第11話 暴走
煙の中から現れたのは何かの仮装かと思うような異形の姿だった。頭に巨大な角を生やし、身体は赤い鱗に包まれた男。
「何だ・・・あれは?」
クレアは不思議そうにそれを観察した。場所としては伯爵が居た場所。背丈などからしても伯爵の可能性が高い。
「ふむ・・・どうなっている?魔法を発動させないようにしたはずだが」
クレアが眺めていると突然、現れた異形は雄叫びを上げた。かなり危険な感じだ。腰にぶら下げた魔力計が跳ね上がる。
「魔法だ。かなり強力な魔法が発動されるぞ。撤退!撤退!奴ら、停戦破りだ」
将校が叫ぶ。兵士達が慌てて、後方に駆け出す。
「ここはまずいか。興味深いのだが・・・」
クレアがその場から逃げ出そうとした時、閃光が起きた。次の瞬間、爆音が響き渡る。クレアはその光景に驚いた。
異形は口から閃光を吐き、周囲に居た貴族軍の将兵を片っ端から殺したのだ。閃光は一瞬にして人を燃やし、火器などが爆発した。
「おいおい。本当に悪魔になったのか?」
とてもそれは魔法という感じでは無かった。伝説の悪魔がそこに居る感じであった。クレアはその光景を目に焼き付けながら、その場から駆け出した。
何とか逃げ延びたクレアは自らの部隊の指揮車へと飛び込む。
「小隊長、何かありましたか?」
その様子に驚いたのは、レオーネだった。
「あぁ、引き渡した捕虜が暴れ出してな」
異形になったことは、敢えて伏せた。
『貴族が?』
シエラが心配そうに尋ねる。
「そうだ…な」
クレアはその顔を見て、複雑な気持ちになる。
捕虜引渡地点での戦闘は丸一日、続いたそうだ。貴族軍は相当の損害を出したようだが、詳細は不明。これを受けて、貴族軍は今後、一切の捕虜引渡の交渉は受けないと正式な文章で革命軍本部に寄こしたそうだ。
クレアは解っている。原因は魔力を無効化する為に開発した薬である事を。
理屈では貴族が有する魔導因子を抑制するはずだった。
まぁ、それはクレアの机上での理論であり、それを試す方法は貴族の身体を使う以外に無い。その為、今回、初めての投与だったわけだが・・・考えは見事に外れた。
クレアは冷静に失敗を分析する。魔導因子を抑制するだろうと考えられた成分は多分、魔導因子に強い刺激を与えたのだろう。それは抑制では無く、むしろ変質を産んだのでは無いか。それが魔力の暴走を産んだ。多分、変質した魔導因子が制御不能な状態になったに違いない。
だが、それが人間の形まで変える。それは遺伝子レベルで魔導因子が影響を及ぼしたと言える。あれが悪魔だと言えるのかも知れない。だが、遺伝子レベルで変容すれば、肉体は保てない。
「貴族軍があの悪魔を抑えたわけじゃない。勝手に自滅したか」
クレアはそう判断した。
悪魔化と称した事象。そして悪魔化した貴族は約一日で自壊する。
今回得られた成果は大きい。しかしながら、悪魔化した貴族の圧倒的な力は脅威だった。もし、貴族側もこれに気付けば・・・革命軍にとって、大きな脅威になる事は間違いが無かった。
「かつて・・・伝記などに記された悪魔・・・実在するとはな」
クレアは疲れたようにペンを止めた。
翌日、クレア宛てに伝令がやって来た。
「やはり・・・来たか」
伝令が持ってきた命令書に目を通したクレアは嫌そうに呟く。それは今回の件についての諮問であった。
「部隊は一旦、後方へと後退させろ。静養と補給だ。その間に私は本営へと報告に向かう」
クレアは曹長にそう告げて、たった一人で後方へと向かう事にした。
「少尉、後方へは馬を使われますか?」
「余分な馬でもあるのか?」
「いえ・・・」
元々、装備に限りはある。馬も行軍中に倒れたりして、常に数は足りない状況だ。
「じゃあ・・・後方へと向かう輸送部隊に連れて行って貰うだけだが」
「そんな都合良くいませんよ。それで、提案ですが・・・」
曹長はそう告げるとクレアを連れて、天幕の外へと出た。
「この間、放棄されていた自動二輪車を回収しまして、修理をしたのですが」
そこにはボロボロの自動二輪車があった。
「ダスティー社の300ワンか」
クレアはそれを見て、モデル名を告げる。
「少尉・・・自動二輪車も詳しいのですか?」
曹長は少し驚く。
「いや・・・左程でも・・・だが、相当前に発売された代物だな」
「当時は高級車ですよ。貴族のバカが乗り回していて、羨ましかったです」
「確か・・・垂直2気筒で300ccか。馬力は75馬力だったな」
「えぇ、今でも凄い性能ですよ」
「それで・・・動くのか?」
「どこかの部隊が使って、被弾して放棄されたようですけど、何とか」
「なるほど・・・それでこれを私に使えと」
「徒歩で100キロ以上、歩くよりマシでしょ」
クレアは自動二輪車に跨る。
「ボロボロだけど・・・動きそうね」
クレアはキーを回し、スターターを蹴る。
二回、三回と蹴ると、エンジンが動き出した。
ボロボロと唸るエンジン音と吐き出す白煙。
「ガスは満タンです」
「解った。ありがたく使わせて貰うわ」
クレアはそれから支度を済ませて、再び自動二輪車に乗る。
頼りないエンジン音を鳴らしながら彼女はたった一人で後方へと向かった。
『クレアは何処へ』
残されたシエラは心配そうにレオーネに尋ねる。
「後方に向かいました。我々もこれから後方へと移動します。多分、三日程度で合流が出来るでしょう」
レオーネは事前にクレアから伝えられていた内容をシエラに伝える。
『そうですか。ただ、一つ、不安な事が』
そのメモにレオーネは不思議に思った。
「不安とは?」
『クレアの身に何か危険が起きる気がします』
「なにか根拠でも?」
『魔導の一つで予見でそう見ました』
「予見・・・それは必ず当たるのですか?」
『いえ。まぁまぁ当たる占い程度です』
「占い程度ですか・・・まぁ、前線には違いが無いので、一人での移動は危険には違いありませんが・・・あの少尉ですから」
『確かに』
レオーネの言葉にシエラが笑った。
そんな事が噂されているは知らないクレアは街道をひたすらに走っていた。
未舗装の道路は轍が幾筋も彫られ、自動二輪車のタイヤでは走り辛い。
「周囲はどこまでも草原。敵の侵入を妨げる物は無い。だから、激戦区になるんだけど・・・」
クレアは周囲を眺めながら、自動二輪車のスロットルを開く。
激しい振動を感じながら、走っていると、銃声が聞こえた。
「近いな・・・まさか・・・」
その時、クレアの周囲を通り過ぎる銃弾を感じた。
「こんな場所で・・・」
クレアは更にスロットルを開く。ここで停まれば、危険だった。今、やれることはただ、逃げる。それだけである。
馬の蹄が聞こえる。
未舗装の場所では馬の方が速い場合がある。
「くそっ」
クレアは腰のホルスターからリボルバー拳銃を抜く。
軍用バイクはスロットルが戻らないように作ってあるので手放しも可能だが、これだけ荒れた路面では少しでもハンドルから手を放せばすぐに転倒をしてしまう。片手運転でもかなり危険だった。
「当たれ!」
ズドンと放った銃弾は偶然にも追いかけてくる敵兵の馬の首を撃ち抜く。その瞬間、馬は崩れ落ち、敵兵は叢へと放り出された。それを見た後続の馬達は速度を緩めてしまう。
「よっし!」
クレアは一気に引き離すべく、拳銃をホルスターに戻すのも面倒になり、放り捨てながらハンドルを握り、加速した。
走り続けたクレアの自動二輪車は白煙を上げ、カンカンと嫌な金属音を出し始めていた。機械にそれ程、詳しくは無いクレアではあったが、さすがにこれは異常だと思い、街道の脇に生えた大木の下で自動二輪車を止める。その途端、発動機は軽い爆発を起こしてから、止まった。
「まさか・・・完全に壊れたとか?」
クレアは嫌な感じがして、再度、発動機を動かそうとするが、何度、スターターをキックしても発動機はまったく動く様子が無かった。
「あと50キロぐらいか。途中に村が一つあるわね」
地図を手にクレアは歩き始めた。
クレアを仕留め損ねた貴族軍の長距離偵察部隊はベースキャンプへと戻っていた。
「バイク兵をやり損ねたか・・・この辺一帯が索敵される可能性があるな」
貴族軍第111偵察大隊の大隊長、サヴ男爵。
貴族の末席に身を置く男である。
「確実ではありませんが・・・女で・・・士官だったと思います」
「女で士官だと?・・・そいつは革命側の有名人じゃないか?」
サヴは名前はよく知らないが、何人も貴族を殺しているという噂の女性士官の事を思い出した。
「それは・・・どうか」
「たった一人で移動しているのは気になるが・・・無理をしてでも確かめる必要はありそうだな。その女の行方を確認する」
「了解」
大柄なサヴ男爵はマントを翻し、馬へと跨った。
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