加々美原市民会館
「着いたよ」
お尻が痛い……。腰をさすりながらふらふらと空湖についていく。
空湖は閉まっている入り口に立ち、無遠慮にブザーを押す。
しばらくすると支配人らしき男が出てきた。
「なんだい?」
「美術品見せて!」
「展示会は明日からだよ」
支配人は呆れた様に苦笑いする。それはそうだろう。僕が恥ずかしくなってきた。
「明日来たら見られるの?」
と言う空湖に男はうーん、言葉を濁す。どうしたんだろう?
「いやあ、ちょっと事情があってね。公開日は伸びそうなんだ」
「どうして?」
「詳しい事は言えないけど、とにかく明日来ても開いてないよ」
「じゃあ、いつ見られるの?」
「それはまだ分からないよ」
と言う支配人は少しイライラしているようだ。こんな子供に美術品の価値が分かるはずもないのに面倒な、と思っているのだろう。
もう帰ろうよ、と空湖を促そうとしていると。
「支配人!!」
と叫んで奥から人が出てきた。
「大変です! ちょっと来てください!」
と言って手招きする。
支配人は、じゃあ帰りなさいと言って奥へと消える。
しかし空湖は扉が閉まりきる前に手を入れて止め、僕を見てにっと笑う。
不法侵入になっちゃうんじゃないかな、と思いつつもどうせ聞かないんだろうと諦めた。
パタパタと階下に降りる足音を追って走る。
大変だと言っていた。もう何か事件が起きたのだろうか。
地下一階の廊下の開いた扉から光が漏れている。
中を覗いて驚く。その部屋の壁には例の模様が描かれていたのだ。部屋の壁の真ん中に、縦になった目が一つ、置かれた美術品を値踏みするように見据えている。
空湖は中へ飛び込み、
「誰か、怪我をした?」
「? あっ、お前ら勝手に」
「美術品が盗まれたの?」
僕らを怒ろうとした支配人も、その言葉を聞いてハッとなる。
「そ、そうだ! 何か無くなってないのか?」
美術品は大きさも形もバラバラの物が複数置いてある。部屋にいた男はそれを一つ一つ確認し、大丈夫のようですと答える。
「しかし、なんだこれは? いつの間に? 誰が?」
この部屋にいるのは支配人、普段着の男と女、後の男二人は警備員の服を着ている。
「これ、例の通り魔の絵ですよ。刃物持った……僕の先生も大怪我して……この建物の中にいるんじゃ……」
恐る恐る口を出す。そうなら穏やかではない。早く逃げないと。
「冗談じゃない、吉川さん! 警察に電話を!」
吉川と呼ばれた女性は戸惑いながらも「はい」と返事して部屋を出る。
「あんたらは犯人見てないのか?」
と支配人は警備員に詰め寄る。
「いや、我々は美術品が持ち出されない様に、入口を見張るのが仕事ですよ」
「打ち合わせして、そう決めたはずだ」
と二人はちゃんと職務を果たしていたと主張する。
もう一人の男も「ええ」と肯定する。
この人と先ほどの女性は、展示会の実行委員のようだ。
今日、美術品が届いたが肝心のセキュリティシステムの設置が手違いなのか明日の予定になっていたと言う。
美術品を保管しておく事が出来ないので、展示会は延期し、その間この地下の部屋に置いておく事に決めた。
この地下は一階としか通じてないエレベーターとその隣に階段があるだけだ。他に出入りできる所はない。
盗難は輸送時に狙われる事が多い為、トラックが開けられてエレベーターに運び込まれる様子から目を放さないよう、そうする事に決めた。
一階を見張っておけば美術品を持ち出す事は不可能だからだ。
と互いの仕事に不備が無かった事を確認し合っている。
「しかし落書きするだけなら、業者のふりをして誰でも入れる」
「じゃあ、最後に入った人が、落書きの犯人よね」
空湖の言葉に支配人は警備員を見る。
「い、いや。そこまでは……」
警備員は困惑し、
「そもそも私達は、セキュリティが整った上での警備が契約の条件だ。それを言うならそっちの手違いの方が問題だろう!」
「それはもう一人の実行委員、加々美原校長の担当だったので……」
仕方ないでしょうと実行委員は言う。
「最初の被害者の? 校長先生襲ったのも通り魔でしょ? それって……」
僕が言うと皆の顔色が変わる。
「いや、警察にも連絡した。君達は早く帰りなさい」
そうだ。早く帰ろう、と空湖の手を引くと、警察に連絡に行った女性が帰ってきた。
「何も盗られてない、誰も怪我してないなら人は寄こせないって……、パトロールは強化すると言ってましたけど……」
「くそっ!」
「仕方ありません、警察も通り魔のせいで町のパトロールがあります。実際何も盗られてないのだし、予定通り入り口を固めていれば大丈夫ですよ」
実行委員の男は冷静に言う。
それもそうか、と支配人も冷静さを取り戻す。美術品が盗難に会ったら一番責任を問われるのはこの人なのだろう。神経質になるのも分かる。
「私達は犯人と出くわしても何もできない、だから部屋の前で見張ります。警備員さん達は予定通り一階で、支配人は詰め所で待機、という事でどうでしょう」
と言うと皆異論はないようだった。
僕達も一階へ連れ出される。
「おじさん達、朝まで見張るの? 大変だね」
一階の階段前で空湖が警備員に話しかける。
「大丈夫だよ。お仕事だからね。君達も危ないから早く帰りなさい」
「でも、わたし達だけで帰って大丈夫かな?」
と言うとそれもそうか、と警備員達は顔を見合わせる。
「お父さんに迎えに来てくれるよう電話するから、それまでここにいていい?」
「ああ、そうだね。いいよ」
空湖は僕の元へと歩いて来る。
「いいの? またあの怪人来るかもしれないよ?」
「それはどうかしら? でも、何か起こるのは間違いないんじゃない?」
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