第五話 阿鼻叫喚
車外をよく見て、はっとした。すでに駐車場内には、パトカーや機動隊員などがたくさんいて、バスを取り囲んでいた。
(まずいな……)光は舌打ちした。(これじゃケースを見つけたところで、出るに出られなくなっちまう)
おそらく、彼をテロリストのようなものと思っているのだろう。積極的に襲ってこないのは、人質の類いがいるかもしれないと思っているからか。
(捕まったら、容疑が晴れるにしろ晴れないにしろ、長時間拘束される……ケースだって発見され、中身を調べられるかもしれない)
そうなったら、この仕事には確実に失敗してしまう。きっと蓮田は、警察がやってくるのを察知して、その前にケースを奪わなければ、と考え、わざわざ乗り込んできたんだろう。
(何とかして、掻い潜らなければ……)
光は包囲網を、ぐるり、と見渡した。突破口がないか探す。
しかし、至るところにバリケードや警備車両があって、とても出られそうになかった。
(クソが──どうすればいいんだ……)
切り抜け方を考え続けていると、非常口の前から蓮田がいなくなっていることに気づいた。血の跡があったので、目で辿る。
包囲網の内側、バス近くにある車に続いていて、その運転席に彼がいるのを発見した。ごそごそ、と助手席の鞄を漁っている。
(どうやら、辛うじて生きているみてえだな……でも、ま、これ以上妨害してくるほどの元気はねえだろう)
やがて蓮田は、あるものを取り出した。
それは、RPG‐7だった。
蓮田は息も絶え絶えに、グレネードの先端をこちらに向けてきた。
「おっ、おいおい、マジかよっ?!」
光は慌てて、運転席に向かった。そして、思いきりアクセルを踏み込み、車両を急加速させた。
一瞬後、蓮田がRPG‐7のトリガーを引いた。発射されたグレネードは、車のガラスを割り、フロントウインドーをくぐった。そのまま、バスの窓を突き破り、入ってくる。
(ああ、万事休すか──)
しかし、グレネードはその勢いを弱めることなく、なんと、反対側の窓をも突き破り、出て行ってしまった。そのまま、その先の警備車両に命中する。轟音とともに、爆発炎上した。
(そうだ、あそこだ!)光は擲弾の命中したところに目を向けた。(あそこからなら、出られるかもしれねえ!)
彼は進行方向をそちらに変え、大破した警備車両の横をすり抜けようとした。だが、通り過ぎようとした瞬間、右前部が残骸に激突した。
その衝撃や、ようやく作動したエアバッグなどにより、運転席から弾き出された。通路に尻餅をつく。
「うおっ?!」
一人掛けの座席の下に、探していたケースを発見したが、今はそれどころではない。立ち上がる。
蓮田の車が、炎上しているのが見えた。大方、RPG‐7のバックブラストが原因だろう。
光は運転席に戻ろうとした。しかし、先程の衝突による損傷がひどく、入ることはとてもできなかった。
せいぜい、横からハンドルを操作するのが精一杯である。ひどくやりにくかったが、我慢するしかない。
ドライバーが、アクセルを踏んだままの状態になっていた。慌てて、どけようとする。
しかし、ペダルのある空間は損傷によりひしゃげていて、脚は挟まれ、固定されてしまっていた。必死に力を入れたが、びくともしない。
踏み込みが浅かったのが幸いだった。バスはすでに加速をやめ、一定のスピードで走行している。
(まあ、今はこのままでもいいだろう……とにかく、早くここから離れないと)光は、出口めがけて運転し始めた。
しばらくして車道に出、そのまま進み始める。数分間、バスを、ひらすら道の駅から離れるように、走らせた。幸い、長い二車線の一本道で交差点もなく、交通量も少なかったため、減速することなく行くことができた。
(道の駅からは、だいぶ離れたな……警察の類いも追ってきていないみたいだし──そろそろ、バスをどこかに停めようか)
しかし、バスは停めるどころか、減速させることすらできなかった。運転席の損傷はあまりにひどく、ペダルのある空間が狭すぎて脚が入らない。そのうえサイドブレーキも、レバーが折れ、使えなかった。
(仕方ねえ──文字どおり、ノンストップで行くしかねえか。なあに、脱出の時は、飛び降りればいいだろう。ヘルメットも着けているし)
光は改めて、フロントウインドーからの景色を眺めた。道路はしばらくの間まっすぐで、前方に他の車はいなかった。
(ケースの位置は分かっているし、素早く回収して戻ってこよう)
そう考え、光は運転席から離れると、先ほど、ケースが真下に落ちているのを見つけたシートに向かった。
次の瞬間、轟音とともに、バスが一瞬で停止した。
慣性の法則に従い、前方へ吹っ飛ぶ。乗客や荷物も、宙を舞っていた。
光は、割れたフロントウインドーをくぐって外に出た。数メートル浮遊してから、着地する。とっさに受け身を取り、ごろんごろん、と転がった。
「うぐうっ!」
ヘルメットのシールドに、ひびが入った。しかし幸いにも、光自身には怪我の類いはなかった。手をつき、上半身を起こす。
バスが、追突した車を押しながら、こちらに向かってきていた。
ぶつかられたのは軽トラックで、荷台からはみ出しそうなほどにプラスチックパイプを積んでいる。ドライバーが一人だけ乗っているが、事故のショックで気絶しているらしく、ハンドルに覆い被さっていた。
(あの運転手、よく見たら、おれがオートバイを奪ったひったくり犯じゃねえか……たぶん、あの後、逃げようとして、どこからか車を盗んだんだな。そして、脇道から出てきたところを、バスに追突されたんだろう。
……それで、どうやって車内に戻る? 前扉は、軽トラックにぶつかった衝撃でひしゃげ、狭くなって通れなくなっちまっている──非常口から中に入ろうにも、分離帯が邪魔をしているし……)
腕を組み、考え続けた。さらに思いを巡らすべく、歩き回ろうとする。
直後、ごつん、と靴に何かがぶつかる感覚がした。足下を見る。
同じように車外放出されたらしい消火器が、転がっていた。
(──そうだ!)あるアイデアが、閃いた。
光は消火器を抱えると、軽トラックと対峙した。相変わらずバスに押され、こちらめがけてやってきている。
やがて彼は、その車両に早歩きで向かった。そして、タイミングを見計らい、消火器を助手席の前のフロントウインドーに投げつけた。甲高い音がして、ガラスが割れ、投げつけられたそれは座席の上に落下した。
光はその穴めがけて跳躍した。窓をさらに破壊し、内部に突入する。
助手席に叩きつけられた。ヘルメットのシールドが割れ、一部に大穴が開く。
幾つかの破片が、顔面の皮膚を切った。「ごあっ……」と呻く。
急いで体勢を立て直し、扉を開けて外に出、屋根に乗る。そして、積まれたパイプの上を、バス目指して歩き始めた。
次の瞬間、低い音とともに、資材を固定していたロープがちぎれた。がらがらがら、とパイプの山が崩れ出す。
「うわ、うわ、うわっ!」
光は足踏みするようにして、バランスを保とうとした。しかし、踝を持って行かれそうになり、こけた。
「おわっ?!」
そのまま、ローラー式滑り台の要領で、パイプの上を、ずるずる、と滑り始めた。
(落ちて──たまるかっ!)
光は荷台の左側面にしがみついた。左の爪先が道路に接触し、ざりざりざり、と音を立てる。体の上を、パイプが転がり落ちていった。
資材の雨がやんだところで、荷台に乗り込んだ。そこからフロントウインドーをくぐり、バスに戻る。蜂が、割れたシールドから入らないよう、左手で穴を隠した。
光は運転席へ行き、ハンドルを握った。軽トラックを押しのけ、走行させ続ける。
左手は穴を押さえているので、右手のみでの操縦となった。視界の大半が塞がれていて、前がひどく見えにくい。
しばらくすると、交差点や道路沿いの駐車場などがないところに来た。ここなら、先程のような事態は起こらないだろう。
光は、辺りに他の車がいないことを確認すると、運転席から離れ、目当てのシートに向かった。ケースをポケットに入れ、戻る。何とか今度は、ハプニングもなく回収できた。
(後は、脱出するだけだ)
しかし、今走っている道路は、あと少しでカーブに到達する。どこか、一直線になっているところはないだろうか。
そう考え、ふと、地点案内標識に目を留めた。以前に通ったものとは別の橋が、近くにあるとのことだった。
(そうだ! 橋だっ!)光は手を叩きたくなった。(あそこなら、一直線だ!)
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