力の暴走(後)

     ◆


 竜巻たつまき膨張ぼうちょうは止まったが、勢いはとどまることを知らない。周辺にはゴーレムの残骸ざんがい無数むすうにころがり、小さなかけらを暴風が巻き上げていく。


「……あれは彼がやったのか?」


「たとえそうだとしても、あれは本当に味方なのだろうか……」


 おぞましい光景は、見守っている者たちを残らず震撼しんかんさせた。危険を感じ、市街へ避難ひなんを始める者も続出ぞくしゅつした。


 その頃、スプーは街を囲む城壁の上にのぼり、その光景をながめていた。からのがれた彼は、遠方えんぽうで上がった強大な力を察知さっちし、この場へかけつけた。


「どういうことだ。トリックスターは〈闇の力〉をもあやつるというのか……?」


 スプーの眉間みけんに深いシワがきざまれる。〈闇の力〉の使用だけではない。自身とくらべものにならない、次元じげんの違うパワーに、ただただ圧倒されていた。


 しばらく考え込んだすえに、ある結論へいたった。


「そうか。『あの御方おかた』か……。しかし、よりにもよって、なぜあの男の中に……」


 疑問は解決したが、新たな謎の浮上ふじょうにより、スプーは困惑の度合どあいを深めた。


 主君しゅくんたるマリシャスは力を失った。それを取り戻すには『誓約せいやく』の解除が必須ひっすであり、言わば、ウォルターは障害の一つだからだ。


 ダイアンと同様、マリシャスも一つだけ能力を残している。それを残すことが、『誓約』を結んだ時の交換条件だった。


 マリシャスが手元てもとに残したのは、ウォルターに使用した〈委任〉デリゲート。この能力には二通ふたとおりの使用方法がある。


 一つは、能力を与える代わりに、対象に命令を与える方法。命令に強制力があり、それを達成するまで解除されない。


 もう一つは、対象と同化どうかして全ての能力を供与きょうよする方法だ。前者と違って、三つまで命令を与えられるが、同化をストップすれば、命令は解除される。


 後者にはオプションがある。能力の使用量に応じ、一時的に対象の体を自由にできるのだ。本来は許可を必要としないが、『誓約』の条項じょうこうによって拒否される事態が続いていた。


 後者には欠点もある。同化中は対象と生死せいしを共にすることだ。つまり、対象が命を落とせば、自身ももろともに死ぬ。マリシャスは自動防御を用いて、その危険を回避している。


御心おこころが読み解けない」


 ウォルターは三つの命令を与えられたはずだが、あやつられている様子はない。主君の思惑おもわくが全くわからず、スプーは頭をかかえるしかなかった。


     ◆


 黒煙の竜巻の話を耳にし、ダイアンは集団を引き連れて現場へかけつけた。トランスポーターの襲撃を警戒し、辺境伯マーグレイヴがかたわらで目を光らせている。


「あれです!」


 ダイアンは大門おおもん前の橋を渡りながら、顛末てんまつを目撃していた魔導士に説明を受ける。


「例の彼が、単身たんしんゴーレムのまっただ中につっ込んでいきまして! 奮戦ふんせんしていたのですが、しばらくしたらあんなさまに!」


 竜巻がかなでるコウモリの鳴き声のような音が、周囲にけたたましくひびいている。そのため、案内の魔導士は声を張り上げている。


 ダイアンは竜巻に目を奪われ、うわの空で返事をした。ウォルターの身が心配で、気が気でなかった。また、竜巻に強烈な既視感きしかんをおぼえていた。


 ダイアンがおぼつかない足どりで、不用意に竜巻へ近づいていく。


「巫女、それ以上は危険です!」


 制止を受けると、ハッとした様子で立ち止まった。


 竜巻の直径は五十メートル近い。外縁がいえんは橋を渡ったすぐそこまでせまっている。暴風が吹き荒れ、舞い上げられた小石が、時おりダイアンの肌を打った。


「ケイト・バンクスはまだなの!」


「まだ来ていません!」


 早くウォルターを助けなければ。ダイアンははやる気持ちをおさえられず、ソワソワと竜巻と大門へ交互こうごに視線を送った。


「来ました!」


 大門のほうで声が上がると、クレアと一緒にケイトが姿を見せた。


「ケイト、こっちへ来て!」


 手まねきしながら、すみやかに彼女を呼び寄せる。同性ということもあり、『転覆』前のダイアンは、絶えずケイトをそばに置いていた。


 ケイトにその頃の記憶は残ってないが、ダイアンは全ておぼえているため、彼女に気がねがない。


「あなたに〈ひかりちから〉を預けたはずよ」


 現在の状況すら飲み込めていなかったため、ケイトはうろたえた。


「白い光を放つ、魔法みたいな力のことよ」


 しかし、その説明を受けると、ケイトの表情が晴れた。


「こ、これのことですか?」


 ケイトが実演してみせる。幻想的な白い光の集まりが、彼女の右腕をつつみ込むようにただよい始めた。


「そう、それよ」


 それを見届みとどけるやいなや、ダイアンはケイトの手を引いて橋を渡り始めた。


「何がどうなってるんですか! この力も何なのかわからなくて!」


「説明は後よ!」


 竜巻が起こす暴風によって、ダイアンのドレスが激しくはためく。砂が大量に舞っているため、目を開けるのがやっとの状態だ。


 橋を渡りきると、ダイアンは片手を顔の前にかざし、それを風よけにしながら、もう片方の手で竜巻の中心を指さした。


「竜巻の中心にウォルターがいるの! そこに向かってその力を使ってほしいの!」


「……ウォルターが?」


 竜巻は中心に向かうにつれ、黒煙の密度が濃くなり、黒いボールが置いてあるように見える。また、視界はゼロで、人影は全く見えない。


「でも、ウォルターがいるんですよね!」


「大丈夫! 私を信じて! その力は人を傷つけるものじゃないの!」


 ダイアンは相手の目をまっすぐ見つめて言った。


 ケイトが心を決め、攻撃準備に入る。ダイアンは半身はんしんでケイトの体をささえ、かまえられた相手の右腕に手をそえた。


 ほどなく、やわらかな神々こうごうしい光が、ケイトの手元でふくれ上がっていった。


「中心をねらうのよ!」


 『火球かきゅう』によく似た光の球が、直径二メートル近くまで成長すると、ダイアンから指示が飛んだ。


 うなずきを返したケイトが、ねらいを定めて光の球を解き放つ。それは黒煙をはねのけながら、竜巻の中心へ一直線につき進んだ。


 相反あいはんする陰陽いんようの力が激突する。


 勝敗はあっけなくついた。打ち勝ったのはようの力。他者たしゃを傷つけるための力と、それを打ち消すために生みだされた力。なり立ちが根本こんぽん的に異なる。


 原動力げんどうりょくを失った竜巻はたちまち霧散むさんした。またたく間に辺りはすみ渡り、のどかな風景が戻った。


 あんじょう、竜巻の中心だった場所にウォルターがいた。両膝をついたままうなだれ、ピクリとも動かない。ダイアンはすぐさまかけだした。


「ウォルター!」


 呼びかけても返答はない。大急ぎでウォルターのもとまで行き、ダイアンはその前で両ヒザをついた。


「大丈夫?」


 両肩へ手をかけ、体をゆすってみても反応がない。体のほうへ目を向けると、手足や顔のそこかしこに、すり傷が見える。


 ふいにウォルターがうす目を開け、わずかに動いた瞳がダイアンを見た。かすかに口元をゆるめたが、再び気を失うように目を閉じた。


 とたんにウォルターの体から力がぬけ、倒れ込んできたその体をダイアンは抱き止めた。


「ダメよ。その力はもう使っちゃダメよ」


 そして、相手の耳元で、彼女はささやくように言った。

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