第6話 希望に満ちた再会(トウワ)

 勇者の出現を経て、人類は魔族に攻勢を仕掛けた。


 小さな抗争は至る所で起きていたが、勇者という心の支えを得た人類は、劣勢だった戦況を跳ね返しつつあった。


 ついには廃都レアを超えて、魔族が支配下におく地域への侵攻が着々と進んでいった。


 王国が所有する親衛隊を引き連れ、魔族の兵士たちが根城としているガンガー砦に討ち入った。


 魔族たちは砦に引き込もり防戦を張っていたため、攻め入るのは困難を極めたが、砦を包囲し、補給路を断つ兵糧攻めを行い、降伏宣言をさせるに至った。


 魔族であっても出来るだけ命を奪いたくはない僕のことを、甘ちゃんだと非難する輩は少なくないが、勇者がいなくなれば人類は終わりだという意識からか、直接何かを言う者はいなかった。


 大雨に消し流されそうな夜のことだった。


 ガンガー砦の一室、突如窓の仕切りが破壊され、疾風の勢いで黒い影が飛来してきた。


 ジグザグに飛行しながら、黒い影は突進してきた。


 咄嗟に短剣を抜き、明かりに反射するナイフを胸元で受け止め、前蹴りで応酬した。


 空中で一回転して衝撃を押し殺し、黒い影は地面に着地した。


 風圧に舞い、羽織っていたローブが解け、黒い影の顔が露出した。


 こちらをキッと睨んでいたが、黒い影は相手の姿を正しく認識した瞬間、驚愕の表情を張り付かせた。


 僕も短剣をしまい、敵意がない旨を示す。


「嘘だろ……君は、トウワか?」

「うん……久しぶりだね、リール」

「久しぶり。でも、出来ればこんなところで会いたくなかった」


 寂しげに笑うリールの表情は、どこか出会った頃の面影を残していた。





 その晩、リールとは様々な話をした。


 お互いにとっては空白だった十年もの月日が、僕たちを饒舌じょうぜつにさせた。


 人類側は、積極的な戦闘を始めようとしていること、大量の物資が消費され、貧困地域での格差がさらに広がっていること、そしてニホンでの暮らしのこと、話題は尽きなかった。


 リールは、少年の頃と変わらぬ瞳を輝かせ、時に笑い、時に皮肉を言いながらも、楽しげに話を聞いてくれた。


 そしてリールも、僕には知る由もなかった様々な出来事を話してくれた。


 魔族側の犠牲が大きく、戦闘による解決に虚しさを覚える勢力が出てきたこと。反して、魔王の力を信じ、魔王のために最後の一人となるまで、戦いを続けると声高々に宣言している勢力とに分かれていること。


 人間社会と同じで、戦う力も持たず、搾取されることでしか存在が許されない者たちが、大多数を占めていることなどを語った。


 最終的に話題の中心となったのは、やはり今まで何度となく語ってきた、魔王についてのことだった。


 人類にとっては不倶戴天の敵である魔王は、今の現状を嘆き、毎日悲しんでいる、とリールは語った。


 平和を信じて戦ってきた同胞たちだけでなく、魂を燃やし尽くした、人類たちにも祈りを捧げているらしい。


 美しい星々をも思わせる瞳を濡らし、慈愛に満ちた柔らかな声は、悲しみや嘆きを型取り、祈りを届けるために使われている。


 僕はどうしたらいいのか、ますますわからなくなった。


「魔王様は、決して争いを望んでいるわけじゃないんだ。今まで僕が習ってきた魔族と人類の歴史では、今までの魔王様は存亡を願うことばかりで、共生を志した魔王様なんて、今の魔王様が初めてだ。プリルーム史上初めてのことだと思う。だからこそ、僕は魔王様を尊敬し、心から信頼しているんだ」


 まるで自分の身内を褒めるように、力のこもった口調でリールは言った。


 僕にも何か出来ることはないか、戦うしかなかった頭で、必死に考えた。


 不意の沈黙に、リールは黙って、僕の言葉を待ち続けてくれた。


「勇者である僕と、魔王様がわかりあうことが出来れば、争いはなくなるんじゃないかな。人類の代表と魔族の王。一番力を行使出来る僕たちが手を取り合えば、争いはきっと止められる」


 リールは、少年のような相貌で歓喜を表現した。


「それはいい考えだよ。さすがトウワ。僕の見込んだ友だ。それで、方法としてはどうするんだい?」

「直接魔王様のところに行くことは、妨害にあってすぐには行けないと思う。だから、僕が魔王様に手紙を書くよ。勇者としての想いを言葉にして、直接魔王様に訴えかける。そして、人類と魔族間で手を取り合おうと思う。王様も、魔族に敵意がないことがわかれば、わかりあえるはずだ」


 思いついてみると、これ以上の妙案はないように思えた。


「よし、わかった。三日後にまた来るから、それまでに手紙を用意しておいてくれよ魔王様には、僕の方から伝えておくから」


 いつも以上に早口で、熱がこもっていた。


 僕も、嵐が収まったかのような穏やかさを感じていた。


 善は急げだ。


「そういえば、メーリルは元気にしているの?」


 ほんのわずかな時間しか心を通わせなかったけど、もう一人の友人、メーリルのことはずっと気になっていたのだ。


「まあ元気ではあるよ。今はがんばって城で働いている」


 リールはそう言って、黒翼を一回、二回と確かめるようにはためかせ、窓から飛びたっていった。


 争いが終わる、人類と魔族はわかりあえるといった、希望に満ちた想像で頭がいっぱいだった。


 パタンっと、わずかに隙間が空いていた扉が閉まったことは、物音による認識しかできなかった。

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