第8話 執着のキス(灯和)

 決戦に向かう前夜、魔族を統べる魔王に、想いの丈を乗せた手紙を書くことにした。


 気もそぞろな状態で仕事をしながら、考えた結論だった。


 でも待てよ、手紙を書いたとしても、届ける手段がないじゃないか。


 迂闊すぎる事態に今更気づいたけれど、思いついたからには実行しようと思った。


 今日も当直で職場に残っていたので、思う存分手紙に書く内容を考えることができた。


 下書きということで実際に書き出した。一応は形となったので、プリルームに行った時、すぐに文をしたためることができるように、僕はじっと手紙内容を繰り返し眺め見た。


 気がついたら、僕は机に突っ伏していた。いつの間にか寝落ちしてしまっていたらしい。


 ノートは、机の端っこに開かれた状態で置いてあった。


「灯和」

「うわっ」


 突然話しかけてきたのは瑠璃ちゃんだった。がんばって起きているのか、眠そうに目をこすっていた。


「どうしたんだいこんな夜中に。もう寝る時間だよ」


 瑠璃ちゃんはじっとこちらを見据えていた。


 言いたいことは決まっているけど、どう言葉に出していいのかわからない。そんな様子を感じ取れた。


「お別れを言いに来たの」

「お別れ? 突然だね。もしかして里親になってくれる人のところに、行く決心がついたのかい?」

「ううん、そうじゃない。うまくは説明できないけど、そろそろ私も帰らなきゃいけないんだ」


 瑠璃ちゃんはそう言って、僕に抱きついてきた。


 子供らしい柔らかな香りの中に、苦労も悲しみも内包した、複雑な感情すらも流れ出てくるようだった。


 いつもの瑠璃ちゃんじゃない。そんな気がするけれど、何がどう違うのか僕には説明できそうになかった。


「灯和にも私にも、明日が訪れなければいいのに」


 誰にも届かないはずの声量だったけど、限界まで近づいていた僕には聞こえた。


 ありえない、願い。


 首筋に湿った感触が与えられた。何をされたのか認識した時、僕は軽くパニックになった。


 キス、された?


 瑠璃ちゃんは僕から離れると、年齢にしてはあまりにも大人びた笑みを浮かべて、言った。


「またね、灯和。おやすみなさい」

「ああ……おやすみ」


 呆然とする他になかった僕を置いて、瑠璃ちゃんは寝室に戻っていった。


 十一歳の少女にされた行為について考えると、少年のように体全体が熱を帯びてきた。


 とりあえず、もう少しだけ手紙の内容を覚えよう。


 今すぐには眠れそうもなかったから。

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