送任務は最も安全な後方から長い時間を掛けて、物資を運ぶ。それ故にそれに随伴する将兵達にこのような緩みが生じる事がよくある。
だが、それこそ、狡猾な敵にとっては最も都合の良い事であった。
実は最も警戒されているようで、どこかこんな時間に襲ってくる敵など居ないだろうと油断している時間。昼下がりの午後。
随行する歩兵たちも欠伸をする頃合い。
燃え盛る炎の弾が二頭立ての馬車を直撃する。一瞬にして馬車は燃え上がり、積載していた弾薬か爆薬に引火する。
爆発が起きた。
激しい爆風に周囲の兵士や馬車も吹き飛ばされ、突然の轟音に驚いた馬車馬が暴れ出す。暴れる馬や馬車に兵士達が撥ねられる。そんな中に銃声が鳴り響き、銃弾が彼らを貫く。
襲撃であった。
輸送部隊の数は馬車が50台。兵員は100名。随行する歩兵中隊は150名。
初撃で損害を受けたとしても容易く壊滅する数では無い。
警護中隊長が反撃の命令を指示する。
随行する歩兵達は手にした歩兵銃のボルトを操作しながら、馬車の影や近くの茂みに伏せる。
再び、火球が馬車を襲った。今度は火薬類じゃなかったようで、派手に燃え上がる程度で済んだ。
「馬を馬車から放せ!とにかく逃がすんだ!」
輜重隊の指揮官が叫ぶ。馬が暴れ出すと将兵に被害が及ぶ為、戦闘時は放って、戦闘後に回収するのが決まりだった。
敵は3時の方角から相当に距離を取っての戦闘だった。見通しの良い平野では相手の接近が用意に気付きやすいため、戦闘はかなりの距離での銃撃戦が主流であった。その為に、ここでの戦いは貴族にとって、不利だとも言われた。貴族の魔法の多くは作用する範囲がかなり短いとされる。どれだけ強力な魔法でもその射程に入らなければ、意味が無い。故にこの平野に入り込んで来る貴族はいないと考えられていた。
「貴族だ!魔法だ!」
兵士が驚きのあまり、叫ぶ。
「ビビるな。大砲だと思えば怖くない!」
下士官がそんな彼に怒鳴る。
激しい銃撃戦と時折、放り込まれる火球による攻撃が輜重隊の将兵を倒していく。突然の戦闘で統率を失くした革命軍側は圧倒的に不利に陥った。
「伯爵様・・・流石に相手を制圧するには戦略不足ですが」
貴族側の騎馬隊の副官が指揮官であるグローバル伯爵に尋ねる。
「そうだな。相手を制圧する事が任務じゃない。敵の補給物資にもある程度損害を与えた。一旦、退いて、別の目標を狙おうか」
連続して高位魔法を発動した伯爵は肩で息をする程に疲労感を感じている。彼は颯爽と馬に跨った。他の兵士達も馬に跨る。こちらの損害は皆無であった。長距離射撃を意識した長銃身の歩兵銃によって、革命軍よりも長距離からの射撃を可能にしているからだ。そして、伯爵が用いる魔法も彼独自のアイデアから生み出された長距離且つ、大威力の火球の魔法であった。
「ふふふ。特別に作らせた長射程用歩兵銃もなかなか役に立っているな。この戦術ならば、この平和を私が蹂躙するのも時間の問題だな」
伯爵は大笑いをしながら馬を走らせる。
ズガッ
突然、背後から何かが潰れる音がした。
ドオォオオオン!
遠くから銃声が聞こえた。伯爵は慌てて、背後を見た。そこに居るはずの副官の姿が無かった。
「ふ、副官が・・・ふ、吹っ飛びました!」
副官の背後を進んでいた兵士が怯えた表情で指差す。数メートル先まで馬ごと、吹き飛ばされたであろう副官の腹と馬の首が消えて無くなっていた。
「な、何事だぁあああ!」
その時、更に列を成す兵士の1人が吹き飛んだ。その身体は一瞬にして破裂した。その直後、銃声が遠方より轟く。
「て、敵か?」
伯爵は慌てた。銃声の響き渡る方へと視線を向ける。そこには遥か遠くに居るだろう人影や馬車らしき物体の影しか見えなかった。
「て、敵なのか?」
「解りません。遠すぎます。すぐに望遠鏡を」
兵士の1人が短くしておいた望遠鏡を伸ばす。だが、その間にも砲弾が兵士達の列を襲う。今度は誰も当たらなかったが、それでも凄まじい威力だと感じさせるほどだった。殆どの兵士が恐怖で馬から飛び降り、地面に伏せる。
「大砲か?しかし、こんな長距離まで撃てる砲があるのか?」
距離からして、1キロ近くある。彼らの想像するキヤノン砲では届くか届かないかくらい。革命軍もまだ、強力な野砲を開発するに至ってはいなかった。
「25ミリ機関砲・・・連射速度こそ、機関銃とは言い難いけど・・・威力と射程距離は半端が無いわね」
クレアはトラックの牽引から外され、地面に脚を固定した機関砲の砲撃を見ていた。その発する銃声はとても大きく、耳栓無しに聞けば、銃声に慣れた者達でも鼓膜が破れそうだった。
「奴ら、全員、地面に伏せたようです。これじゃ、当たりませんが、どうしhますか?」
「我々は遊撃隊だ。討伐するに決まっている。装甲車を全て、出すぞ。一気に接近して駆逐する。機関砲は支援しろ。相手が逃げ出したら、その背中を撃ってやれ」
「了解」
クレアはそう言って、車に乗り込む。
「私が上の機銃座に上った方が良いのか?」
クレアは戦闘時の事を特に決めて無かったと思った。
「中尉、私が上ります」
すぐにレオーネが自動車の屋根に設置した機関銃にしがみつく。走行中の車は想像以上に揺れる。それに身体が揺さぶられるのを防ぐだけでも精一杯だった。
「しかし、狙いがこうも当たるとは・・・」
クレアは舌なめずりをする。この広大な平野でどこで敵が動いているかを当てるのは至難の業だ。しかし、クレアはもっとも襲撃がし易い場所を選び出し、そこに向かった。それは殆んど、賭けみたいなもんだった。
「隊長の勘の良さは流石です。部下になれて鼻が高いですよ」
助手席の曹長が笑いながら言う。
「ならば、それを結果で見して頂戴。敵を蹂躙するわよ」
5台の装甲車が草原を一気に駆け抜けた。
「て、敵だ!奴ら、自動車で一気に攻めて来るぞ!」
貴族側の兵士が迫り来る自動車を発見した。
「何をくそぉ!俺の魔法で燃やし尽くしやる!援護しろぉおおお!」
グローバル伯爵が怒りに燃えながら手にした球に力を込める。彼の魔法は燃焼性を高めたこの球に火炎の魔法を掛けて、更に風の魔法で飛ばす事で長距離を可能にしている。
兵士達は手にした長銃身の歩兵銃を構える。彼らの歩兵銃には弾倉が無い。長射程にするために特別に作った大口径ライフル弾をしっかりと閉鎖する為にはそこまで手が回らなかったからだ。
ボルトを引いて、薬室に直接、弾丸を放り込む。ボルトを押し込む。だが、彼らが狙いを定める前に装甲車の上の銃座が唸る。
機銃弾が次々と兵士達に襲い掛かる。そして自動車は物凄い勢いで迫ってきた。
「伯爵!お逃げください!」
次々と倒れる兵士達。ある兵士が発砲をしたが、その銃弾は装甲車の鉄板を貫く事は出来なかった。
「死ねぇええええ!」
貴族は呪文詠唱を終えて、弾に火を点けた。その時、彼の身体を一台の装甲車が軽々と撥ね飛ばした。
「あっ・・・やべ」
運転手は相手に気付かなかったようだ。防御の為に視界が大きく遮られているかだ。
「貴族みたいなのを轢いたぞ?」
銃座のレオーネがそう告げる。
「貴族だと?」
装甲車と言えども、元は普通の車である。人を撥ねたとなると足回りなどが壊れた可能性もある。その為に停車した。その扉が開かれ、一人の女が拳銃を手に降りて来た。
「中尉、あぶないです?」
慌てて、助手席から降りた曹長は歩兵銃を構える。
「ほぉ・・・確かに貴族だ」
そこに転がっている男をクレアは見下ろした。
派手に撥ね飛ばされたらしく、腕や足が変な方向に曲がっている。そひて苦悶の表情で男はクレアを見上げる。
「これなら・・・魔法は使えないか?」
クレアは見下ろしながら告げる。
「隊長、危険です。殺すべきです」
曹長は今にも銃を撃ちそうだった。
「そうだな。だが、口を塞ぎ、手足を奪えば・・・魔法を使う可能性はかなり少なくなるが・・・」
クレアは折れ曲がった右腕を踏みつける。それが激痛だったのか、男は悲鳴を上げた。
「中尉も結構・・・」
「結構なんだ?」
曹長の言葉にクレアは彼を睨みつける。
「す、すいません」
その迫力に曹長は震える。
「身なりからすると・・・なかなか高位の貴族か・・・」
クレアは男を踏みつけながら、観察する。
「こんな戦場に出て来るんですよ?男爵ぐらいじゃ?」
曹長の言う通り、貴族でも前線に出て来るのは下級が多い。
「違うわ。伯爵クラスよ。ねぇ?」
クレアの問い掛けに男は黙り込む。
「まずは手足を奪う」
クレアは彼の腕と足に銃弾を撃ち込んだ。
「隊長、敵を全て駆逐しました。捕虜が13名です」
装甲車がクレアの装甲車を囲むように停車する。
「そう・・・捕虜は輜重隊に引き渡せ。足手纏いだ」
クレアは部下にそう告げる。
「中尉・・・そいつは?」
「高位の貴族の捕虜は珍しいわ。手足は撃ち抜いた。口に詰め物をして、猿轡。直接、この戦区の司令部に連れて行く」
「了解です」
曹長は手荒く、伯爵の口に汚れた雑巾を詰め込んで、猿轡を噛ませた。彼は酷く苦しそうにしていたが、曹長はそんなことを一切、気にしなかった。
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