拝啓 魔王様 〜 魔王に捧げるラブレター〜
遠藤孝祐
プロローグ 拝啓 親愛なる魔王様へ
拝啓
親愛なる魔王様へ
月が砕け、大地の裂け間が痛そうに悲鳴をあげている今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
サマリに吹く風はいよいよ冷たさを増していき、凍てついた草木は、終わりに向かう寂しさを象徴しているようで、物悲しさがつのっていきます。
私が魔王様に近づくにつれて、イキュアーの民はより活気を取り戻して行くかのような息吹を感じます。
そこに見出している意味とは、さしずめ夢や希望といった感情でしょうか。
人類が勝利するかもしれないという期待、安息の一日を取り戻せるのではないかといった希望、人類が繁栄し、次世代まで続く輝かしい歴史が始まるのではないかという、夢。
そんなものを抱いているのかも、しれません。
人類として生きる我々にとって、勇者という存在は、荒れ狂う大地を沈め、得体の知れない闇をも溶かす、光のような存在であると、信じてやまないようなのです。
反して、魔王様という存在は、人類にとっては混沌と破壊をもたらす、恐怖の根源であると、理解しているようなのです。
それはもしかしたら、この世界の認識としては正しくて、どうしようもない真実であるのかもしれません。
混ざりあえない。
わかりあえない。
共にいられない。
はじめからそう決まっているかのように、勇者と魔王という役割を与えられた私たちは、出会ってしまえば戦わなければいけない、運命の悪戯に支配されているのかもしれません。
私はそんな運命を、ひどく悲しく思います。
親愛なる魔王様に、たんぽぽの綿毛ほんの一つ分ほどでも、私の気持ちを汲んでいただけたのならば、それ以上に勝る喜びなど、この世にはございません。
さて、唐突な話題の転換となりますが、ご容赦ください。
私は、この世界の人間ではありません。
いえ、より正確に表現するのならば、この世界以外に、私の大切な世界が、もう一つあるのです。
そこは地球と呼ばれていて、何百にも及ぶ国という単位の集落に分かれています。
私は、日本という国に属して、数ある国の中でも、命を失う危険が少ないという点では、比較的幸せな部類の場所なのでしょう。
ところが、話はそう単純でもないのです。
こちらの世界では、魔族という存在はなく、種類の違う人類が、地球という星の支配者という位置づけになっています。
人類同士が争い、血を流し、自然を破壊し、たくさんの命が、今日もどこかで奪われています。
我々人類と、魔王様率いる魔族が相容れないと、まるで世界の
人と魔族がわかりあえなかったように、人と人がわかりあうことも、砂漠に射す一抹の幻であるのかも、しれません。
私はとても無力な人間です。
地球を救うなんておこがましくて、人と魔族がひしめき合う、プリルームを救うなんて、なおさらできやしないのです。
勇者ともてはやされ、魔王様を討つべく、修行を続けきた日々をもってしても、魔族の子一人救えなければ、人の子一人も救えていない。
勇者とは、魔王とは、一体なんのための存在でしょうか。
愚痴っぽくなってしまいましたね。すいません。
情けない弱音で申し訳ありませんが、他ならぬ魔王様だからこそ、秘めておかねばならない想いを吐露したかったのです。
勇者と対をなすような魔王様だからこそ、私はあなた様にだけは泣いている赤子のような、無力で脆弱な姿を見せられる。そんな気がするのです。
わかりあえないと自分で記しておきながら、不思議ですね。
今更ですが、どうして私が魔王様に親愛の念を抱くようになったのかを、お伝えさせてください。
かつて私には親友がおりました。
偶然の出会いから気持ちを分かち合い、人間と魔族という間柄としては稀少な、友という関係性になることができました。
魔族の少年リールは、人類の知らない魔族のお話をたくさん聞かせてくれました。
その中でも、魔王様について語るリールの姿は、まるで風に踊る花弁のように、楽しげな雰囲気をまとい、それを隠そうともしませんでした。
残虐かつ残忍。
残酷であり冷酷。
人類の敵であり世界の仇。
そう教え込まれていた私の常識は、打ち崩されました。
人類と魔族は、まるで違うものだという思い込みに支配されていた、自分自身を恥じました。
魔王様を含めた魔族の方々も、時に悩み、時に悲しみ、希望を抱き、絶望にも苛まれ、確かでない道を信じて
私たちと人間と、あなた様方魔族に、一体どのような違いがあるというのでしょうか。
いつしか、魔王様への不確かな思いは、親愛の念へと変化していきました。
そんな親愛なる魔王様に、最初で最期の、お願いがあります。
どうか私を、容赦なく打ち倒してください。
人類の希望としての役割を負っているはずの私が、こんなことを言うことはおかしいとは思いますが、まぎれもない本心なのです。
魔族を討伐することでしか、プリルームを変えることのできない私に代わり、どうか私にできない世界への接し方をもって、人類や魔族を含めたプリルームをお救いください。
私の愛した世界の一つを、愛する者の手に委ねる。そんな身勝手で無責任な想いを抱いていることを、お許しください。
親愛なる魔王様。
明日には、あなた様の下へお伺い致します。
きっとあなた様の姿に見惚れてしまうと思いますが、なんせ初めての
寛大な心をもって、気づかないフリをして頂けると、幸いです。
最初で最期となるこの出会いを、心待ちにしております。
敬具
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