エピローグ

 こうして通り魔事件は終わりを迎えた。

 死んだ三人の生徒の両親達は警察で全てを話し、主に校長先生と山口先生の傷害事件として処罰される事になる。

 問題の元校務員田島が心臓発作で死んでしまったため、図らずも目的を達成した彼らは、一切の悪足掻きをする事もなく全ての罪を認め、裁判もすんなりと進んだ。

 ただ田島の死との関係を検察は追及したが、因果関係が認められず一応の体裁を整えただけで終わった。皮肉にも三人の生徒の死との因果関係が認められずに無罪なった田島に、規定の調査で関係性の出ないものを深く追求しようとする者はいなかった。

 僕の母は作家なので、コネを使って警察の公式発表を聞きに行き、割と詳しい情報を仕入れて来ている。

 僕達もついて行ったのだけど、さすがに会見場には入れず外で待っていたので、いつもの喫茶店「moriya」で母の話を聞いている。

 無関係ではない健太と陽子、それと何となしについて来た郁子も一緒だ。

「おや、これはまた美人さんだ。え? コウ君のお母さん? いやあ、お若い!」

 とマスターの調子のいい言葉に気を良くする母に、思わず横で赤面してしまう。

 あと僕の名前はたかしです。

「でも美術品を守ったって表彰された警備員も、ちゃんと空ちゃんのおかげだって言ってくれたのに、いいの?」

「いいのいいの。わたし写真うつり悪いんだもん」

 彼らはまず、校長先生を学校に呼び出し、指を切り落として模様を残した。

 その時、展示会のセキュリティの段取りを狂わさせたのだ。校長はその時、犯人も知っていたが、子供に危害を加えると脅されていた為、以降ずっと沈黙していた。

「でも、その後の……壁を登って行ったのって何だったんだろうね?」

 あれは僕と空湖、空湖のお母さんしか見ていないから、世間の人も知らない。

「あれは多分、プロジェクターで校舎の壁に映像を投影してたんじゃないかしら? だから目撃者も少数である必要があった。多いと角度によってはバレてしまうもの」

 そうなのか。言われればそんな気もするけど、あの時は驚きのほうが多かったから簡単に騙されたのかもしれない。

「祭りに人が集中してたから、少人数が通る所を見計らって悲鳴を聞かせ……悲鳴は多分校長のじゃない、校長は口を押さえて指を切られたでしょうね」

 空湖が平然と言うが、郁子は首をすくめる。

「でも犯人にとっても誤算があった。それは目撃したのがわたし達だったって事。犯人はわたし達が日常的に宇宙人とかを見ている事を知らなかった」

「空ちゃん、そこはいいよ」

「とにかく思ったより騒ぎにならなかったから、第二の事件を起こす必要が出来た。元々予定されてたかもしれないけど……、共犯者の一人を被害者にしている所からもあまり計画性が感じられない」

「そうか、それでその事件は軽傷だったんだね。騒ぎにする事が目的だったから」

 母が手帳を開き、仕入れた情報を教えてくれる。

「そうみたいね。犯人は六人もいたんだもの。見張りを立てて目撃者が来た所で通り魔、被害者を演出、逃げた通り魔は角を曲がって扮装を解き、ふさふさを付けたボールを川に向かって蹴り飛ばす。吉川哲也は元サッカーでインターハイに行ったくらいの腕前だったから簡単だったでしょうね」

 そうか。僕が見た時もそうやって、校舎の裏からボールを飛ばしたのか。

「そして先生も襲われた。これは予定外の大怪我だったかもしれないけど、通り魔はほっとけないくらいの大きな事件になった」

 僕は健太達に、その時のトリックと思われる推理を話す。

「梶村智子は弓道をやってたみたい」

 新聞記者と協力して集めた情報だそうだ。

「でも君達、随分大変な目にあってたんだねぇ」

 マスターが心配したように、感心したように言う。厨房ではクリスティが洗った皿をジャグリングしながら棚に戻していた。

「でも予定外の事態は悪い事ばかりじゃない。テレビで物質転送だなんだと適当なコメントをしてくれたおかげで美術品が盗みやすくなった」

 僕も恥ずかしながら、一瞬信じそうになったんだ。確かにそれが無ければ、普通に隠し扉なんかを探して回ったかもしれない。

「そして、美術品を盗むと見せかけて、校務員さんを殺害するのが真の目的だったんだよね。殺人事件発覚後、そちらに警官が動員された後で美術品も持ち出して慰謝料代わりに売るつもりだった。そのどちらも、空ちゃんのおかげで防がれたんだ」

 これは警察で彼らが供述した事だ。空湖の無茶な行動のおかげでどちらも未遂に終わった。

「大変だったけど、無事解決してよかったよ~」

 と締め括ったつもりだったんだけど、空湖は神妙な面持ちで話を続ける。

「そう? 解決したの?」

「え? だって解決でしょ? そりゃ、校務員さん変死してるけど、毒殺するつもりだったんならわざわざ襲いに行かないし、やっぱりあれは偶然なんじゃない?」

「犯人の人達は……三人の生徒の親御さん達は、普通の人だよ。ただのサラリーマン、主婦なんだよ。それがあんな仕掛けを自分達で用意したの? 衣装や小道具はともかく、巨大なプロジェクターや、保管部屋の偽装壁を」

「そりゃあ、不思議だけど……、今はネットで色々手に入るから。私財をなげうって必死になれば出来るんじゃない?」

「それに、吉川さんは一人で自首するつもりだったって言ったけど、それならあんな工作をする? 始めから、ただ殺せばいいじゃない」

「そうだね……、でもそれは結局バレたからであって、出来るなら罪を逃れたかったんじゃない?」

「最後に刃物で刺し殺してしまったら、警察が調べればいつか分かるわよ。大がかりな用意の割には詰めが甘すぎる」

「うーん、そうだけど。あの人達だって犯罪のプロじゃないんだし」

「そうなのよ。素人なのよ。それがあわよくば美術品を慰謝料代わりって……。コウ君のお母さん、あれを売ってお金に替えられる?」

 母は手を広げて首を振る。僕がコウ君と呼ばれている事にはもう慣れたようだ。

「もしてかして、空ちゃんは……、誰かが裏で糸を引いていたって言うの?」

 声が恐る恐るとしてしまう。もしそうなら大変な事だけど……。でも、そんな事って。

「そう考える方がしっくりくる。校務員さんに恨みを持っている事を聞きつけて、殺害計画を手伝う代わりに美術品を盗む、やっぱり本当の目的は美術品だった。美術品が盗まれ、殺人事件で人手が足りなくなれば、支配人や警備員も警察に行って事情を話す事になる。その間に隠した美術品を持ち出す計画だった」

 面白い子ね、と母は楽しそうに僕に耳打ちする。母も作家なだけあってこういう話は大好きなのだ。

「だから万一、親御さん達が校務員さんを殺せなかった時の為に保険までかけていた。警察でも特定できない様な毒を使って」

 健太達は茫然と空湖を眺めている。

「校長先生は、三人の事件の後、責任を逃れたから犯人には恨まれていた。だからその報復として指を三本切られた。山口先生も担任だった為に巻き込まれた。でも山口先生もどちらかと言うと責任を押しつけられただけの被害者だったから、脅かすだけに留めるつもりだった。わたしを庇って怪我をしたけど……」

 あの傷を思い出して身震いする。

「でも山口先生を狙ったのなら、どうして犯人は宿直の日を知っていたのかしら? 宿直を代わったのって、その日の放課後だよ?」

 言われてみればそうだ。常に監視していたんだろうか。でも犯人だって生活があるのに?

 知っていたのは教頭と、僕達。健太達には僕がここで教えたんだ。

「それにプロジェクターに映ってたナマハゲ。あれも事前に撮影したわけよね? 手足や体つきから、どう見ても女性。犯人の女性組の誰かなのかしら?」

 あの動きを思い出す。まるで虫みたいに、異様で不気味な動きだったんだ。あの奥さん達が、カメラの前で何度もNGを出しながら練習している姿を思い浮かべて思わず笑ってしまう。

「さっきも言ったけど、あれは用意されていた物なのよ。素人があんな物、いきなり作れるはずない。あれはもっと体の柔らかい、熟練した技を身に付けた若い女の人よ」

 僕は空湖を見ていたがその視界の中、空湖の向こうに、片方の足を真上にまで伸ばしてその上に皿を乗せている若い女性の姿に気が付く。

 その女性、クリスティはピクリとも動かなかったが、目だけを動かすとこちらを見、僕と目が合った。

 背筋に寒い物が走る。

 ま、まさか!?

「いやぁ、面白い話を聞かせてもらったよ。これはそのお礼、僕からのサービスだよ」

 とマスターは両手に六枚の、ケーキを乗せた皿を器用に持ってやってくる。

 母や郁子達は「わぁ、ありがとう」と無邪気に喜んでいるが、僕は冷や汗をかき、空湖は無表情に正面を見ている。

「それで空ちゃんは、その推理をどうするつもりなのかなぁ?」

 マスターはいつもの軽い調子で聞く。

「どうもしない。犯人達だって糸を引いてる人の事は多分知らない。証拠は何もないでしょうね」

「そうだねぇ。でも、もし本当に黒幕なんて者がいるんなら、こう思っているんじゃないかな」

 笑いながら、軽い調子で話していたが声のトーンを少し落とし、

「計画を台無しにされた落とし前は、いつかつけさせてもらうからね」

 空湖はマスターを見る。一瞬の沈黙。

 空湖はにぱっと笑った。

 なんてね~、とマスターは笑いながらカウンターに戻っていく。

 クリスティは皿に乗せたティーカップを持っていたが、カップに触れる事なく皿を引き抜くと素早く別の皿と入れ替えている。まるでカップが空中に固定されているかのようだ。

 空湖は皆と同じように談笑に混ざりながらケーキを食べる。


「あれ? コウ君食べないの? もらうよ?」

 僕の目の前にあったケーキが消えた。

 クリスティが十本近いナイフを前から後ろから、ヌンチャクのようにジャグリングさせるパフォーマンスを披露し、マスターがどんどんコーヒーのお替りを注いでいく。

 空湖を含む皆がサービスに気を良くしてはしゃぐ中、僕は何にも手を付けられずに、引きつった笑いを浮かべて固まっているしかなかった。

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プラネットガール 九里方 兼人 @crikat-kengine

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