第5話 瑠璃ちゃんはここにいたい(灯和)

「やったあ。揃った」


 トランプの絵柄が揃ったことで、瑠璃ちゃんはとてもご機嫌だった。


 でも揃うのは当たり前だよ。二人ババ抜きだもの。


 ヤマトの異世界での死は、現実世界に大きな影響を与えなかった。


 ただ、少しだけ、何か優しい雰囲気をまとうようになったとは、思う。


 見つけ次第やっつけていた虫も、殺さなくなった。


 プリルームにおいては、追卓の儀が行われたのだが、魔法使い一人が亡くなったところで、少しだけ悲しんで終わり。その程度のものだったように、思う。


 人の死が、魔族の死が、風で吹き飛びそうなほど、軽い。


「ほら、灯和の番だよ」

「灯和先生、だろ」

「はあい。わかりました。灯和」


 わかってないな、もう。


 ババ抜きは瑠璃ちゃんの勝利で終わった。


「灯和は顔に出すぎ。どれがババなのか簡単にわかるよ」


 十一歳の女子にすら、わかりやすいと言われてしまった。


「参ったな」


 右手で耳の裏を掻く。


 瑠璃ちゃんは何故か、いつも凝視する。


 さて、今日は少々真剣な話をしなければいけない。


 瑠璃ちゃんにとってはいい話になるはずだ。


「ねえ瑠璃ちゃん」

「なあに」

「ここでの生活は楽しい?」

「楽しいよ! すっごく!」


 滝を飛び跳ねる鯉のように元気一杯だった。


「そっかあ。でもね、もっと楽しくなるかもしれない話があるんだよ」

「なになに?」

「新しいお父さんとお母さんが見つかるかもしれないよ」


 里親制度、というものがある。


 虐待、育児放棄、両親の死亡など、様々な理由において、健全な児童の発達を妨げるような環境に置かれた児童たちは、児童相談所が保護し、児童養護施設で面倒をみることになる。


 そんな中、子供に対する充分な愛情と情熱を持って、里親を希望する大人たちが、施設の児童を、責任を持って引き受ける。


 一定期間毎に更新や研修もあるので、軽い気持ちで引き取ることは許されないけれど、里親に登録をすると、施設の児童を家族として迎え入れることができる。


 もちろん全てのケースがうまくいくわけではないけど、瑠璃ちゃんの将来を考えると、家庭での振る舞いを身につけることや、大人との愛着関係を築くことは、いい影響を与えるはずだ。


「瑠璃はここがいい。もう時間がないと思うから」


 そんな大人側の思いも知らずに、瑠璃ちゃんは少しわからないことを言うのだった。


 まあ、いきなり見知らぬ他人がやってきて、今日から新しい家族だと紹介されても、すぐに受け入れられるほど人の心は単純じゃないだろうし、仕方ないか。


「まあ、じっくりと考えてみてよ」

「灯和と一緒じゃなきゃいや」


 参ったな。


 職員冥利には尽きるが、現実的には瑠璃ちゃんの願いを叶えてあげることは難しい。


 耳の裏を掻き続けるしかない僕を、瑠璃ちゃんはやっぱり見つめていた。





 今日は当直日なので、職場の休憩室に泊まり込みだった。


 せっかくの機会に、普段はなかなか片付けられない報告書を、書き上げることにした。


 在籍する児童に関する報告、変わったことや、現在抱えている問題についての方針などを、確認の意味も込め書き込む。


 何人か終わらせたところで、瑠璃ちゃんの個別シートに行き当たった。


 芽無瑠璃めなしるり。十一歳。詳しい情報、保護に至った経緯はとても簡素なもので、他の在籍者の個別シートと比べると、あまりにもお粗末だった。


 不思議には思ったけれど、気に留めるほどのことではないと判断し、作業を進めていった。


 粗方作業を終えたところで、自宅から持ってきたノートを取り出した。


 大和が死んでしまい、記憶を無くしていったあの日から、僕はプリルームで起きた出来事や思いを、できるだけノートに記しておくことにした。


 もう一人の僕が経験している人生を、自分だけでも覚えておきたい。


 そう思ったのだ。


 幼少期、魔族の少年と友達になったこと。魔王や魔族に関する印象。少年と女の子との別れ。勇者となってしまい、人類と魔族の争いの渦中の人物となってしまったことなど、妄想じみた人生を綴った。


 やがて夜も更け、眠気が意識を奪いさろうとしてきたため、僕は睡眠に興じることにした。


 お疲れ様灯和。


 さあ行くよトウワ。

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