力の暴走(前)

     ◇


 市街には岩の巨人が見当たらなくなり、安心して通りの中央を進む人が増えてきた。


 耳をすましても、もう耳ざわりな重低音じゅうていおんは聞こえない。街の外で待機する敵を思いだし、大門おおもんの頂上へ向かった。


 残りの一団いちだんは、川の向こう岸で開戦前と同じ状態で休んでいた。敵が存在を忘れているのか、それとも、誰かがゾンビをあやつる男をしとめたのか。


 どっちにしたって、見て見ぬふりはできない。同じ場所でジッとしていても、いつ動きだすかわからない。


 空を飛んで移動する手間てまも、敵の姿をさがす必要もない。その点はありがたい。けれど、敵の数はこれまでにしとめた総数そうすう匹敵ひってきする。


 かわいた笑いが出た。先が思いやられ、気が遠くなりかけた。


 すでに全身が悲鳴を上げている。痛むことが正常となっていた。もはや、気合と根性――そんな言葉で片づけられるレベルをこえている。


 ふと市街を振り向く。そこには守らなければならない景色けしきがあった。


 パワーをもらった。背中を押された。あれを片づければ終わる。あとひと息じゃないか。僕は決死けっしの思いで立ち上がった。


     ◇


 敵の一団に向かって飛び上がり、近くにころがりながら下り立った。体が思うように動かず、ずいぶん前から、まともな着地はできなくなっている。


「近づくと動きだすぞ!」


「早く逃げろ!」


 次々と注意を呼びかける声が上がった。岩の巨人が相次あいついで起動し、救援のための魔法が飛びかい始めた。


 ヨロヨロと片膝かたひざをつき、向かってきた敵の一団目がけ、渾身こんしん黒煙こくえんを放つ。


 先頭を走っていた二体をあっさりしとめる。ただ、十体ぐらいを一網いちもう打尽だじんにするぐらいの気持ちだった。


 全身を激痛が走る。ナイフで切りつけられたような痛みと痙攣けいれんで、腕が動かない。体はもうガタガタだ。


 岩の巨人がたばになってせまって来る。これまでは単独行動する敵を一体ずつ対処してきた。そのため、痛みが引くのを待つ時間があった。


 たて続けに黒煙を放つのは、身体面だけでなく、精神面へのダメージも大きい。少しでも体を休める時間がほしい。


 ただ、背後の川は幅が五十メートル以上。壁との間に陸地りくちもない。やむなく前方へ飛んで敵の一団を飛び越えた。


 下り立った先は敵のまっただなか。後方で休んだままだった敵も、続々ぞくぞくと立ち上がり始め、全方位ぜんほういから敵が殺到さっとうしてきた。


     ◇


 正面の敵へ黒煙を放ってから、すかさず『突風とっぷう』で飛んだ。一度の攻撃で撃破げきはできるのはせいぜい二体。たちまち包囲されるので、ただちにその場を離れなければならない。


 飛行している最中さなかに激痛が襲い、空中でバランスをくずす。ドロまみれになりながらも何とか着地し、接近してきた敵に応戦する。そのサイクルを何度かくり返した。


 けれど、あっけなく破綻はたんをむかえた。これまでは地面を回転する勢いで体を起こしたけど、それに失敗した。もう足が言うことを聞かなかった。


 片腕の力で上体じょうたいをささえ、もう片方の手で足を腹へ引き寄せる。やっとの思いでヒザを立てた時には、敵のコブシが目の前にあった。


 絶望を感じるヒマさえなかった――けど、唐突とうとつに出現した黒煙の盾が、再び僕の身を守った。どうして守ってくれるんだ。この力はいったい何なんだ。


 別方向からも敵のコブシが飛んでくる。それを感知かんちするかのように、ただよう黒煙が寄り集まっていき、瞬時に盾を形成けいせいした。


 黒煙の盾は認識してない背後からの攻撃にも対応した。明らかに、自分の意思と無関係に発動されている。


 けれど、そんな自動防御も体をむしばんだ。黒煙を発動した時の痛みが、盾が形成されると同時に走る。


 取り巻く黒煙が加速度かそくど的に増大していく。そして、周囲をめまぐるしく回転し始め、視界を完全におおってしまった。


 黒煙のカラにつつまれた。耳に届くのは黒煙がかなでる風切かざきり音と、敵のコブシがくうを切る音。いっときの安らぎが得られた。


 けれど、痛みは消えなかった。気分は沈んでいくばかり。すっかり嫌になっていた。


 ――何もかも吹き飛んでしまえと願った。


     ◆


 遠巻とおまきに見守っていた魔導士たちは、ゴーレムに取り囲まれた様子を見て、ウォルターの生存を絶望視ぜつぼうしした。


「ああ……」


 助ける手段は思いつかず、言葉にならない言葉を口にしながら、無力感につつまれていた。


 そんな時だった。強烈な衝撃波しょうげきは大気たいきをふるわせた。付近にいた魔導士たちはとっさに身がまえ、船の上にいた者たちは、衝撃にあおられ、川に投げだされそうになった。


 発生源はっせいげんに目をやると、そこには巨大な黒煙の竜巻たつまきが現れていた。


「ケケケケケケッ」


 まもなく、生物の鳴き声のような、不気味な音が辺りにひびき始める。


「何だ、あれは……」


 巨大な怪物が出現したと、錯覚さっかくする者が多数いた。竜巻はゴーレムを巻き込みながら膨張ぼうちょうを続け、それらを全て飲み込んでしまった。


     ◇


 すさまじい衝撃音がしたかと思うと、今度は暴風が吹き荒れるような音がし始めた。黒煙の嵐を横目に、意識をたもつことだけに専念せんねんした。痛みは手足を引きちぎられるかのようなものに変わっていた。


 ふいにピッポンと聞きおぼえのあるチャイムが鳴り、目線めせんを上げる。


『注意

 規定きてい用量をオーバーしています。

 累積るいせき時間:10分34秒

 この警告を二度と表示しない。

 はい/いいえ』


 さっきのメッセージが、再び表示された。最初の文言もんごんは同じだったものの、累積時間が増大している。また、新たな表示も付け加えられていた。


『一時的な身体しんたいの明け渡しを求めています……』


 この表示が一番不可解ふかかいだ。正体を見きわめようと、必死に目を走らせる。


『エラー

 権限けんげんがありません』


 ブオンという不安を誘うブザー音が鳴る。先の二つはともかく、これが自身に向けたメッセージと思えず、謎を深めていた。


『許可を求めています

 はい/いいえ』


 例によって、カウントダウンが始まる。同意することも考えたけど、どのような結果をもたらすかわからず、決心がつかない。


『拒否されました』


 いったい、誰が同意を求められ、誰が拒否したのか、さっぱりわからない。


 結局、ますます混乱しただけに終わり、途方とほうに暮れて目を落とす。またもや、ピッポンとチャイムが鳴った。


『注意

 規定用量をオーバーしています。

 累積時間:16分15秒

 この警告を二度と表示しない。

 はい/いいえ』


 累積時間のさらなる増加に気づいたけど、この後、同じ表示がくり返されたので、興味を失った。


 漆黒しっこくの煙におおいかぶさられ、感情がおしつぶされていくかのようだった。ピッポン、ブオンという音が、断続的だんぞくてきに耳に届いたけど、いつしか雑音ざつおんとなっていた。


 この黒煙は自分があやつっているのだろうか。もしかしたら、自分はこの黒煙に支配されているのかもしれない。そんな考えさえ胸にばえ始めていた。

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