真実

 階段の横、ロビーの椅子に特にやる事もなく座る。

「それにしても、あんな像にホントに価値あるのかな?」

「さあね。チラシにはギリシャっぽい事が書いてあったけど、発見されたばかりでまだ謎が多いみたいね」

 素人目だけど、大昔にあんな物を作る技術があったとは思えない。むしろ今風な、SF映画の小道具のようだ。動物っぽい形の物もあったけど、ほとんどが四角や三角を組み合わせた様な形状で、表面に複雑な模様が描かれていた。その中に、目玉みたいな模様もあったのだ。


「遅いなぁ。お父さん、まだかい?」

 警備員が心配そうに聞くのが少し心に刺さる。

 連絡した内容は今日は友達の家に泊まる、なのだから迎えが来るはずはない。


 このまま何もなければ、朝までこうしていなくてはならないのだろうか。

 少し眠い。うつらうつらした僕の意識は、建物全体に響くような声に引き戻された。

 警備員と空湖が地下へと走り、僕もはっきりしない意識で追う。


 保管部屋の前には実行委員の男の人がへたり込み、側には女の人、吉川が倒れている。

 警備員の一人が吉川を助け起こし、もう一人は部屋を見て悲鳴を上げる。

 僕と空湖も部屋の中を見る。

 そこには、先程と同じ様に壁の真ん中に描かれた目。

 だけど、その目が見据えていたはずの美術品は忽然と姿を消していた。

「そんな……」

 僕も一階の階段の前にいたんだ。そりゃ居眠りはしたけど、美術品運び出せばさすがに分かる。

 部屋の中を見回し、収納扉などが無い事を確認する。床も壁も板張りだけど、一度壊したようにも見えない。それに壊した所でその先はコンクリートだろう。

「ほ、他に部屋は?」

 思わず当然の疑問を口にしてしまう。

「ない! それは私達も念入りに確認した。美術品が通るようなダクトも無い」

 警備員が、自身に再確認するように言う。

 部屋を出て廊下を見回す。

 この建物の地下は、保管部屋にしている十二畳程度の部屋とその前を走る廊下だけだ。

 その廊下も長くはない。部屋を囲う様に伸び、すぐに階段とエレベーターがある。元々倉庫として造られたのだろう。

 廊下には病院の診察室の前にあるような椅子があるが、これは単に余った椅子を置いていただけのようだ。

 他には消火器や非常灯等、当たり前の物があるだけで目ぼしい物はない。

 天井にもパイプが走っているが、扉や通風口などが隠れているような事はない。

 それに美術品だって一つじゃない。重そうだったし、普通に運び出すだけでも大変そうだ。

 やがて支配人も駆け付け、部屋を見ると絶叫し、頭を抱えてのたうち回った。

「とにかく、君達は邪魔だ! すぐ帰るんだ」

「わたし達も一階で見てたよ。一緒に証言した方がいいんじゃない?」

 警備員達は顔を見合わせる。確かに自分達も責任を問われかねないのだ。子供とは言え証言者はいるに越した事はないだろう。

「とにかく、何があったんですか? あなた達は部屋にいたんでしょう?」

 意識を取り出した吉川を廊下にある椅子に座らせ、警備員が話を聞く。

 実行委員の二人は部屋にいたが、部屋には椅子もないので廊下に出て休んでいた。

 そして意識が朦朧とし始めたが、こんな時間だから眠いだけかと気にしないでいると、いつの間にか意識を失っていた。

 そして気が付くと部屋の扉が開いていて、美術品が無くなっていたという。


「物質転送よ! この模様……テレビで言ってたわ。この模様を使ってどこかに転送したのよ!」

 吉川が興奮したように言う。

 確かにテレビでどこかの教授だか何だかが、そんな事を言っていた。

 そんなバカな……と思うけど、ならどこへ行ったんだ? と聞かれると答えられない。

「そんな事より、まずは警察に」

 と男が言うと吉川は大袈裟に頷き外へ出る。今度は盗まれたのだ、警察も来てくれるだろう。

「支配人さん! 建築業者にここの青写真の手配を! 埋められた通路や部屋があるかもしれない。警備のお二人は本社に連絡を、指示を仰いでください」

 実行委員を任されるだけの事はある。混乱の中でもテキパキと指示する男に感心していると、空湖はすたすたと部屋の中に入って行く。

「こら、君達は大人しくしていろ!」

 空湖は構わず、模様が書いてある壁まで歩き、調べる様に手を当てている。

 しかし手を当てているのは模様のやや左側、何も書いてない所だ。

「ここに、何か書いてあった跡がある」

 壁に手を当てたまま、振り返って言う。

「ここんトコの通り魔の事件、どうしてこれと同じ模様が残されてるのか、ずっと疑問だったのよね? コウ君」

「え? ああ、うん。そうだね」

 突然話を振られて戸惑ってしまう。

「でも、もし通り魔の事件がなくて、この模様がここに描かれてたら?」

「そりゃ……、意味が分からない……かな?」

「そう、意味が分からない。逆に言えば通り魔の事件は、それに意味を持たせるための演出だった」

 どういう事? といつの間にか皆で空湖の言葉に耳を傾ける。

「神出鬼没で、空を飛んで消える怪人が残す模様だと言う先入観があったから混乱したけど、常識で考えればあんな重い物が消えたりしない」

 それはそうだけど、でもどこに消えたかが分からないんだ。

「この模様は目の錯覚を利用したもの。この部屋をよく知る人が、模様のない方、入口の壁を見たらどうなるのかしら?」

 それは私の事か? と支配人が空湖の隣まで歩き、回れ右する。

 ん? んん? と支配人は眉根を寄せて何度も目を凝らす。

 違和感はあるがその正体が分からない、という感じで首をかしげていたが突然、

「ああーっ!!」

 と叫んだ。

 右手の壁を指差し、

「へ、部屋が……狭いぞ!?」

 空湖は支配人が指差す壁へすたすたと歩き、壁を背にする。

「誰も持ち出していない、廊下に美術品を隠せるような所もない、ならまだここにあると考える方が自然」

 空湖が壁をどん! と叩くと壁一面に凹凸が走る。

 板張りの壁は並べられたパネルが落ちるように、バラバラと崩れる。

「あ、ああーっ」

 崩れた壁の向こうに並べてあった美術品を見て、支配人が崩れ落ちる。

 なんて事だ、元の壁とそっくりの板を並べて、その裏に美術品を隠していたのか。

「初めから狭くしていたら支配人に気付かれるかもしれない。だから時間がたつと消えるペイント弾の塗料みたいな物で模様を描き、消えた後で壁を作ってまた新しい模様を描いた。この模様は壁の真ん中に描かれていると思い込んでたから、部屋が狭くなっている事に気が付かなかったのよ」

「そうか、縦に長い菱形のせいで、横の幅を錯覚してたんだ」

 大人たちはキョトンとしたように空湖を見る。


「ねえ、おじさん名前は?」

 空湖が実行委員の男に場違いな質問をする。

「は?」

 何でお前にそんな事を教えなければいけないんだ、と言わんばかりの反応だったが、警備員はハッとしたように言う。

「そうだ。お願いしますよ。あなた達とは初対面なんです。美術品が持ち出されてない以上、申し訳ないが一番疑わしいのはあなた達です。身元確認にご協力ください」

 と言って自分達も社員証を見せる。

「梶村英樹。展示会の実行委員だ。支配人とは昔からの知り合いだ。それに私達は眠らされていたんだ! 警察はあんた達だって疑うぞ」

 と怒った様に語気を強める男を余所に、

「コウ君。行くよ」

 と言って空湖は外へ出る。

 え? と分けもわからず空湖を追う。

 空湖製の自動車に乗り込むと、レバーを二段階倒す。

 ぐんと凄い勢いで車は発進。

「ど、どうしたの急に!」

 がたがたと激しく揺れる車に必死でしがみ付きながら聞く。

「美術品の盗み出しは失敗したけど、状況から考えれば犯人は誰?」

「え? そりゃ、一番怪しいのは、実行委員の人?」

「そう。多分女の人も。一人の目を盗んで実行するのは無理がある。二人共犯なら仕掛けもやりやすい。でもそれならどうして警察を呼んだのかしら?」

「そりゃ、呼ばないと怪しまれるし」

「それに、このために一連の通り魔事件を起こしたにしては、準備に手が込んでる割にリスクが高い。警察が調べれば隠した美術品だって見つかる可能性が高い」

 空湖はハンドルを大きく切り、僕の体は遠心力で大きく傾く、何もつかまる物が無いため空湖に抱き付くような格好になった。

「盗難事件は、警察を市民会館に集めるためのものだったとしたら? 刃物を持った通り魔がその近くにいるなら総動員される可能性もある」

 そんな所に警察を? と考えようとするが、空湖の体の感触の方が気になってしまう。

「この事件。一番最初の被害者は誰?」

「え? 校長先生?」

「そして二番目の被害者は、横田のお母さん」

 前に死んだの生徒の母親……。

「そして山口先生。それから実行委員、盗難されれば彼らは被害者になっていたはず。でも実際は犯人だった。そして二人の名前は梶村に吉川」

「ど、どういう事?」

 空湖の体からは手を離したものの、急な下り坂を疾走しているため、体が投げ出されそうになるのを必死で堪える。

「横田、梶村、吉川。彼らは死んだ三人の親御さんよ! そして指を三本切り落とされた校長先生と、怪我をした担任の先生!」

「そ、そ、それは……」

 結構なスピードで駆け下りる坂の下は急カーブ。その先は崖だ。

「そして、町のパトロールを強化していた警察は、一斉に市民会館に動員される。今、一番身が危険なのは誰?」

 そ、それは……。

 空湖はハンドルを切る事もなく。崖から飛び出す。僕らの体とコスモ・ビークル号は宙を舞う。

「ぼ、僕達!?」

 眼下に地面が見える。五、六メートルくらいだろうが、落ちたら十分怪我をする高さだ。

 がしゃん! と車輪が着地し、体がひしゃげるかと思うような衝撃。

 サスペンションはそれなりに効いているようだけど、椅子が硬いためかなり痛い。

 涙目になりながらも前を見る……が先は茂み、もう道路の上を走っていない。

「この事件は、元々たった一人を殺すために計画された物」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る