Gun & Magic

三八式物書機

第1話 戦闘準備

 とある小さな村。まだ、中世の頃の生活が残り、電気も電話も無いような田舎の村。その中央には小さな広場があり、その広場の横には小さな教会が建っている。グレイズ教と呼ばれるこの世界では一般的に広まっている宗教だ。だが、人々はこの宗教を好んでは居ない。何故なら、神として崇められているのはかつて、人々が悪魔として忌み嫌っていたグレイズと呼ばれる者だからだ。

 この世界には魔法がある。それは火を操り、風を起こし、雨を降らせる。人知を超えた力を発揮して、人々を圧倒する。だが、それを操れる者は数少ない。遺伝的な要素が大きく、力を持つ者は極限られた者だけであった。彼等はこの世界を牛耳る貴族として、人々に君臨し、魔法によって、人々を支配した。

 数千年の年月の間、人々は家畜のように扱われ、ただ、貴族達を満足させるためだけに生きる事を余儀なくされた。だが、その中でも人々は着実に文化、文明を発達させ、科学を手に入れていた。そして、ついに革命の時が来た。


 「少尉!魔力計がビンビンに反応してますぜ!」

 教会の鐘楼の下から髭面の軍曹が叫ぶ。

 「あぁ、解っている!小隊全部をかき集めろ」

 鐘楼の上から女の声が響き渡る。それを聞いた髭面の軍曹はやれやれと言った感じに教会から出ていく。広場には大小のテントが建てられている。

 「おい!全員、集まれ!早くしないと魔法で火達磨だぞ?」

 髭面の軍曹が怒鳴るとテントや彼方此方から銃を担いだ兵士達が姿を現す。

 「1分隊、集まりました」「2分隊、集まりました」「3分隊、集まりました」

 分隊長が軍曹に向けて、報告をする。

 「よし・・・」

 髭面の軍曹が確認を終えると、そこに教会から出て来た一人の若い女性。ブロンドの髪を一本に纏めて、背中に垂らしている。野暮ったい眼鏡を掛けて、理知的な感じの女性だった。

 「軍曹、全員、集まったな」

 彼女が髭面の軍曹に尋ねると、彼は額に右手を押し当てる敬礼をして答える。それに合わせて、兵士達も彼女に向かって敬礼をした。

 「問題ありません」

 「よし、解っていると思うが、魔力計が反応している。この近辺で魔法を使おうとするアホが居るみたいだ」

 魔法を使う者を愚弄する独特の言い回しに兵士達はニヤニヤと笑う。

 「そんなアホだが・・・残念な事に我々は一個小隊しか居ない。正直に言えば、かなり厳しい戦いになるだろう」

 女の顔が険しくなる。その瞬間、空気が緊張感に包まれる。

 「相手の位置は不明。サーチ&デストロイとなるだろうが、貴族一人がノコノコと前線までやって来るとは考え難い。多分、一個中隊規模は連れているだろう。正直な話、ここは撤退するのが最善ではあるが・・・上層部の屑はここを敵警戒の要衝として、死守を命じている。くだらない話だが、それは事実で、我々がここから撤退すれば、革命軍の脆弱な前線の横っ腹を敵に食い付かれる事になる。故に我々は退けない。すでに伝令を後方に送っているが、今から馬を走らせたところで、味方が到着する頃には、この村ごと消えているのは間違いが無い。だから・・・ここは討って出る。総員、戦闘準備をしろ。相手が何人だろうと、所詮はクソ野郎と腰抜けだ。最初にガツンと叩いてやれば、ヘロヘロになって、逃げ出すはずだ。良いな!」

 女の言葉に兵士達が勢い付く。彼女には不思議とそんな力があった。そのせいか、彼女は僅か5年の間に幾つかの武勲を挙げている。

 「少尉、それで・・・どうしますか?」

 髭面の軍曹が女に尋ねる。

 「1分隊と2分隊は村の東側。小隊本部と3分隊は北側を探索する。見つけ次第、信号弾を撃て。同時に攻撃を開始する」

 「万が一、南側まで進出されていたら?」

 髭面の軍曹は不安そうに尋ねる。それを見て、女はニヤリと笑う。

 「1分隊と2分隊の総力を持って突撃。安心しろ。お前たちの屍を乗り越えて、我々も後を行く」

 「俺らを踏み台ですか・・・相変わらず怖いお方だ」

 「死にたくなければ、祈れ。女神フィオーネをな」

 部隊は指示された通りに動き出す。髭面の軍曹が指揮する1分隊と2分隊は村の東側へ、女が指揮する小隊本部と3分隊は村の北へと移動を開始する。

 彼等の手には少し旧式化したボルトアクション式の歩兵小銃と軽機関銃が握られている。少尉には連射が可能な突撃銃。髭面の軍曹には短機関銃が握られている。この30年でこの手の武器は飛躍的に進化した。原因は貴族間での戦争だった。幾ら貴族が魔法を使えると言っても、所詮は少数。領土の取り合いとなれば、自らが統治する領民を兵士として、送り込まねばならない。そうであれば、強力な武器を有している方が勝つに決まっている。故に貴族達は競って、平民達に武器を作らせ、配備させた。それが、平民の革命へと繋がった。

 貴族の支配力が弱い辺境の地、シュバルツェアから始まった独立運動は瞬く間に広がり、各地から貴族の圧政に反旗を翻す平民が集まり、一大勢力となっていく。だが、貴族達はそれほど、大事とは捉えていなかった。これまでも歴史上、幾度も平民の反乱は起きたが、貴族が本気になれば、すぐに鎮圧が出来たからである。だが、これまでの反乱と違い、高性能な銃が生まれ、無線機などが生まれた現代においては、魔法の力を遥かに凌ぐ科学がそこにはあった。

 僅か3カ月で貴族が支配をしている3つの領土が平民の支配下に置かれ、その中には兵器の生産に必要な鉄鉱石などの鉱物資源を多く含んだ鉱山地帯や工業地帯まで含まれている。平民達の次の目的地は車などを動かすために必要な原油、製油工場の確保だった。その為、彼等は貴族達の中枢都市へは進軍せず、辺境地区の攻防を続けていた。これが戦略的に功を奏した。

 貴族達は反乱を中枢地区で迎撃すべく、辺境地区の兵力を全てそちらに集めてしまったからだ。故に彼等が進軍する辺境地区には警備のための士気の低い平民部隊しか残って居ない有様だった。

 「貴族殺しの女神が俺らにはついている。相手が貴族でも勝てるさ」

 兵士の一人が苦笑いしながら怯える新兵に声を掛ける。

 「ほ、本当ですか?これまでも少尉の部下は皆、死んだって聞いてますけど?」

 新兵は青い顔で答える。

 「バカ野郎・・・グリッペ軍曹は生きているじゃないか。あの人は少尉が士官候補生の時からの下士官だぞ?」

 「本当ですか?」

 「まぁ・・・な。それに俺だって、ここに配属されて、すでに3カ月が経っている。ちゃんと生きているだろ?」

 兵士の言葉に新兵に笑顔が零れる。

 「ガキ共・・・お喋りはそこまでだ・・・」

 髭面の軍曹。グリッペが部下達に声を掛けた。先頭を歩く兵士が何かを発見したらしい。彼はハンドサインで後方に何かを伝えていた。

 「軍曹・・・敵を発見。平民兵が見える限りで1個分隊」

 「貴族様を守っているのに1個分隊はありはしないわな・・・貴族様は何処かにお隠れになって、きっと魔法の儀式をなさっているんだろう・・・襲うなら今だ」

 魔法には幾つか発動方法が存在する。

 一つは意識を集中してイメージする事だ。最も基本的な発動方法であり、慣れた者なら、当たり前の動きとして、即座に発動させる事が出来る。ただし、この方法は最も魔力を有しない方法であり、これに反応する魔導素子も少ない事から、大きな力にはならない。

 別の方法として、スペルと言うのがある。これは言葉、文字、図形、道具などを用いて、意識を拡大する技術だ。簡単な物なら、一言、決め台詞のように言葉を発する事から、数人の貴族が集まり、魔法陣などを用いて、儀式として行う物まである。それらの方法によって、都市さえ破壊する事が出来る強力な魔法が放てるようになると言われている。

 「突撃準備をしろ」

 グリッペは部下達にそう指示を出すと、腰のホルスターから信号拳銃を取り出す。中折れ式のそれを銃身後部で折り曲げる。そこに信号弾を挿し込み、元に戻す。彼はそれを空に向けて構えた。

 「総員!突撃!」

 グリッペがそう指示を出した瞬間、彼は信号弾を打ち上げた。

 横に広がるように布陣した1、2分隊の20名は森から飛び出し、敵が潜む森へと飛び込む。それを馬鹿正直に待っている敵など居ない。突撃に気付いた敵は慌てて、銃を構えて、撃とうとする。だが、そこに軽機関銃での一撃が放り込まれる。グリッペ達の背後から彼等を追い抜いていく銃弾が森を貫く。そこに目掛けて歩兵達が飛び込む。

 「射撃を止め!前進!」

 軍曹は隣で軽機関銃を撃っていた射手にそう告げて、自らも森へと駆け出した。


 少尉は少し先の森で信号弾が上がるのを見た。青い煙が空に靡く。

 「ふん・・・ハズレか・・・どれだけ生きているか解らぬが・・・死ぬなよ」

 少尉は呟いてから、部下達に駆け足での移動を命じる。


 森の中へと飛び込んだ兵士達はその場に居た敵兵と白兵戦を演じる。こうなれば、銃の世界では無い。まだ、連射が効く銃が少ない時代だ。歩兵が持つボルトアクションのライフル銃では次弾の装填までに敵が襲い掛かって来てしまう。兵士達は手にした歩兵銃の先に取り付けたニードル(針)や銃剣で相手の胸元や喉を貫く。下士官は手にした拳銃を撃つ。だが、それとて、混戦になれば、味方を間違って撃ちかねない。グリッペも手にした短機関銃を撃ちたくなるのを我慢して、敵を殴り倒す。

 「進め!貴族だ!貴族を仕留めろ!」

 グリッペの怒鳴り声が戦場に響き渡る。兵士達が声を上げながら前へ、前へと進む。数の上では敵の方が上に思えるが、一度、崩れた布陣は敵を混乱へと陥れる。士気に低い敵兵たちは逃げ惑う。その背中にニードルを刺し込むだけだ。だが、それでもグリッペは焦っていた。まだ、貴族の姿を発見していない。腰に提げた魔力計は針が振り切れんばかりになっている。

 「貴族の野郎!」

 グリッペがそう叫んだ時、地獄が始まった。グリッペの皮膚が焼けるかと思うぐらいにヒリヒリに何かを感じる。これは空気中に漂う魔導素子と呼ばれる物質が反応している証だ。

 「魔法だ!全員、退避!」

 グリッペが叫ぶや否や、森が大爆発を起こした。敵味方関係なく、森に居た者全員が吹き飛ばされる。あまりに強烈な爆発力の為に森の木々が薙ぎ倒され、そこの見通しが良くなった。

 「くっ・・・くそっ。やりやがったな」

 倒れた木の下でグリッペは血だらけになって倒れていた。何とか這い出して、傍らに落ちていた短機関銃を拾う。それでも足の骨が折れているのか、言うことを効かない。這いずりながら周囲を見渡す。

 「全滅か・・・おい!生きている奴は返事しろ!」

 ただの爆発だけなら、生存者はそれなりに居ると思うが、今の爆風で気絶しているか、または声も出せないぐらいに酷い手傷を負っているかのどちらかだろう。耳を澄ませば、嗚咽や悲鳴が聞こえる。

 「軍曹、こいつは派手にやられたな」

 そこに少尉が姿を現した。

 「えぇ、多分、村を吹き飛ばすために唱えていた奴をぶつけられたんでしょう」

 「だとすれば、奴の体力もかなり消耗しているはずだ。始末する。お前はここで動ける奴を回収しろ。敵は殺せ。捕虜など取っている暇は無い」

 「了解」

 少尉は傷だらけのグリッペを置いて、先へと向かった。

 「ふん・・・今頃は体力を使い果たして、逃げるので苦労しているだろう」

 少尉は余裕の笑みを零しながら、敵を追い掛ける。だが、離れた場所からエンジン音が聞こえる。この時代のエンジン音はとても五月蠅く、また、軽い音が響く。

 「少尉!奴等、自動車を使っているみたいです!」

 「ちっ・・・自動車か。どうりで移動が速いと思った。撃て!撃て!」

 まだ、自動車は珍しい時代だった。燃料となる石油が手に入り難い為に革命軍においては極少数しか配備されず、それらも十分な運用に至っていないのが現実だった。

 敵は数台のトラックを走らせて、遠ざかっていく。少数の部隊であったのもトラックの台数の問題だったのだろう。トラックに向かって、味方が次々と撃つが、止める事は出来なかった。

 「射撃中止!ふん・・・貴重な自動車まで投入するとは・・・余程、ここの突破に力を入れているみたいだな」

 少尉は敵を見送ってから、村へと戻った。

 その日、爆発跡から救出されたのは14人。6人が戦闘等で命を失った。生き残った兵士のほとんどは傷付き、まともに動けるのは2人程度。部隊の半数が行動不能となったために小隊は実質、全滅状態となった。

 「少尉、申し訳ありません」

 ベッドの上に横たわるグリッペ。彼も足を骨折する程の重傷だった。

 「ふん・・・生きているだけマシさ。お前の後方送致の書類も作ってやった。久しぶりの休暇を楽しんで来い」

 少尉は笑いながら彼に告げる。

 「笑えませんよ。革命はここが踏ん張りどころ。貴族の連中から独立に十分な領土を得る為にはまだまだ戦わないといけないのに」

 グリッペは悔しそうに答える。

 「安心しろ。奴等の狙いは我が軍の後方へ入り込み、前線への輸送路を遮断する事だ。奴等の狙いが解っただけでも、今回の戦いは意味があった。奴等にはやらせんよ」

 「頼もしい限りです。とても医者を目指していたとは思えませんな」

 「ふん・・・5年も前の話だ。私も良い感じに老けたよ」

 「まだまだお若いですよ」

 グリッペの髭から白い歯が覗く。

 「笑うな。気持ち悪い。女の24歳はおばさんだよ」

 少尉はそう言うと、立ち上がった。


 少尉の名前はクレア。ドルト市で生まれたので、ドルトのクレアと呼ばれる。彼女は幼少期より算術などに秀でており、その才覚を見込まれて、学業に専念する事を許可された。彼女は将来は医者になることを目指し、都にある大学の医学部に入学した。だが、彼女が一年生の時に平民による革命が起きた。それはこれまでに無い程の規模の革命であり、数名の貴族が殺害された。

 革命によって、貴族の領地が解放されたと聞くと、多くの平民が革命に参加を始めた。貴族達はそれを抑え込むために軍を動かしたが、軍からも次々と革命軍へ参加する者が相次ぎ、ある貴族は自らの軍に包囲され、命を奪われた。

 クレアが学ぶ大学でも革命への参加を促す活動が盛んになっていた。しかし、ここは貴族のお膝元の街であり、尚且つ、公爵という高い爵位を持つ貴族であったためにその力は強く、活動家たちは次々と処刑された。そして、大学なども一時的にせよ、活動の拠点となるとして閉鎖されてしまった。この時点でクレアは何もする事の無い存在となってしまった。だからと言って、医者を目指す彼女が人殺しをする革命に参加するなどとは思わなかった。

 無論、貴族に対する憎悪は少なからずともある。だが、幸いにして、伝え聞くような非道な貴族を彼女は見た事が無い。そもそも、貴族と言うのは数が圧倒的に少ない。彼等自身、強力な魔法が使えると言っても、結局は従えた平民に生活の全てを依存するしかない。それ故に平穏に統治される領地の方が遥かに多いはずだった。その為に革命に参加をしない平民だった多く存在する。クレアはそれを知っている為に、この革命に安易に参加するのは危険だと思った。

 歴史は繰り返す。過去に起こった革命や反乱のように制圧されて、皆、反逆罪で処刑されるだろう。クレアは医者になる。その夢がある。とても革命などに現を抜かす暇など無かった。

 

 「あれから5年か・・・」

 クレアは医者を目指していた頃を懐かしむ。頭の中に叩き込んだ薬草の効能。人体の構造。何もかもがすぐに思い出される。革命が無事に終わったら、また、医者を目指したい。それがいつの事になるか解らないが。

 「少尉、伝令であります」

 兵士が天幕の向こうでそう告げる。

 「通せ」

 彼女がそう答えると、天幕の入り口に掛かる垂れ幕を開いて、一人の兵士が入って来た。

 「第31師団のエミル伍長であります。師団長のダイナス中将より命令であります」

 彼は通信筒から命令書を取り出した。クレアはそれを受け取る。命令書には丁寧に花押の押された封蝋がされている。封筒を開くと、中には命令書が入っていた。

 「転属命令?」

 クレアは眉間に皺を寄せて、命令書を読む。

 「なるほど・・・敵の攻勢が始まったか・・・資源獲得の猶予が無くなり、まずは正面に押し寄せる敵を叩くしかないか・・・」

 革命軍は資源獲得のために辺境ばかりを攻め入っていた。だが、それは同時に貴族側の資源を奪う事であり、中央の守りを固めていた貴族軍が革命軍の目論見に気付き、革命軍の後方へと攻勢を強めたのだった。

 「それで・・・私を中央に戻して、新たな部隊を創設するって事か・・・」

 すでに自分の部隊は全滅同然。彼等を連れて、再編成するのも、新たに編成をするのも大して変わらない事ではあった。

 「解った。命令なら従うしかない。この部隊はどうなる?」

 クレアは兵士に尋ねた。

 「師団が到着後、解体して、吸収するとの事であります。師団もかなり消耗していますから・・・」

 「そうか・・・解った。師団到着後、指揮権を移譲して、すぐに発つと返事しろ」

 「了解です」

 師団到着までの二日。ここが無事ならばと彼女は思いながら、天幕から出ていく兵士の後ろ姿を見た。 

 半減した小隊の士気は最低だった。当然だろう。最も古参のグリッペが後方へと送られ、ここでの最古参はクレアを除いては、ジャナム上等兵なのだから。彼とて、兵士になって2年と少しの新兵に毛が生えた程度である。

 「ジャナム上等兵。部隊を2個分隊にして、お前に2分隊を任せる」

 クレアは怯えるジャナムに命じた。

 「りょ・・・了解であります」

 彼は何とか声を絞り出して返事をする。

 「怖いのか?」

 「は・・・はい」

 目の前で大勢の仲間が傷付き、死んだのを見て、恐怖を感じない奴は居ない。

 「二日だ。二日、ここを耐えれば、師団規模が到着する。そうすれば、休ませて貰えるだろう。あと少しだから、ガンバレ」

 クレアは笑顔で彼に告げる。この言葉に何も安心が出来る様子など含まれていない。だが、指揮官として、最大限に兵士を励ますのも任務だ。死ねと命じるのは簡単だが、兵士だからと言って、死んでくれるとは限らない。だからこそ、命じる側にも覚悟と配慮が必要だ。

 クレアは晩になり、机の上に地図を出して考えた。

 撤退した敵は多分、ここがそれなりに損害を出している事に気付いているはずだ。だとすれば、再び、ここを襲撃する可能性は高い。彼等はここを占拠して、街道の側面に浸出したいに決まっている。戦略的に考えてもそれは最も有効な手だった。その為に革命軍も虎の子の師団をこちらに回しても守ろうとしているわけだ。相手がその動きを何処まで把握しているか解らないが、貴族の数によっては師団規模の戦力ですら、殲滅される可能性がある。最も憂慮すべき事態だと考えるべきだった。

 「偵察を出したいが・・・数が足りないか」

 手持ちの戦力ではこの村の見張りをするだけで手いっぱいだった。彼女は暫し、考えてから、立ち上がる。

 「ジャナム!ジャナム上等兵は居るか?」

 呼び出されたジャナムは駆け足でやって来た。

 「ジャナム・・・お前に渡した短機関銃を寄越せ」

 「はっ?」 

 グリッペが持っていた短機関銃を今はジャナムに渡していた。

 「うん。それとレオーネを借りる」

 レオーネは小隊の中でも若い女性兵士だ。元々、大道芸の一家に生まれただけあり、とても身のこなしが軽い。

 「はぁ・・・何をなさるんですか?」

 「うん?あぁ、私とレオーネで敵情を調べて来る。ここはお前に任せる。敵の攻勢があったら、とにかく、守って、ダメなら撤退しろ。師団がかなり迫っているはずだ。そこまで退却して、師団に奪回を頼めば良い」

 「そ、それだと・・・少尉の身が・・・」

 「私の事は気にするな。とにかく、敵の動きが知りたい。下手をすれば、こっちの師団まで潰されかねないからな」

 クレアがそう答えると、さすがにジャナムも理解したのか、神妙な面持ちで了承した。

 夜明け前にレオーネを呼び出し、最低限の食料などを持たせて、長距離偵察の準備を終えた。レオーネには慣れない短機関銃を持たせる。

 「まぁ、戦闘をしに行くわけじゃない。気軽なハイキングだと思ってくれ」

 レオーネの不安そうな表情を見て、クレアは笑う。これで笑っていられるクレアをジャナムなどは信じられないという表情で見ていた。

 「まぁ、解らないと思うが、戦闘なんてのは事前の下調べをしっかりして、準備を整えた方の勝ちなのさ。やる前に勝てると思い込んでいる奴は絶対に勝てない。それが戦闘だよ。覚えておきなさい」

 クレアはそんな彼等を見て、満足気に告げた。そして、レオーネを連れて、まだ、太陽が上がらない暗闇へと歩き出す。

 

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