田島
「ま、待ってくれ。あの子達には、本当に悪い事をしたと思っている」
暗い部屋で尻餅をつき、片手を上げて懇願するように、加々美原小学校の元校務員、田島は目の前の男女に言う。
「悪いと思えば無罪放免か? 私達の気持ち、あの子達の無念は、どうなるんだ?」
「だから私は、罪を償おうと町に留まって奉仕しているんじゃないか」
「奉仕だって? ボランティアで罪が軽くなるってのか? そんなものボーイスカウトは日常でやってるさ」
実行委員の女性の夫であり、死んだ子供の父でもある吉川哲也は、山口先生の左腕を切り裂いたのと同じ刃物を握り締める。
同じく実行委員の妻、梶村智子は退路を塞ぐように立つ。
「悪いと思っているなら死んで頂戴。できないのなら私達が手伝うわ」
哲也は刃物を深く突き立てられるよう逆手で持ち、片方の手を添える。全体重をかけた心臓深く貫こうとする構えから強い憎悪を感じとり、田島は涙を流して懇願する。
「いやだ……、助けてくれ」
「唯一の心残りは、皆で止めを刺せない事だ!」
哲也の目が憎悪に光り、田島がひいっと悲鳴を上げると同時に、ばん! とドアが大きな音を立てて開く。
「ダメよ! 殺しては! そんな事をしてもあの子達は喜ばない」
鍵をかけていたはずのドアから入ってたきたのはぼさぼさショートカットの小さな女の子。
哲也の手が止まる。さすがにこんな小さな子の前で人を殺すわけにもいかない。
「おい! 外へ連れ出せ!」
智子に向かって叫ぶと、慌てながらも言われた通りにしようとする。
「美術品の盗難は失敗しました。ここにもすぐ警察が来ます」
女の子の足元で這いつくばったままの男の子が携帯を見せて言う。
「構うな。どの道こいつを殺した後、俺は自首するんだ」
「わたしはお子さん達の友達です」
振り下ろした哲也の手が止まる。
「これ以上、あの子達を悲しませないで……」
哲也は嗚咽し、歯を食いしばるように言う。
「俺達には、もう何も、何も残ってないんだ……。なのにこいつは……」
ぐぐ、と手に力を込め、勢いよく振り下ろす。
どすっ! と刃物は畳に突き刺さった。
ひいいっ! と田島は悲鳴を上げて、失禁した。
そのまま蹲る様にして泣く哲也に、智子も縋る様にして泣く。
哲也と智子は女の子に宥められるように連れ出されて行った。
田島はがたがたと震えながら、部屋に一人残された。
助かった……。罪は償いたいが、死にたくはない。死ねば何もかもが終わってしまう。
息を整えながら足元の刃物が刺さった跡を見る。
恐ろしい目に会ったが、生き延びることが出来た。生きていればいつかは良い事があるさ、と立ち上がり、とりあえず顔を洗おうとシンクに向かう。
その足が突然止まる。
「ぐ、ぐぐ」
心臓を押さえ、膝をついて呻く。
持病などなかったはずだが……、さっきの恐怖で心臓発作でも起こしたのか?
携帯も解約し、この部屋には電話も引いていない。
助けを呼ぼうにも声が出ない。
食いしばった歯から泡が拭き、額には血管が浮いている。
やがて白目を剥くと、ばたりと前のめりに倒れこむ。
そして、二度と動く事は無かった。
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