力の暴走(後)
◆
「……あれは彼がやったのか?」
「たとえそうだとしても、あれは本当に味方なのだろうか……」
おぞましい光景は、見守っている者たちを残らず
その頃、スプーは街を囲む城壁の上にのぼり、その光景をながめていた。
「どういうことだ。トリックスターは〈闇の力〉をもあやつるというのか……?」
スプーの
しばらく考え込んだ
「そうか。『あの
疑問は解決したが、新たな謎の
ダイアンと同様、マリシャスも一つだけ能力を残している。それを残すことが、『誓約』を結んだ時の交換条件だった。
マリシャスが
一つは、能力を与える代わりに、対象に命令を与える方法。命令に強制力があり、それを達成するまで解除されない。
もう一つは、対象と
後者にはオプションがある。能力の使用量に応じ、一時的に対象の体を自由にできるのだ。本来は許可を必要としないが、『誓約』の
後者には欠点もある。同化中は対象と
「
ウォルターは三つの命令を与えられたはずだが、あやつられている様子はない。主君の
◆
黒煙の竜巻の話を耳にし、ダイアンは集団を引き連れて現場へかけつけた。トランスポーターの襲撃を警戒し、
「あれです!」
ダイアンは
「例の彼が、
竜巻がかなでるコウモリの鳴き声のような音が、周囲にけたたましくひびいている。そのため、案内の魔導士は声を張り上げている。
ダイアンは竜巻に目を奪われ、うわの空で返事をした。ウォルターの身が心配で、気が気でなかった。また、竜巻に強烈な
ダイアンがおぼつかない足どりで、不用意に竜巻へ近づいていく。
「巫女、それ以上は危険です!」
制止を受けると、ハッとした様子で立ち止まった。
竜巻の直径は五十メートル近い。
「ケイト・バンクスはまだなの!」
「まだ来ていません!」
早くウォルターを助けなければ。ダイアンははやる気持ちをおさえられず、ソワソワと竜巻と大門へ
「来ました!」
大門のほうで声が上がると、クレアと一緒にケイトが姿を見せた。
「ケイト、こっちへ来て!」
手まねきしながら、すみやかに彼女を呼び寄せる。同性ということもあり、『転覆』前のダイアンは、絶えずケイトをそばに置いていた。
ケイトにその頃の記憶は残ってないが、ダイアンは全ておぼえているため、彼女に気がねがない。
「あなたに〈
現在の状況すら飲み込めていなかったため、ケイトはうろたえた。
「白い光を放つ、魔法みたいな力のことよ」
しかし、その説明を受けると、ケイトの表情が晴れた。
「こ、これのことですか?」
ケイトが実演してみせる。幻想的な白い光の集まりが、彼女の右腕をつつみ込むようにただよい始めた。
「そう、それよ」
それを
「何がどうなってるんですか! この力も何なのかわからなくて!」
「説明は後よ!」
竜巻が起こす暴風によって、ダイアンのドレスが激しくはためく。砂が大量に舞っているため、目を開けるのがやっとの状態だ。
橋を渡りきると、ダイアンは片手を顔の前にかざし、それを風よけにしながら、もう片方の手で竜巻の中心を指さした。
「竜巻の中心にウォルターがいるの! そこに向かってその力を使ってほしいの!」
「……ウォルターが?」
竜巻は中心に向かうにつれ、黒煙の密度が濃くなり、黒いボールが置いてあるように見える。また、視界はゼロで、人影は全く見えない。
「でも、ウォルターがいるんですよね!」
「大丈夫! 私を信じて! その力は人を傷つけるものじゃないの!」
ダイアンは相手の目をまっすぐ見つめて言った。
ケイトが心を決め、攻撃準備に入る。ダイアンは
ほどなく、やわらかな
「中心をねらうのよ!」
『
うなずきを返したケイトが、ねらいを定めて光の球を解き放つ。それは黒煙をはねのけながら、竜巻の中心へ一直線につき進んだ。
勝敗はあっけなくついた。打ち勝ったのは
「ウォルター!」
呼びかけても返答はない。大急ぎでウォルターのもとまで行き、ダイアンはその前で両ヒザをついた。
「大丈夫?」
両肩へ手をかけ、体をゆすってみても反応がない。体のほうへ目を向けると、手足や顔のそこかしこに、すり傷が見える。
ふいにウォルターがうす目を開け、わずかに動いた瞳がダイアンを見た。かすかに口元をゆるめたが、再び気を失うように目を閉じた。
とたんにウォルターの体から力がぬけ、倒れ込んできたその体をダイアンは抱き止めた。
「ダメよ。その力はもう使っちゃダメよ」
そして、相手の耳元で、彼女はささやくように言った。
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