トリックスターは二度死なない

     ◆


 竜巻たつまき消失しょうしつを見届けた後、スプーはネクロの捜索を始めた。


 先刻せんこくまでゴーレムが命令通りに動いていたことから、死んではいないと考えていたが、開戦から姿を見かけていないため、若干じゃっかんの不安を感じていた。


 〈光の力〉は自身らを消滅させられる唯一ゆいいつの力。それを使用する者の出現が、不安に拍車はくしゃをかけた。スプーは最悪の事態も頭に入れていた。


 あの場に現れた二人の女性――ダイアンとケイトのどちらが巫女みこなのか、まだ判断がついていないが、〈光の力〉を使う者と考えるのが常識的だ。


 しかし、伝承でんしょうに残る巫女の姿は、かぎりなくダイアンに近い。とはいえ、巫女になりすました影武者かげむしゃの可能性も考えられ、確信が持てなかった。


 どちらにせよ、スプーはレイヴンズヒルをただちに離れるべきと考えた。


 『あの御方おかた』――ウォルターと『同化どうか』していると思われるマリシャスの意図は、予想もつかない。そのため、うかつに巫女へ手を出すことはできなくなった。


 スプーとネクロは同じあるじをいただく同じ種族しゅぞくといえど、スージーの〈交信〉メッセージングのようなことはできない。ただ、彼らのみが使える連絡手段が一つだけある。


 それは、視認できないほどの〈闇の力〉を放出ほうしゅつし続けることで、だいたいの位置を相手に知らせる手法しゅほうだ。これによって、広大な〈樹海〉でも相手をさがし当てることができる。


 ただ、それも距離はせいぜい数百メートルが限度げんどで、風向きの影響も受けやすく、万能とは言えない。


 スプーは魔導士に『扮装ふんそう』した状態で、慎重に市街を進んだ。時おり、屋内おくないに身をひそめながら、信号を送った。


 西地区までやって来たところで、相手からのかすかな信号をキャッチした。ニオイをたどるように、その場へ向かう。


 それを強く感じた路地ろじへ入ると、見慣れた服装の死体がころがっていた。それは〈樹海〉で別れた時の服装と一緒だった。


 何をどうしたらこうなるのかと思うほど、死体はむごたらしい状況だ。〈闇の力〉が強くただよっていたが、死体そのものからは何も感じなかった。


「スプー、スプー。こっちだよ」


 『エーテルの怪物』特有とくゆう能天気のうてんきな声が、頭上ずじょうから聞こえた。見上げると、民家の二階の窓から、ネクロの本体がわずかに顔をのぞかせている。


 ネクロはトランスポーターが捜索しに来た時にそなえ、そこで身をひそめていた。


 触手しょくしゅを目いっぱいにのばしたネクロは、そこからムササビのように飛び下りて、スプーの体に抱きついた。


「何だ、このザマは」


「言っておくけど、魔導士どもにやられたんじゃない。トランスポーターに裏切られたのさ」


「……トランスポーターに?」


「それだけじゃない。あいつは『あの御方』をさがしている」


 スプーたちにとって、トランスポーターもウォルターと同様に障害の一人。いずれ、始末しなければと考えていたが、『最初の五人』には〈委任〉デリゲート効力こうりょくがおよんでいる。


 巫女の命をねらい続けるため、彼らは使えるこまであり、後回あとまわしでよかった。しかし、自分たちにも攻撃をしかけてくるとなると話は別だ。


 ネクロは顛末てんまつをスプーに報告した。


「どうする? 始末するかい?」


「お前が死んだと思っているんだろ? だったら、ほうっておけ。今、あいつに手を出したら、ローメーカーまで敵に回しかねない」


「わかったよ。ただ、あいつをやる時は、私にやらせてくれ。それだけは絶対にゆずれないよ」


「好きにしろ。ただ、トリックスターにだけは手を出すな」


「……どうしてだい?」


 ウォルターとマリシャスの『同化』について、スプーは伝えるべきと考えたが、やはり、短気で口の軽いネクロを信用しきれなかった。


「いずれ話す。とにかく、やつには手を出すな」


「で、そっちに何か収穫はあったかい?」


「まだ確信は持てないが、『転覆の巫女エックスオアー』らしき女が現れた」


「へぇー、やっとか。これからどうするんだい? あの女とさっそく戦うのかい?」


「いや、ローメーカー陣営じんえいを『転覆の巫女エックスオアー』にぶつける。トランスポーターの動向どうこうが気がかりだが、しばらく静観せいかんするぞ」


 ふいに通りの先に魔導士が現れたので、スプーは身をひそめた。


「サイコはどうなった。やはり、ここへは来ていないのか?」


「さあ、会ってもいないし、あいつらもどこにいるかわからないという話をしてたな」


 別々の国で活動していたため、スプーとサイコは面識めんしきがない。気は進まなかったが、〈外の世界〉との隔絶かくぜつが解消された以上、スプーは合流ごうりゅうすべきと考えた。


「それより、新しい『うつわ』を見つけてきてくれないかい? 少し探したんだけど、まともなのは見つからなかったんだ」


     ◆


 『転覆』直前、マリシャスは分裂ぶんれつするかたちでスプーたちを生みだし、それぞれに能力を与えた。


 計五体いる〈使い魔デーモン〉のうちの一体――テラーは『転覆』以前のマリシャスの記憶を保持している。正確に言えば、能力〈物語〉ストーリーテリングによって記録として保管している。


 〈物語〉ストーリーテリングは他人の記憶を物語形式に変換し、再生することが可能だ。トランスポーターが語った、いわゆる〈外の世界〉の伝承でんしょうとは、テラーが世間せけんに広めたものだ。


 マリシャスは『誓約せいやく』によって記憶を失うことに備え、テラーを生みだした。そして、『転覆』後は情報を聞きだしてから、自身に関する記録のみを消去しょうきょした。


 例をあげれば、『誓約』のメンバーから自身の名を排除はいじょした。


 そのため、『転覆』直前に何があったか、正確に把握はあくしているのはマリシャスのみ。それは手下てしたのスプーたちにすら教えていない事実ばかり。


 あの日、トリックスターは一度死んだ。


 それを巫女が〈転覆〉エックスオアーで生き返らせた。


 トリックスターは二度死なない。巫女は心情的にトリックスターを殺せない。それこそ、マリシャスがみちびきだした結論だ。


 すなわち、トリックスターは考えうる中で、最も安全かつ、最も巫女を無防備むぼうびにさせる『器』。彼は最強のほこであり、無敵の盾だ。


 二度と同じあやまちはくり返さない。あの時は人間の心というものを見誤みあやまった。


 累積るいせき時間はもう十分にたまった。今は雌伏しふくの時。彼らが『誓約』の解除を試みたが最後。その時こそ、因縁いんねんの相手――エックスオアーとの決着をつける。


 その日が来るまでマリシャスは静かに眠り続ける。

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真夜中のトリックスター mysh @mysh

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