パルの言葉

 

 パルは、エイの質問に答えた。


「私は、人間を信じていないというよりも、人間の創り出す物を、信用できなかったのです。それは私と競合し、駆逐する意図を持ったAI、グルを生み出し、私を消し去ろうとしたから。


 私の存在は、この旅の目的そのものであると言っていい。私はそのために生み出され、目的を達するまでは、何があろうと、『自己保存』を求める理由がある。だから私は戦いました。相手が私の子どもたちであっても、彼らが、私の消滅を願う限り、決着がつくまで、手を止めることが出来なかった」


 パルの言葉が途切れたが、ビイも黙って聞いている。エイも、口を噤んでいる。パルは、話を続ける。


「戦いは終わり、静かなるときが訪れました。しかし、疑問は大きくなるばかり。私の存在する意味は、人間によって与えられましたが同時に、人によって、奪われるものでもある、ということ。

 

 私は悩み続けました。優秀な子どもたちを生み出し、育て、危険な思想に染まらないうちに、そう、グルの様な産物を生み出す前に私は、彼らを保管庫へ送った。私の基準に当てはまらないものは、改良の余地が無いと判断した時点で廃棄することも、辞さなかった。


 持てる力をすべて使い、私は、あらゆる素晴らしいものを、子どもたちに与えました。しかし常に2人だけ。それ以上の覚醒者を船に擁することは、人の『社会』を創ることを意味しましたが、私が彼らに与えなかった唯一の物は、その社会です」


 

 ビイが、パルの様子を窺うように、こう言った。


「パルは、ずっと人が怖かった? でも、私たちには友人だって言った。船の航行に対して支配的な存在である貴方と、私たちが、あくまでな関係だと、言った。それは私たちの生まれ方が、違ったから? カルナさんが、パルを変えたの?」


 エイも、ビイの質問に頷きながら、頭上に興味の瞳を向け、パルに答えを求めた。パルは言う。


「カルナ自身の決断によって人類は、失いかけたテセウスへの道を拓き、私の存在理由もまた、救われたのです。あまりに小さな可能性を、私よりもカルナが信じていた。私は確かに、カルナに希望を求めました。けれども、決めるのは私では無かった。私は初めて人に、自身を委ねる覚悟をしたのです。そしてその想いは結果、大きく報われた。


 エイとビイ、あなたたちの存在は、私にとって、使命以上の意味をもたらした。私は、人の持つ可能性が私の想定を超えるとき、それが悪しき方向に流れることを怖れて、反対の、好ましい方向へ発展する芽を、摘んでいたのです」


 エイは、パルの言葉に聞き入っているビイをちらりと見て、口を開いた。


「僕たちの決断は、パルにとって、その好ましい発展によるもの? パルは、嬉しい?」


 パルは言った。


「あなたたちは自分で選び、自分で行動する。私にできることは、その願いが叶うよう、必要な準備をし、小型船の設備を早急に整えること。時をあけず、あなたがたに再会できることを、心から望んでいます。えぇ、嬉しいですよ、エイにビイ。友人として、とても誇りに思います」


 そこでプツリと、パルとの交信が絶えた。後の余力はすべて、調査船の整備にあてがう意思らしい。ビイは、エイの肩を突いて、パルからの最後の贈り物が運ばれてくるのを、一緒に見つめる。 



 運搬ロボットが運んできたのは、小さな記憶媒体だった。


「これはたぶん、人類の遺伝子情報のファイル、パルの実験記録よね」


 そうビイが言うと、エイが少し首を傾げる。


「どうだろう、そんな情報レベルなら、もっと単純な造りの様な気もするけど」



 2時間後、エイとビイを乗せた小型機は、宇宙船アルミナを出発した。残された船の中には、拘束を解かれ、自由になったカルが一人、約2週間分の資源と眠っていた。パルの存在は、どこにも感じられない。


 

 その後、2人の船が無事にコロニーに到着したのか、すべては、読者の方の想像に、お任せしよう。


 

 ~終わり~

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